オクラの味

 

 

 オクラの花 オクラのツルリとした味がして清涼なり

 

 

 

                オクラの味

 

 

 もう終わりになった夏野菜。叔母がオクラの花を摘んで採って来た。私はさっと水洗いし、水気を完璧に取り、細かく刻み、オカカをふりかけ、生醤油をひと垂らし。オクラと同じような食感がしてぬめっていたが、オクラより新しい新鮮な味が驚きだ。須藤酒造の「花薫光」の冷酒を少しずつ飲む。ワインのような酒と、軽やかなオクラの花とマッチして、そしてこの味は僕を有頂天にした。虜にしたと言ってもいい。オクラの花を作る人と、鎌倉時代から作る蔵元の冷酒とコラボレーションし、まさに頂点にいった瞬間だった。私は、妻に同じように勧めた。妻はオクラの花より、お酒の美味しさに感動していた。あああオクラの花はどうなってしまうのか。箸の先端だけにオクラの花をつけ、ちょっとだけ食べる妻。これって茹でていないんだよ、生のまま調理してみたんだよと言った瞬間、妻の見る目が変わった。こんなに遅くまで咲いてくれたオクラの花、堪能すべきねと言ったっきり、静かに酒の時間と、オクラの風味が広がった。

 私は確信する。美味しいものは皆冒険心と共にあったことを。こんなに美味しいものがあるなんて、恐らく奇跡に近い。二人で、お酒を飲み、たった一つ、オクラの花の味を楽しんだ。あの暑い夏の終わりに、僕たちは何気なく夏が過ぎ去っていった日々を思い出していた。旅もせず、ひたすらイクメンをした日々のことも。妻は大きな宿題を抱えて頑張ったし、僕は完璧なイクメンにはほど遠いが、でもやるだけのことはやったつもりである。でもやっぱり妻は母親でもある。黙り込んで、せっせとキッチンで何かを創り始めた。蕎麦の黒い(そば粉)生地でクレープを焼き、山羊バターをたっぷり乗せ、夏場採っておいたスグリやブルーベリーをただ解凍だけしてそこに乗せ、クレープに包んだ。仄かに甘い香り立つこの素朴なクレープ、僕は何度も舌鼓を打った。生地にぬめりがあったことから、どうやら生地にさえも、オクラの花を僅かに練り込んで入れたのだろう。彼女は多くは出来ないが、でもそれなりに一所懸命なのである。また今週火曜日にあるBSハイビジョン放送「愛と胃袋」を楽しみにしていよう。初回は井上荒野さんのイタリア・ピエモンテ州ブリオッカ村を中心とした食べ物と人情と人間模様。それを取材し、荒野さんらしい上質な珠玉のストーリーにまで綴ってあった。先週二回目は森絵都さんの出番で、フランス北西部ブルターニュ県カラッテック村を中心とした牡蠣や食べ物のことや、素敵にアレンジする一級のシェフのことや、そして最後には絵都さんらしい素敵な短編小品に仕上げられていた。今夜は角田光代さんのスペイン・バスク地方を旅する。バルにも立ち寄るという角田さんはどんな美しい作品を紡いでくれるのだろう。来週は江国香織さん。ポルトガル・アレンテージョを旅し、修道院特製のお菓子が出てきそうである。食べることは生きることであり、生きることは愛することに他ならない。それにしてもこの企画には脱帽するしかない素晴らしさがある。

 美食とは、食材や料理ではなく、第一級に生きるための反証なのであろう。

 

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炊き込みご飯

 

 

 

我が家の不如帰が咲く 白い不如帰や小紫の不如帰やら 我が家の池周辺に

 

 

 

 

                   炊き込みご飯

 

 

 ようやく秋色に輝き出す頃、手薬煉引いて待っていた。炊き込みご飯を作ろうと。郷土郷土には色んな炊き込みご飯があるようだが、我が家の炊き込みご飯は都会の真ん中につき至ってシンプル。先ず炊き込みご飯の素を作る。

 炊き込みご飯の素

 ① うす口醤油 二分の一カップ

 ② 味醂 二分の一カップ

 ③ 酒  四分の一カップ

 ④ 砂糖 小さじ 2

 ⑤ 干し海老  10グラム 洗わず そのまま使う

 

 その作り方

 1 上記材料を全部入れて、火にかける

 2 湧いたら、アクを取りつつ、沸騰させないで、弱火にして、30秒~1分加熱する

 3 常温で冷まし、ビン詰にし冷蔵庫で保存すると、4~5日もつ!

 

 秋の茸 炊き込みご飯の創り方

 A ご飯のほう(参考だから小人数分を書いておく)

   お米は二合 30%ほどもち米なら更に美味しい。これにお水2カップ。炊き込みご飯の素が大さじ 4。だし昆布に切り込みを入れて、お米の下に敷く。それでスウィッチをポチッ!

 B 具材は何でも合うから、素はあら不思議。今日は茸各種。エリンギ 1~2本、生椎茸 4枚、油揚げ二分の一細かく刻む。三つ葉少々塩茹でにしておく。

 30分ほどお米たちを水に浸し、ザルにあげたお米と、Aを混ぜ、Bをその上に乗せる。スウィッチを入れ、ご飯を炊く。炊き上がったら、少々蒸し、フタを開け、よくかきまぜる。器に盛り付け、茹でた三つ葉を結び、椀の上に乗せて飾る。ただこれだけ。栗ご飯やしめじご飯や銀杏ご飯も同じ要領。凄く簡単で美味しい。昆布だしがポイントで出来ればいい昆布を使用する。但し菊ご飯の時は少々応用編である。黄菊なら阿房宮、ピンクか小紫なら、モッテノホカ(袋菊ともいう)がいい。Aの要領で炊き上がってから蒸す場面で、花弁だけを、お酢少々入れたお湯で湯がく。歯ざわりがいいように、手早く茹で、冷水にとって冷ましてから、水気を絞っておく。Aが炊き上がって、蒸らし終わる時茹でた菊をご飯の上に広げ、軽く上下し、菊の花を混ぜ込む。尚炊き込みご飯の時は具沢山の味噌汁などがいいかも。南瓜や里芋や隠元や葱など粗く切ったのを使う。松茸は今年お薦めではない。不作の年に当たり、然も暑い夏が続いたからで、香りがいいカナダ産でもお薦めしておこうか。国内産はお眼眼が飛び出ることでしょう。是非お試しを!

 

 

父の盆栽に結実す 「豊水」がたわわにて 野鳥たちが取りに来る 

但し盆栽につき 無論大きさはピンポン玉の半分以下

 

 

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憂国 第二弾

 

 

伊勢谷友介扮する白洲次郎 NHKドラマスペシャル『白洲次郎』より

 

 

 

 

                憂国   第二弾

 

  <スパイ天国・ジャパン>

 日本は世界有数のスパイ天国である。あらゆる国家から派遣されたスパイがうじゃうじゃいて、そこらじゅうに充満し、日々活動が活発に続いている。或る場所で乾物商を営む中国スパイの大物や、アメリカのCIA(週給80ドルの薄給だ)や、韓国やロシアやイギリスや、様々な国家の情報局員が日々シノギを削って暗躍している。ここまで来ると哀しいより可笑しいというより他はない。それが日本の情報だけ集めているのではない。各国間の情報も、お互いにキャッチしあっている。無論日本にはジェームス・ボンドのような人が働く部署はない。従ってスパイと言っても海外のスパイが堂々と跋扈しているのが実情である。防衛省に勤務する制服組からもいつだったか、機密漏洩事件があったばかりだが、それは極一部であり、何とまぁ悠長で無防備な我が国家なのだろう。戦前には陸軍中野学校(スパイ養成所)があったが、そこまで極端でなくともいいから、自国の情報管理ぐらい徹底してもらいたいものだ。つまり先刻、中国人領海侵犯の船長を苦し紛れで、公務執行妨害で逮捕しておきながら、圧力にアッサリ屈し解放し、世界中の国家から笑われた国家になった件で言いたいからだ。特に民主党になってから酷くなったように思う。好き放題で、日本国は恰もユルフンの極みであるのだろう。だが日本文化を殆ど理解しない彼らが決してスパイ出来ない分野がある。それは墨田区や大田区や品川区に多くある優秀な中小企業の技術である。日本人の精神構造や日本の精神風土も彼らには理解不能であるが、そう思う時、私はいつも思う、ザマァ見ろと。だが日本のような経済大国にあっても、情報局がないのはいい意味で理解出来るが、悪い意味では完全に世界の国々から失笑を買われているということなのだ。

 

  <ノーベル平和賞と中国の実態>

 去年、事業仕分けにて、岐阜県神岡村にあるカミオカンデが削減の対象となった。色々とあるが、未だにその義憤にたえることがない。ここで発見され実証された中に、ノーベル化学賞を獲得された小柴教授の汗と涙の結晶である。その弟子たちは今も細々と研鑽を積んでいるが、ニュートリノの発見は地下1000メートルの、このカミオカンデで行われたものであったし、一時ニュートリノはダークマターではないかと騒然となったことをよく記憶している。現在スーパー・カミオカンデによって、世界に先駆け、まさに逸早く発見されようとしているダークマターとは、素粒子の一つらしいが、原子と分子しか存在しなかったとする人類の歴史をガラッと書き換えようとしている。それら今まで分かっている素粒子はたった20%過ぎないもので、多くの素粒子がダークマターと呼ばれているからだ。宇宙には天文学・分子物理学・素粒子学・数学など、ありとあらゆる分野の総合的包括的研究が結集されなければならない。ダークマターがどんな意味を持つものか、今からワクワクしている。道半ばにして大腸癌におかされ、2008年7月10日に亡くなられた戸塚洋二さんの戦死が決して忘れられない。科学者らしく己の癌闘病と、真正面から向き合った記録・Fourth Three-Monthsのような誠実無比なブログを私は知らない。「二番目で駄目ですか」などと言い、不見識極まりない事業仕分け人が最近国会内で、高価な洋服に身を包み、商業雑誌のモデルとなって物議をあげている。仕分け人として売っておきながら極めて恥ずべきことである。それにしても鈴木章教授と根岸英一教授が30年前にやった「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」で受賞されたのだが、お二人は特許を取る道を選ばなかった。お陰で世界中でその応用が実際に多用され、多種多様に応用されて素晴らしい製品が次々に出来ている。ジェネリック薬品やタイヤや液晶パネルや携帯電話など、広く使われているが、お二人の決断に拍手喝采を送りたい。日本の武士道いまだ健在であると。尚お二人ともアメリカのバデュー大学に留学。根岸英一教授は今でも同大學で研究を続けながら教鞭を取っておられる。このお二人の留学問題は日本には如何に基礎学がないかという淋しい証であって、海外留学して帰って来ても就職する場がない問題とすり替えてはいけないことだろう。

 ノーベル賞の化学分野での受賞は今回の二人の日本人の受賞によって、世界で得たノーベル化学賞の五人に一人は日本人が受賞したというから凄いことである。更にノーベル平和賞は、現在国家反逆罪で投獄されている、中国民主化運動の象徴とも言える劉暁波氏に輝いたが、中国政府の怒りは自らが大いなる恥を晒しているようなもので情けない。ノルウェイと断交も含めて今後更に強行に考えるというから恐れ入る。人権なき大国の行く末はあの清王朝の末路にも似て非なるものになるだろう。劉氏は現在54歳、長年に亘って「中国における民主活動家で、非暴力闘争をした功績」として受賞対象理由であった。08憲章とは、2008年12月、中国の民主派知識人・303名によって署名され、ネット上で公表された中国民主化を求める文書であった。1989年天安門事件以来永く封殺されてきた人民の声と言えそうである。特に今回の受賞は中国という国家が大人の国家か、単なる一党独裁による経済的化け物か咽喉もとに鋭く突きつけられている事実であることだ。授賞決定前、中国共産党はノーベル賞を与えないようにと様々な圧力を掛けたらしいが、ノルウェイ政府の取った最終手段は凄いの一言に尽きる。何よりも最も効果的な粋な計らいではなかったろうか。それにしても一党独裁の弊害は半端なものでしかない証左である。中身の混乱と混迷を隠蔽し、ガス抜きが得意な中国政府は安保理常任理事国に全く不相応である。由緒あるフートンを撤去した北京五輪や上海万博におけるドタバタ劇は、羊頭狗肉の見本帳のようなものであった。経済至上主義の極みで、大国とは名ばかり、未だにまことに小さな国家なのである。我が国は頼り過ぎないこと、ASEAN各国と連携・連帯を強めて行くことが強く求められていることだろう。

 大阪地検の証拠品改竄事件は衝撃的なものであった。どんな言論も赦され、気が付いてみると、何でもありの「恥の文化」を捨てた国になっていた。教師が教え子のスカート内の写真を撮り、警官が窃盗をする。裁判官猥褻罪で捕まり、古典的保険金詐欺事件は後を絶たない。その辺の小母ちゃんが平気で保険金狙いの殺人を繰り返す。通り魔によって幾人も人が殺され、犯罪者の人権だけが擁護されて、被害者の心情に対する配慮は何処かに消えてなくなっていた。犯罪と言えば893(やくざ)屋さんの専売特許であったものだが、今や犯罪を犯す一般人が何処にでもいて、いつどう暴発するか分からない。孤立化し、躁鬱化し、街に自由に出入りする猿や猪やハクビシンのようであり、完全に家族観や国家観を失ってしまった。戦後教育制度の責任がまことに重大である。日本人の底力は風化したかに見える。情けない。だから中国の矛盾や暴走を論じる前に、私たち自身の非も、自己自身で正確に見つめるべきではなかろうか。

 

  <COP 10に寄せて>

 他人事ばかりを言っていても仕方が無い。我が国家は、その存亡の瀬戸際にあるのだから。選挙目当てのマニフェストを堅持し、未だに財源なきバラマキを止めない民主党には必要な部分とそうでない部分との仕分けが出来ていないようである。まことに幼稚で危なっかしい政権がいつまで続くのだろうか。社会主義リベラル派に違いない民主党は、数の論理とそれに伴う軍資金疑惑を自らが総括出来ないでいる。自浄能力が完全にない政党であり、かつての自民党批判をすることはおこがましい。自民党保守派の最も嫌われた部分を一身に背負った小澤一郎は、あの菅さんの一言「しばらくは黙っていて欲しい、それが民主党にとっても日本にとっても良い」、この怨念がある限り政界から引退することなど先ずあり得ないだろう。民主党代表戦に出たのも、総理大臣になれば刑事訴追をされないというただ一点であったはずだ。戦後金権政治の終焉であることを自らが知らずに。

 今月18日から、名古屋で始まるCOP10は今後の日本にとって特別重要な課題となるであろう。生物多様性とは多様な生物の恩恵によって私たちは生かされているという意味で、地球環境の劣化とともに盛んに議論されるようになった。その根底には、生物多様性について真摯な危機感があるだろう。今回日本は日本の里山を提言して行くようだが、稲作が産業の中心にあり文化の基本になっていることを忘れ去ろうとしている我が国家の提言は、何を後生大事にしているのだろう。真に生物多様性に向き合っているだろうか。提言だけ立派であっても噴飯ものである。例えば薬品にジェネリック製薬が近年よく使われているが、ただ同然に開発途上国からの吸い上げているだけでしかなく、ブータンとかシンガポールとか、貴重な資源は獲得出来た途上国家と、製品化し商品化して得た利益を、原料提供国に充分に分配し共有しなければならないと思う。先進国のみが自然の恵みを商品化し莫大な利益を享受しては絶対にならない。去年国連の調査で、COPの目標が達成されていないことが分かった。今回の名古屋では実効性のある協議がなされることを強く望む。日本はあのガラパゴス島(固有種110種)より、我が国の固有の動植物が多い(131種)。因みにイギリスは永い氷河期にあったために固有種はゼロ。更に周囲を取り囲む海洋には圧倒的に多種多様な魚や海老や貝類が存在する。世界一の豊かな海である。そして自然は偉大である。だからこそ日本は何としても先頭に立つべきである。今度のCOP10にはバイオミミクリーの提唱者であるジャニス女史もやってくることが最大の楽しみの一つでもある。私は一時イクメンを放棄し名古屋まで逢いに行く予定である。芋がらの葉に何故水玉となって撥水効果があるのか、或いは自動車メーカーのニッサンで開発中の、事故がおきない自動車の開発は、イワシの大群が何故イワシ同士がぶつからないかという研究の成果だ。或いは青いアゲハチョウの色は本来青色をしているのではなく、翅にある凹凸の幅や種別によって、青色・赤色・黄色と見えるようで、それをもう一度自然に立ち返って、自然から学ぶ習性を身につけ、もう一度人類の産業に反映されるべきだ。海だって、山林だって、世界一豊富な自然を持つ我が国家として、最も熱心に推進して行く使命があるのだろう。今回のG7会議にだって、日本の立場を汲々として説明するに留まった菅政権は、世界の大道を歩く勇気と覚悟があるのだろうか。人民元の安さを、世界中が取り囲んで正常値に戻さなければ(これが今回のG7の目的)、尚一層の混乱が続くだろう。人民元の安さがリーマンショックを逸早く脱却させ、スペインもポルトガルも、ギリシャの二の前になろうとして、ユーロ各国が苦心惨憺しているというのに、ギリシャ国債を買ってあげるからと、温家宝首相はいい気なものである。自国の利益追求のみが優先している反証である。

 

  <日本の安全保障>

 竹島が実効支配され、北方四島にロシアの大統領が行くと言う。ASEMでちょいの間会談をやった菅首相にはどこまで日本という国家を護る意思があるのだろう。温家宝首相も菅総理もお互いに尖閣諸島の領有権を主張したのだという。尖閣諸島は日本人の個人地主がいて、どう観ても日本国のものである。「友愛」などと怪しげな言動を繰り返した鳩山由紀夫の危ない一言で火の粉がついたのだろうか。実に70年代になって、この海域には天然資源が豊富にあるということが分かってから、突如中国や台湾が領有権を主張し始めた。全く可笑しな話であり解せない問題である。

 国家、つまり我が子や愛する妻の危機を救うのは日本人自身の安全保障の問題が大事である。尖閣諸島は安保条約の範囲内とクリントン国務長官は言っているものの、これこそリップサービス以外何者でもなく怪しいもので、中国艦船が突如やってきて、竹島同様、中国が実効支配するとは限らない。我が領土を護るのは日本国民として当然の責務である。自国の領土ぐらい自国で護らなければそうするのだ。アメリカとの安保条約はもはや空洞化していると言っても過言ではない。国家を護るのに、竹槍で護ると公言していた森永卓郎は稀代の阿呆である。彼の左翼的言動には我慢ならん。竹槍で護れるくらいなら何も安全保障の問題など議論してもしょうがない。南北に長い領海線がある日本海を、もし海上保安庁や海上自衛隊が完全に網羅してたのなら、果たして北朝鮮による700名にも及ぶ拉致被害者が出ていただろうか。悔しくて堪らない。

 日本国憲法には立派な第九条がある。だが日米安保条約が空洞化した現在、果たしてそれだけでいいのだろうか。無論人類史上唯一の被爆国として非核三原則は堅持すべきであるが、自衛隊は軍隊ではないとする矮小化された論理は成り立つだろうか。明らかに軍隊である。ここで永世中立国であるスイスの例をあげてみよう。スイスは国民皆兵制であり、全国民に懲役が課せられている。日曜日などはどの村でも射撃大会が盛んに行われていて、各自の家々には核爆弾から自らを護る核シェルターが標準装備になっている。国家は大統領制で、各州知事の輪番制で大統領になり、軍隊での序列は長く勤務した軍人ほど偉くなれる。彼らはどんな国家からの侵略にもちゃんと備えているということである。今日本に国民徴兵制を持ち出すのは多分絶対的タブーなのであろう。だからと言って一方的にアメリカの軍事力によって護られていて、その上「思い遣り予算」とか訳の分からない予算=税金を巨額に突出していることの空しさ。どこか変ではなかろうか。領土問題は二国間で解決しろと言うアメリカの突き放した意見を、どう考え感じるか、或いは本当に信じて言いのだろうかと大いに議論があってもよさそうなものである。自国を自国で断固として守りぬく気概がなければ、安全保障問題は自らが放棄したことになりはしないか。自衛隊を軍隊として認知すべきである。あのドイツは戦後確か51回の憲法改正をしているが、勇気を持って議論する時が迫ってやしないだろうか。アメリカの核の傘下にあって平和をヌクヌクと享受していることは赦されないことである。集団的自衛権の名のもとに、戦争好きなアメリカと付き合うべきでは断じてない。日本に徴兵制がないとすると、韓国のサムソンには決して勝てないことだろうことを憂慮する。若者に規律を教え訓練する韓国は、別な面で幸せなシステムを持った国家である。もし兵役が嫌だったら兵役の倍の期間を福祉などのボランティアにあてるとか、そろそろGHQの描いた日本国を卒業すべきではないだろうか。ヘナチョコな戦後の教育問題こそGHQの思惑通りなのだから。松川事件・三鷹事件・綾瀬における下山国鉄総裁惨殺事件など、戦後暗黒の三大事件は言わば確信犯的なレッドパージそのものであり、GHQが無縁ではないだろう。

 私たちは家族や多くの友人の持つべき当然の権利と安全を、私たち自身で護るべきことである。但し飽くまで一種の提言として。

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憂国

 

 

尖閣諸島の魚釣島 中国では釣魚島と呼ぶ (国土地理院の写真から)

 

 

 

            憂国

 

 

  <民主党>

 何かと国内外が騒がしい。長く自民党政権下で、オリのようなものが溜まってきて、制度疲労や、仕組みの老朽化が激しくなったから、多くの国民は先般の衆議院選挙で民主党に多数投票し与党にした。何も自民党よりマニフェストがよかったからという軽はずみな判断などではない。より清新な感じが受けとめられた結果からである。その後余りにも強引で酷い国会運営や、政治と金の問題や、稚拙で幼稚な発想などに、国家存亡の危機感を覚えた国民は今回の参議院選挙で、民主党惨敗の結果に終わらせた。これはまことに健全な判断をする国民性である証明と同時に、民主党に対する叱咤激励のメッセージであったかと思う。私も衆議院では民主党に一票を投じた一人だが、参議院惨敗の責任を、菅総理は取っていないとして、民主党の代表を決める選挙が、金民主党を二分するようなカタチで激しい選挙戦が行われた。呆れることに、普天間問題や政治と金で辞任せざるを得なかった鳩山由紀夫前総理や小澤前幹事長の退任から、僅か三ヶ月に満たないうちに、当人の小澤氏の立候補したのだったのだが、小澤氏は選挙の惨敗を喫した。消極的菅指示が大勢を占めたためである。

 そもそも党の綱領がない政党はあり得ず、政党の綱領がない政党は世界ではあのナチス以外にない。左派もいれば右派もいる寄り合い所帯の民主党は果たして政党になっているのか。百年後の大計のもと、激しく議論をし尽くし、何としても民主党の綱領が出てくるのを待つしかないが、今のままではおニャン子クラブであると断じてもいい状態である。選挙期間中、小澤氏は何ら疚しいことはないと強気の発言であったが、それならば国会で証人喚問などを受け、政治の場で説明責任を堂々と果たすべきだろう。小澤氏の一貫した主張は逮捕権がある公的な検察の捜査によって、一年以上の取調べを受けてきたから、それで充分であるという主張であったが、それって国民を愚弄するにも程がありやしないか。国会軽視と受け取れかねない由々しき発言である。私が小澤氏の政治資金への疑念は陸山会の土地取引だけではない。新党を立ち上げ、そして壊し、それを繰り返してきた結果生じた政党助成金が残高0になっていることに対する深い疑念が存在する。ダム工事に対し談合を主導した疑いも強い。ただ政権を奪取し権力を得たいという信念に基づき、政局だけで生きて来た政治家は殆ど信用出来ないということも根深い根拠の一つである。水谷建設からの献金問題も有耶無耶であり、いずれにせよ国会証人喚問に応じ、堂々と論陣を張るべきである。菅総理から、しばらく黙っていて欲しいと言われた、あの一言は決して小澤氏の中で怨念として、今後とも大きく残って行くことだろう。

 新菅内閣の顔ぶれはなかなか面白い布陣である。実務型と言ってもいい。然し一つだけ注文をつけておくならば、何事に対しても、スピード感において激しく欠けている。今度の円高対策における金融緩和策や為替介入など、海外相手の施策にも大いに疑念がある。スピード感がないばかりか、戦術・戦略が全く見えていない。最近同志社大学教授の浜 矩子先生は1ドル50円時代を覚悟すべきであると大変興味深い論文を出されたが、今までのドルが高すぎたのか、中国の元が安いのか、世界の動向の中で見極め、世界戦術のシナリオの中で、日本は孤立への道を進むべきではないと、市場は本当に熱い警告を発している。雇用雇用というが、どこから雇用が生まれるかが曖昧で、国内の問題でも一向に戦略が見えないのが実情であり、ましてや円高対策など、遅きに失することは当然の帰結である。ねじれ国会の前にねじれた党内の議論を逸早く集約して然るべきである。セイフティ・ネットの構築は大事なことだが、それだけが前面に出ているだけでは、この国家は次第に埋没して行くだけである。

 

  <尖閣諸島領有権問題>

 尖閣諸島の魚釣島で操業していた中国漁船船長を、我が国の海上保安庁所属の巡視艇に体当たりし公務を妨害した(海洋侵犯の罰則規定がないため)ことから、その船長を公務執行妨害罪で逮捕しておいて、中国から矢継ぎ早に恫喝されると、直ぐに船長の釈放を決めた。沖縄地検の記者会見に、我が耳と眼を疑うような青天の霹靂!あの記者会見で、開いた口が塞がらない。司法は司法で独立して然るべきで、何も政治的な配慮など余計のヨッチャンである。一方仙石官房長は地検の独自の判断だとして押し付け、政府の関与を一切認めようとしなかった。何故このような決着がついたのか、まことに不思議な結果であり、到底納得出来るものではない。政治的決着をつけようとしたら、それ相応の、覚悟を決めた官房談話があってもいいだろう。否、寧ろ内外に対し毅然たる姿勢を見せつけることが大切な政府としての対応であって然るべきである。公判まで持ち込んで日本国領海であると宣言すべきである。レアアースを日本向け輸出不許可(WTO違反の疑い)を決めたら、途端に慌てふためいた。なかんずくフジタ(旧日本軍が遺した化学兵器除去のために派遣している)の社員四人が拘束されたことも、こうした無国籍判断となったのだろう。だが世界中から失笑を買っていることも合わせて申し上げておきたい。アメリカ政府はベタ褒めの処置であったと礼賛したが、米各誌では、「屈辱的な打算」と手厳しい論調が目立った。韓国の新聞各社も大きく報じ、弱腰外交の産物であると。但し韓国は自国にレアアース問題が飛び火しないことを願っていた。更に最も強く日本の手法に反発したのはASEAN諸国であった。西沙諸島問題南沙諸島問題を抱えるミャンマー・ベトナム・フィリッピン・インドネシア各国からの激しい反発があったのである。各国は既に軍事的に支配されている根拠は何一つないと反論しているし、現実に武力衝突も起きていて、中には実質的に軍事支配している島も多い。ここにも海底資源問題が隠されていた。全く歴史的な根拠もなく、中国は自国に絶対的に優位な領有権を主張し続けている。つい最近出来たばかりの中国の「領海法」が色濃くその影を落としている。まことに勝手な法律で、政経分離など幻想に過ぎなかった。中国は海軍を大幅に増強し、海の資源開発に躍起になっている中国国務院の政策は、それこそ覇権主義と言われても仕方があるまい。チベット問題だって、嘗て清王朝時代にチベットを強引に支配した過去があるというただその一点だけである。新しいダライ・ラマを漢民族の中から現ダライ・ラマの承認もなく、一方的に選定し、これを正当化しているが、チベット民族の誇りを根底から踏みにじるものである。ウルグァイ問題だって、そうだろう。新疆ウィグル自治区には多量の漢民族が雪崩れ込み、それもこれも既成事実化し、呆れるばかりである。新疆ウィグル自治区では核実験の殆どが行われた。まさに古代・秦の始皇帝時代から続く伝統的覇権主義と言っても全く過言ではないが、清王朝最大の皇帝であった乾隆帝時代の勢いを彷彿とさせ、まことに不気味である。

 今回船長を釈放後、謝罪と賠償を求めて来た中国は論外である。英雄扱いで帰った船長は再び尖閣諸島で操業したいと嘯いていた。歴史的に言っても、大半の島が日本人の所有者がいる尖閣諸島には中国との領有権問題など一切存在しないのである。但し1986年に東シナ海の海洋調査した中国はイラクと同等の石油埋蔵の可能性(イラクより多く、1000億バレルが主に日本の排他的水域に存在している)を分かってからであった。その後2004年7人の中国人運動化が魚釣島に不法上陸を果たしたあたりから、より一層先鋭化した。経緯を知らないイギリスBBCは、領有権問題が始まったと、その不法占拠を熱心に報じたほどである。更に日本の排他的経済水域のまさにその線上に、中国は独自に天然ガス油田掘削機を建設し導入。やっと鳩山政権下で、このガス田問題で、日中と話し合いの端緒についたばかりであった。それもそうだろう。当時鳩山由紀夫前総理は国境問題を話し合おうとまで述べていた。慌てた岡田外相は尖閣諸島には領有権の問題は存在しないと、改めて外相談話を発表し、これに反発した中国の極右組織は一斉にデモンストレーションしたのだった。困ったものである。国家観のない鳩山氏の軟弱ぶりが、今の菅政権の弱腰外交と、外交無知蒙昧ぶりを露呈している。それにしても中国の思惑は見え見えで、政権交代とかで党首選挙にうつつを抜かしている民主党の出方を試験されているようなものである。更に日米の間に割り込んで、亀裂を深めようとする策略そのものである。民主党のお値打ちを試されているだけなのだ。菅政権は世界中にビデオを公開し、中国の覇権主義を堂々と知らせるべきである。温家宝首相は国連議場において領土問題に突っ込んだ演説をした際、何故このように明白な事実を世界に訴え発信しなかったのか。民主党は野党であった癖が未だに抜けていないばかりか、一昨日のワシントン・ポスト社の記事によると、日本の新しい政権は幼稚で脆弱で、態をなしていないと痛烈な批判があったこと、私たち国民にとっても突きつけられた由々しき課題なのである。

 ここで分かったことは、経済的に急激に成長を果たしている大人の部分と、旧共産主義時代の幼児性の部分と、お互いに二律が拮抗し存在していることである。周恩来や鄧小平のような大物の政治家がいなくなった証拠であり、まことに淋しい。一皮剥いたら、北朝鮮の金正日体制と何ら大差はないと充分に思わせて余りある。よく中国を観察すると、地方から都市へ戸籍を移せないばかりか、今や格差が肥大化し巨大化しているためでもあり、今のバブルが弾けたら中国はどうなるのか、考えただけでもぞっとする程恐ろしい。今回の強硬な中国の対日政策には国民が持つ普段の不平不満に対するガス抜きとも充分に理解出来る。そしてグローバル化ということは、あらゆる分野で必ず格差を生む源泉であることも再認識させられた。国内の混乱は顕在化していないだけで、実はマグマのように想像を絶するほど巨大で、もはや後戻り出来ないのが正体である。改めて共産主義国家であると再認識させられたことであった。同じくワシントン・ポスト社の記事では、今回の問題に、改めて独裁国家だと根底から批判的であったことも書き添えておこう。考えて見れば多くの民人が哀れである。政府要人はとりわけそのことだけに腐心していることだろう。実は共産主義などではなく、官僚主義と断じてもいいくらいである。官僚連中の腐敗も相当なものである。中国を非難だけするのでなく、注意深く今後の動向を見る必要があり、ハナっから信用して産業を興してはならない。いつ何時、ヤレ搾取だ、資本主義だと言われて、隷属させられるか分からない。長い間、文化的には非常に多彩で大きな恩恵があることは確かだが、今の中国には、ご都合主義しか存在しないのである。こんな国家に拒否権がある国連の常任理事国として、まさに国連改革が必要であり、ドイツ・ブラジル・インドと日本の四カ国が常任理事国入りを目指しており、それが駄目なら国連そのものの存在が如何にも怪しいものだと喝破すべきである。まして長崎に原爆が落とされた瞬間から、連合国に参加し、満州を攻め、戦後処理の中で北海道の領有を求め、アメリカその他の国家によって、北方四島に絞って割譲せざるを得なかったソ連は如何にも汚い。今回中国で行われ、ドミートリー・メドヴェージェフ大統領と温家宝首相との会談ではお互いに領有権を勝ち取ろうという、実に低レベルな会談であり、その後大統領は北方四島に立ち寄ろうとした。天候の条件で果たされなかったが、必ず行くと断言している。北方四島問題を棚上げするばかりでなく、未だに詳細にされていない官民併せて57万人もの多くの抑留者問題を打ち切りにしようと躍起である。今年の9月2日(日本が太平洋戦争の無条件終戦条約を締結した日)、ウラジオストックやサハリンで大規模に行われたソ連兵の戦没者慰霊祭は盛大に行われ、それって一方的過ぎないかと大文句を言いたくなることである。ソ連が無くなり、ロシア連邦として新しい国家が形成されても尚、旧態依然のありさまである。だったらロシア連邦として初代大統領であったエリツィン氏の謝罪は何だったのか。この国家には「恥」の文化はないらしい。

 

  <アメリカとの関係>

 アメリカ国債を最も多額に買い占めている国家は中国で、世界で突出し、№1の地位にある。従ってアメリカは中国とは根底から争うことはないと断じていい。台湾に武器輸出するとか、イスラエルに対してやったように徹底して何も出来るわけがない。クリントン国務長官は尖閣諸島を安保条約の範囲内と言ったそうだが、一方のオバマ大統領は尖閣諸島と言う発言では明言しなかったが、温家宝首相と米中関係の修復のみに終始し、冷え切った関係であった米中関係を元の鞘に収めさせた格好である。沖縄にある海兵隊は、アメリカの自国民の救出のためにだけ機動するのであって、日本の領土問題など全くもって埒外な問題である。近年ASEANとの連携と連帯を強めようと、ASEAN各国の首脳をワシントンに招いたアメリカが、その時でも自由航行がいいのだと、何だかトンチンカンな解答に終わった。各国首脳は何のために呼ばれたのか、忸怩たる思いを共有し、殆ど判然としなかったのだろう。要するにアメリカがアジア地域において、中国ではなく、アメリカによってアジアのイニシアチブを取らんがため以外に考えられないことである。私はアメリカのグリーン・カード(今のカードは緑色ではなく肌色のカード)を持っているし、半年間いたこともあり、或る地区に自宅を持っている。日本での所得をアメリカを窓口にして、アメリカ国に納税し、日本での税金対策の一部としている。決してアメリカは嫌いな国家ではないが、アメリカ人の偏狭ぶりもよく知っているつもりである。それでも日米両国間は友好関係を持続して行かなければならないのか、実は甚だ疑問に思っている一人である。友好関係は由としても、今や安保条約は空洞化しているではないかと懸念を深めている。日米地位協定も曖昧な部分が多く、日本国民はこんなにも多くの犠牲を払ってでも堅持して行かなければならない理由は極めて希薄であり、未だにアメリカに占領されたままであるという実感が消えない。私にはそう思えてならない。しかもあの「思いやり予算」として拠出しているが、何に対して思いやりなのか、チャッチャラ可笑しい。アメリカの最も嫌な部分は武器利権と石油利権で成り立っている国家であるということだ。従って年中戦争をしていなければならず、片時も泳ぎを忘れないマグロと同様な存在であることである。我が子のために、永住権を残しておこうかと思ったが、返却しようかとも思案中である。アメリカによる核兵器の傘のもとに日本の繁栄があるとすれば、日本人は余りにも自国の存在について、少なくともプライドを完全に喪失していると言っても過言ではない。愛国心ですら言うには辛い今日である。サッカーの試合の時だけは愛国心があるらしいが、何たる屈辱的な所業であろうか。今はアメリカとの軍事同盟を根本から考え直してもいい時期に差し掛かっていると、私は思っている。

 

  <韓国と、竹島問題 そして拉致問題>

 竹島も日本固有の島である。今から約60年前、時の韓国大統領・李承晩が、李承晩ラインなるものを持ち出してきて、一方的に領有権を主張した。方やマッカーサー・ラインも厳然と存在し、幾度となくハーグにある国際司法裁判所で主張しあおうと言っているのだが、韓国は全くこれに応じず出て来ず、まさに現在軍隊を常駐させ実効支配をし続けている。仕方なくお互いの排他的経済水域内に、日韓両国の船舶が航行出来る領域を策定したのだが、既成事実を刻々と積み上げ、その水域内に、日本漁船が一隻も入れなくなっているのが実情である。更に驚くべきことに、島根県隠岐島まで近年領有権を主張する韓国の右翼団体がいる実態も明らかになっている。

 歴史的に観て、それこそ韓国と我が国家は切っても切れない関係にあるが、明治以降の日韓友好条約なるものが怪しいものであった。日本がアメリカからやられた不平等条約をそのまま締結した時点から可笑しくなったのだが、当時の韓国はアジアで鎖国を続けていた唯一の国家であった。それにしても秀吉の朝鮮出兵はどう考えても解せない。可笑しな挙動があったのは事実であるが、弥生人からして日韓の大切な友好関係は当然であろう。然もヨン様が登場してから俄然日本では韓国熱に侵されているご婦人が多い。韓流ブームはそれでも由としよう。でも私は韓国語の持つ横柄で、且つ小馬鹿にしたような抑揚は好きではない。ヨン様は特別その点が抑制されているから極めて稀で美しい韓国語に聞こえる。「恨(ハン)」と言う、あの国が持つ国民的意識は、あの国の歴史を充分認識させるが、元々立派な佛教者もいたはずである。儒教の国なのか、秦の始皇帝時代の焚書坑儒(ふんしょこうじょ)を由としトラウマとなり、決まった宗教観が根付かなかったのか、七不思議の一つである。一方にはクリスチャンが如何に多いか、驚きに値する。キリスト教でも、新興宗教化し、櫻田淳子氏の結婚でも明らかなように、どこか変なのである。日本のように独特な神佛混交として、密教と神道の融合のような壮大な物語はない。その事が韓国をして、日本帝国主義の犠牲になったものと思われ、まことに痛ましい。私たち世代は戦争の時はまだ生まれていなかったから、戦争犯罪の責任を負うべきではないとする主張があるかも知れない、だが相手が痛みに思っている以上、今後とも日帝の犯した過誤を見過ごしてはいけない。ひたすら謝罪し、何とか未来志向でお付き合い願いたいものだろう。但し韓国はもう少し柔軟に胸襟を開いても良さそうなものである。

 北朝鮮は言語道断で、まさか共産国家で世襲があるとは、お富さんではあるまいし、マルクスもびっくり!驚天動地の心地だろう。金ジョンウン氏(三男)が後継者として、大将の地位についた。党関係としては金正日軍事委員長の次席、副委員長に就任したようだ。先軍政治とは明らかに時代錯誤もいいところだが、驚くことに海外へ派遣している大使の数は相当なものであり、かなり強かな国家なのである。それにしても拉致被害者の多くの運命は哀れでならない。「めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」(横田早紀江著 草思社刊行 1999年初版)を読んだ時にどんなに泣けたことか。早速私は少しばかりだが義援金を贈らせて戴いたが、まことにちっぽけなことしか出来ないのが悔しいのである。国民の大多数も哀れでならない。すべてが金王朝の犠牲の上にあることは明白であり、偶々ジョンウン氏が後継者となった以上、国際感覚を持った彼の舵取りに危うく期待するしかない。戦時中旧日本軍は韓国の女子大に通学しようとした女子大生を拉致し従軍慰安婦にした。言語道断な所業で、私は過去のことなれど、決して赦せないのである。憲法第九条を堅持する代わりに戦後賠償をしないで済んで来たが、ドイツのようにやはり何が無くともコツコツと賠償をすべきではなかったか。円借款などというあやふやなことで決着をつけることが今日の日本を曖昧な国家のままにしている元凶であると断じたい。それとこれは違うと言う意見が多いだろうと推測されるが、魂なくして何の経済大国だろうか。何の値打ちもないことである。ましてアメリカに日本人の魂まで腑抜けにされ、この民族はどこへ向かって行くのだろう。

 韓国・北朝鮮、いずれに対しても、彼らのプライドを傷つけることなく、毅然としつつ真摯に向き合って行きたいものである。永く時間が掛かることだろう。

 

  <今日の教育問題>

 現代史は授業の最後に当たる三学期に主に集中しているから、歴史学の教師から、ただ「読んでおけ」と言われて育った方々が大勢いらっしゃることだろう。現代史学を無視することは歴史教育として画竜点睛を欠くことではないだろうか。何故今の日本はこのようにして国際社会から敬意を払って戴けないのか、真剣に考えたことがあるだろうか。何処の国家に行っても技術大国であることは衆知の事実だが、我が国家を尊敬する国家は何カ国あるだろう。但しアフリカ大陸ではかなり評判がいい。ODAによる巨額融資も然ることながら、中国の投資のように、直ぐに利益を欲しがらないからである。中国という国家は直ぐ自国に吸い上げてしまう難点がある。遠い将来を見据えて、将来への投資や融資では全くない。直ぐに中身をガッポリ持っていってしまうからで、日本は日本独自で理性ある対応を今後とも維持して貰いたい一念だ。それにしても教育、取り分け学力に酷い差異が出来てしまった。安倍晋三内閣の時、戦後教育のレジュームとして、一度教育問題をリセットしようとした。アレこそやらなければならない問題であったと今でも信じている。日教組は竹島問題は韓国に帰属すると公言し、北朝鮮がやった拉致被害は日本が行った戦時中への当然の報復で、北朝鮮労働党に何ら過失など存在しないと嘯いている。日教組丸抱えの選挙戦を毎回続けている山梨教組の輿石東氏が語る「教師は政治的存在である」と言ったことは未だに撤回されていない。勿論個人としては当然のことだろうが、卑しくも教壇に立つ教師は中立的立場を貫くのが当然のことで、どうやらこの御仁は至極当然なことまで全く理解しようとはしない。老醜の恐るべき存在である。北教組の時代遅れの問題が噴出するのは当然である。日教組こそ、大人として自粛と自制があって然るべきである。一体全体どの時代を生きているというのか。

 私は今、ヨトリっ子を多く抱え、林業問題に立とうとしているが、ユトリっ子は何もいけない存在ではない。ただ一応に言えることは、皆自分が出来る範疇に対し、挑戦したり、脱皮しない習性と傾向にある。更に修練とか訓練と言う文字は全くないかのようである。これが戦後教育のレジュームそのものでなくて何としよう。辛抱強く彼らと当たっているが、当初からそのうち公用語を英語にすると言って、それが当たり前だと分かって貰うまで、何たる努力が要したことだろう。本を読む癖もない。ただ一時あった群れをなす行動が少ない。出来るだけ穏便に独りの世界に引き籠もろうとする。規則も嫌いな子が多い。集団生活に慣れようとしない。だがそれだけ鍛え甲斐があるのではないか。砂に水を蒔くように、ドンドン吸収するようになったのは入塾以来数ヶ月を要するかも知れないが、未だ半年も立たないうちに次第にそのような成果をあげつつある。決して彼らは悪くないのである。丹念にその必要性を説かなかっただけである。イギリス人教師連中もなかなか辛抱強くて頼もしい。私たちはまだその端緒についたばかりである。好きな先生はいたか、好きな課目はあったかという問い掛けに、殆どの子はなかったと述懐する。簡単な語学力と、日本史と民俗学を少々学んでいる。夏休み自宅に帰った子供たちが親を相手にスピーチしたというから面白い。毎週行くバスツアーで、里山めぐりもきっと楽しみなのだろう。ナラ枯れの山林を見て、中には泣いた子もいた。間伐もされないホッタラカシの山林に自分を重ねて観たのだろうか。密集してあった杉林を見て、一人の塾生がこれでは息苦しいなぁと歎息したのには驚かされた。徐々に林業分野の専門家を交え、一緒に頑張って行く覚悟と決意を固めさせる状態になるであろう。戦後教育の問題を私は私塾で実験し成果をあげたい野望を持っている。

 

  <子育て支援政策と、農業の戸別保証制度 その他>

 子育て支援のお手当てバラマキ政策は一体何を考えてなされているのだろう。多くの所帯では、受けた分だけ控除がなくなって、逆に支出が多くなったと零している方が多い。嫌、そればかりではない。乳幼児の施設がないから、特にシングルマザーは絶望的な努力をしている。私的施設は馬鹿っ高いばかりか遠く、多くの子供たちは入所待機までさせられている。そして最も問題にしたいことは、子供が欲しくても出来ない若いカップルの問題である。寧ろ税金が高くなり、あろうことか不妊治療は莫大な資金が掛かることである。平等を歌うなら、不妊治療を無料にするとか、一定水準の援助をするとかならなければ、全く不平等そのものである。主に大都市近郊の駅近くに、空いたスペースは幾らでもある。それを利用し何とか待機児童を解消出来ないだろうか。子供手当てはまさに不平等の極みである。根本から考えるべきである。

 農業の戸別保証制度は旧態已然の、貧困な農業政策の継続に過ぎない。農業先任者はこの五年で22%以上も減少し、従事者の平均年齢は初めて65歳を突破した。農業は国家の根本であり基礎中の基礎である。ただばらまけばいいのではない。変える制度は幾らでもあるだろう。若い人で農業に従事したい人だって実に多い。だが農地は売買の対象にはなっておらず、売買が赦されるのは、身内か専業農家が対象である。雁字搦めなのは、そうした多くの規制であり、根本から制度設計をしなければ、何一つ解決はしないだろう。優秀な農業の先輩に教えを受け、後継者にこと欠かないようにすべきである。大型チェーン展開している業者しか農産物の値段を決められないことも大問題である。直産方式や、或いはJA(旧農協)が何処かの大店舗展開をしている業者を買収し、そこに集約する方法もある。様々な試行錯誤があっていいだろう。戸別保証から見放された人は限界過疎の方々で、260万人ほどの専業米農家のどのくらいが恩恵を受けるか分からない。それだけでは不平等である。水産業に至ってはたった22万人しかいない。漁獲高が減っていることも確かだが、ここも水産業への従事者が少なくなっているのである。世界一豊富な資源に満ちた日本の美しい海を、人の手でしか盛んにする方策はないのである。規格に合わないものは市場に出ないことも問題である。それこそ安売りでも幾らでも売れそうなものである。林業においてはもはや死に態である。どうにもこうにもならない末期的症状である。杉林は間伐をされないばかりか、全く人の手が入っていないから、鬱蒼と繁るだけで、樹々の間から木陰さえ入らないのが一般的だ。グローバル化は恐ろしい差別を生み、格差を生んでいる何よりの証拠である。私たち櫻塾は、ここを最も重要な分野と位置付け、先ず林業従事者の育成から始めているのである。あやふやな政治などに負けてたまるか。

 今回の民主党代表選挙で驚いたのは小澤氏が原点回帰を標榜したことである。ガソリン税の値下げを散々選挙で、叫んでおきながら、国民の声だとか言って、一声でひっくり返した張本人が衆議院選挙の時のマニフェストに帰るべきだと言ったから唖然として観ていた。出来ないことを出来るとか、財源に自信があるとか。だったら幹事長の時、どうしてそれを実行しなかったのか。国民を欺くのもいい加減にして欲しいと願っていた。幸い小澤氏が落選したからいいようなものだが、政治家として私は最も嫌いなタイプである。彼が尊敬する田中角栄は誰彼なく面倒見のいい人ではなかったか。民主主義は数が絶対条件というのは構わないが、決してそればかりではなかろう。田中角栄の半分もないのが小澤氏である。親分~子分~半分の順序になるとすれば、半分以下であり、早々に引退を早めて欲しい。菅総理にふられ、「僕は何だったんだろう」と言った音羽御殿の若旦那も、自らが公言していた通り、もはや政治の表舞台から去って欲しいのである。トロイカなどと胡散臭い。トロイカ方式に登場したすべての政治屋はさっさと去っていって欲しい一念だ。

 高速道路無料化問題も可笑しい。淋しいところだけを実験とか称しているが、何が実験なのだろう。今殆どの方が問題にしていないが、東名高速道路の主要な路線は道路本態がボロボロで老朽化しているのが喫緊の大問題である。舗装面の直ぐ下の補強面が腐食し、所々ヒビが入り、ウラから廻れば腐食面が垂れ下がっているのである。全長何キロだと推定しているのだろうか。首都高や東名全線がその対象となっているのに。これを直すのに、どうやって行こうとするのか、真剣に取り組めば、その財源として今のままの料金でも国民は納得し協力するだろう。一刻も早く手当てしなければ、近いうちに大変な事故が起きるに違いない。ポピュリズム(大衆迎合=ナチズムはこの典型)の政治はあってはならない。選挙目当てのマニフェストはさっさと引っ込め、確実な成長戦略を打ち出して欲しい。日本が沈没しようとしている時にヤレ自民党の時代はどうだったか、とか、我々民主党なら何でも可能だとか、政党間の争いはどうせ机上の空論であり空しいものだ。隠れた含み財源の探査もいいが、早く民間並みの公務員の給与にするか、人員の削減に励んで欲しい。毎年多額の納税をする者に馬鹿馬鹿しいと言わせないで欲しい。ワシントン・ポスト社の社説で、幼稚で統治能力に欠けた政権であると冷酷に酷評された政権の時期ではなかろう。イラ菅ではなく、私たち納税者がイライラしているのが現状である。

 多くの若者とともに希望と夢に満ちた日本に導いて行ける堂々たる政治家はいるのか。尖閣諸島問題こそ政治主導でやったと堂々と白状するべきである。そして明確なメッセージを世界に向け遠慮なく発信して欲しいのである。頼りなさげな、底なし沼の一歩手前の、そんな匂いを一刻も早く消し去って、前へ前へと進むべきである。レアアースは代替は20種あるし、その分野の研究も進んでいるから、どうぞ遠慮なく正義を貫いて欲しいのだ。(次回 我が国の安全保障問題)

 

 

 あなたとともに 生きていたい!

 

 

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再びさくらちゃんにレクイエム

 

 

 さくらちゃんの遺影

 

 

 

             さくらちゃんへレクイエム

            ~天国のパパとさくらちゃんとの交信記録~

 

   第一プロット

   天国で、パパとさくらちゃんが再会した場面

   第二プロット

  パパとさくらちゃんとの交信

   第三プロット

  居なくなったパパとさくらちゃんの思い出

  第四プロット

  穴埋めするママ そして再生するママ

  パパとさくらちゃんに再会を約束するママ

 

  第一場面 天国でパパとさくらちゃん 再会す

  パパ;;お~い!ママよ、元気かぁ~~い。こっちに来たらすっかり体調もよくなって、元気いっぱいだよ。ただなぁ、まだまだ遣り残した気がいっぱいありそうな気がして、どうしたらいいのかぁと悩んでいたら、ラグビー仲間たちや先輩たちの、いつもやつ等から、何だよ貴様らしくないぞって、エラク叱咤されてしまったんだよ。そこでな、僕から毎日どんな瞬間でも天国からママへ、元気の気を送ることにしたのさ。だってママともっといたかったじゃない。それが一番の心残りかなぁ。ママァ!どう?そんなわけで最近元気が出来ているだろ。たったいっぺんの人生だもんな。日々を君と過ごした時のように、大切に生きていたかったよね。そんなことで、少し元気が出て、やっと立ち直った時、驚くことに、さくらちゃんが突然やって来たんだ。鼻がいいからなぁ。真っ直ぐ僕のところに来たってわけさ。そしてね驚くことに、ピンピンしてて、どっこも悪くないんだよ。呆れるほど元気でじゃれついてるんだよ。待って、今さくらちゃんと変わるからな。

  さくらちゃん;;ママァ、さくらでぇ~すぅ。さくらがこっちに来てから、ママはどうしてるだろうと、毎日心配で心配でどうしようもないの。ワンちゃんだけの天国の入り口に「虹の橋」って場所があってね、そこには生きている時、物凄く苛められてたり、不幸なワンちゃんがいっぱいいるの。でも皆平等で一緒に仲良く遊んでいるんだ。だからそこで少しでもお役にたてればと思ったんだけど、親分に頼んで、パパのところに行くって許可を貰ってさ、パパを探して歩いたってわけさ。いっぱいいっぱい人がいるんだけど、誰もが幸せそうにしてるから、安心してゆっくり探してたんだぁ。そしたらね、すぐパパが分かったよ。だってパパは大勢の人の輪の中心にいたからさ。でも何だかモノ欲しそうにしてキョロキョロしてたから。きっとさくらのことかなぁって察したわけさ。パパの匂いもすぐに分かったの。パパに逢ったら、j十三年ちょっと一緒にいた分お顔をペロペロしてしまったよ。あはははは!パパは大喜び。今はね、パパがどっしりアグラをかいて、さくらのことをずっと抱っこしっ放しなのさ。さくらも幸せぇ~~~。

  パパ;;どう?ママ!さくらちゃんもハッピーな様子だろ。だからママ、安心してしっかりしててね。さくらちゃんと二人で、ずぅっとずぅっと気長にママがやって来るのを待っているからな。

  さくらちゃん;;ママを独りで残して来て、さくらはとっても心配。だってペットロス症候群になってやしないかと。きっとママのことだから、私たちのことを胸の奥にしっかり詰め込んで、元気にしてくれると信じているんだけどなぁ。ママァ、どうかお元気にしてて下さいね。

 

  第二場面 パパとさくらちゃんの交信

   ママ;;あのねぇ、私はへこんでばっかりはいないわよ。大丈夫。ただね、パパが亡くなった時、あんなに壮大なお葬式しなけりゃよかったと思ってるの。だってあんなに大勢の方がいらっしゃったら、私だけのパパでいてくれないんだもの。パパはいつも立派でした。さすがは鍛え上げられたスポーツマン。ママの自慢のパパだったのよ。ただね、そちらに行ったら苦しさから逃れると思い込もうと一所懸命なの。だから今のパパとさくらちゃんの気持ちを聞いて久し振りに安心し晴れやかな気持ちになれたわ。いつも夢を見るの。パパとさくらちゃんの夢をね。パパが亡くなって、想像以上の穴がぽっかりあいたんですもの、私のほうが驚いてるの。さくらちゃん、パパに抱っこされてよかったねぇ。あなたがいつも座る場所もそのままにしてあるわ。片付けることなんか出来っこないの。そしてね、パパ!怒らないでね。さくらちゃんが逝っちゃってから初めて気付いたのは、パパの時より、私の心に、ぽか~~~んと開いてしまった穴が大きいのよ。それだけに困るわね。ペット?友人?家族?ぅうん、どんな言葉の形容も全然あてはまらないの。それが不思議ね。パパの笑った素敵な顔も最高によかったけど、さくらちゃんは、パパのお話も、私のお話も何でもかんでも本当によく聞いてくれましたネ。本当にいい子だったわ。いつもパパやママと行った散歩道を、今はママ一人で見ては泣き、さくらちゃんの好物を見ては泣き、さくらちゃんの雨降り嫌いは私も嫌いになっちゃったのよ。どういうのかなぁ、ママの心に二つ分以上にぽっかりと開いた穴ね、どうしましょう。埋められるのかなぁ。

 

  第三場面  居なくなったパパとさくらちゃんの思い出

  ママ;;さくらちゃんが、家に来た時はまだちっこいワンちゃんだったわね。パパと話して直ぐに「さくら」って名前をつけたのよ。だってパパのラグビーの思い出分かるでしょ。全日本ラグビーチームの胸のエンブレムはさくらだもんネ。パパは凄くエツに入ってた。あなたが家に来てくれた後は、私たちの生活は一変したのよ。明るくなったし、ぅうん、いつだって明るかったけど、それ以上になったってこと。パパはお酒のツマミに出てくるモノを直ぐ上げたがり、ママは反対したの。だって人とおんなじモノって、ワンちゃんにあげるのは、絶対にさくらちゃんの健康を害するからね。その時ぐらいかなぁ、あなたがワンちゃんだってことを唯一意識したのは。パパはお友達がいっぱいいて、会社勤めも楽しそうだったし、スポーツって言えば何でもござれだったもんね。野球もサッカーも、もちろんラグビーは最高だわね。個人競技よりは団体スポーツが好きだったかも。会社でもチームプレーチームプレーって言って、一番大事にしてたもの。お風呂に入れるのを、いつもさくらちゃんをパパが一人占め。さくらちゃんは温めのお風呂が大好きだったわね。お風呂に入って鼻歌がはじまると、さくらちゃんはいつも耳栓して大人しく聞いてたね。綺麗にブラッシングしてあげると、惚れ惚れするような色艶。さくらちゃんも気持ち良さげだったわぁ。リード線を嫌いだったじゃない。そして大きなワンちゃんに出くわすと、さくらちゃんたら、ママ抱いてって目で言うんですもの、まぁ当然だわね。お医者さんに行って、予防注射も大嫌いだったわ。ママも嫌いよ。パパったら、スエーバックや並足やギャロップや色んな技を教えようとしたけど、結局さくらちゃんはお手とお座りが早いうちから覚え、大得意。それが出来たんだもんね。いいのよ、それで。ドッグショーに出るわけじゃないし、ねぇパパ!

  パパ;;そうだよそうだよ、ママの言う通り。パパだってさくらと別れるのがどんなに辛かったかしれやしない。偶にトリーマーのところに行ってくれたから、それだけでも十分さ。パパの思いを、さくらちゃんはいつも聞き役だったから、可愛いったらありゃしない。何でも聞き役だったね、ねぇママだってそうでしょう。私たちの間の完全に入っていたんだから。子供たちは勝手に彼女を作って出て行っちゃったしね。さくらちゃんは勝手にすることはなぁ~~にもなかったもんね。ママは爪切りや耳掃除も上手だっただろう、ぅんさくら?

  さくらちゃん;;ママは何でも上手だったから、何一つ不自由しなかったよ、ぅへ~~ん!犬冥利につきたなぁ。パパったら、今私のことを一人占め出来るんだから、いつもニッコニコさ。私がダンダン弱って来た頃、遠くからお医者さんが来てくれて、ママは自分のことより、本当によくしてくれた。ママだって、ある時期から、半分以上覚悟してたはずなのに、今のママはママじゃないみたい。ねぇママ、元気を出してネ。

  ママ;;そうよね、いつまでも泣いててはいけないわね。でも大きな穴の次に更に大きな穴がポッカリ。ママは泣く以外に、今は何も出来ないわ。あのね、お喋りな小父さんのご夫妻がね、先日パパとさくらちゃんのお仏壇にお参りに来てくれたの。その人はね、学生時代にたくさん小説を書いたらしい。その中にね、「犬を捨てる話」っていう短編小説があるらしいんだけどね。不妊治療を受けていた仲のいい夫婦のお話だって。結局子供は出来なかったから、親戚から雑種の子犬を貰って来て、何と十六年も一緒に暮らしたんだって。普通犬って十四年が平均寿命だけど、長生きしたのよねぇ、その子。最初は子供のつもりで飼ったんだけど、次第に夫婦の会話が少なくなって行き、その子の最期あたりにはね、犬を通してだけ夫婦の会話があったっていう、現代の孤独さかなぁ。そんな内容なの。そしてその子が死んだ時、川が大好きなその子だったから、川に葬るために橋の上から二人で一緒になって、亡くなった犬を欄干から捨てたらしい。その後ね、その夫婦は突然別れてしまうお話らしい。何か分かるような分からないようなお話だわね。そんな不吉なお話には私たちは関係ないわね。結局パパにとってもママにとっても、そのお話のワンちゃん以上に、とっても大切な子がさくらちゃん、あなただったのよ。ねぇパパ!

  パパ;;うん、そうだよ。パパもママも別々に色んなお話をしたけれど、さくらちゃんは何も言わずに、ちゃんと全部聞いてくれた。パパだって辛いことが多かったんだぞぉ。ママには言えない社会の辛さだってなぁ。ママだって、パパに言っちゃ可哀想だと思ってることも、さくらちゃんには言えたんだろ。パパは、全部は知らないけど。パパとママが仲良しだって、さくらちゃんが一番よく知ってるものね。二人の間の象徴かなぁ、大袈裟?あはははは!ねぇママ!

  さくらちゃん;;ううふ、嬉しいなぁ。(パパにスリスリ)

 

  第四場面 パパとさくらちゃんに再生を約束するママ

  さくらちゃん;;ママったら死ぬのが酷く恐いらしい。ママはいつも元気だから分からないんだろうけど、私は大きな病気をしたでしょ。あの時ねぇ、難しい言葉で言えばさぁ、臨死体験をしたんだぁ。麻酔が効いて行く瞬間かなぁ。すぅ~~っとね、その瞬間って結構甘美なものさ。誰だって経験するんだよママ。そんなに悪くはないねぇ。死ぬ直前にね、どうしてもママにご挨拶したくて、ようやくやっとこさ、首をちょっとだけ持ち上げて、ご挨拶したつもりなの。でも届かないからと思って、涙を一滴だけ零したよ。多分気付かなかっただろうけど。市役所にお届けした時だってママが可哀想で堪らなかったのさ。ちゃんと火葬してくれて有り難う。お陰さまでパパと出会って本当に幸せです。

  パパ;;それはいけないなぁ。死ぬってぇのが恐いうちは、こっちにまだまだ来ちゃいけないよ。穴が大きく開いてるって言ったよな。でも僕の思い出いっぱいあるよね。さくらちゃんの思い出も数え切れないぐらいにね。それら一つ一つを固まりにして、いわば硬く絞った団子状にして、穴に目掛けて、目いっぱい埋めなさい。全部埋めらるには時間がタップリ掛かるよ。どうにかこうにか埋まった頃には、きっとママも淋しさが失せてるでしょう。まだまだ何年も掛かるよ。それでね、ママね、周りの人たちに迷惑を掛けるのも大事なことさ。お互い様だもん。子供たちにだって、ママ!偶には甘えなさいよね。僕が出来なかったことを、いっぱいして欲しいんだ。そしてね、孫ちゃんがいっぱい出来たなら、どうかどうかその子たちの成長を見守って欲しいの。そしてそういう楽しいことをいっぱいママから聞きたいからな。さくらちゃんと一緒にね、僕たちはいつでもずっとここにいる。焦らずともいい。きっと見付かることが出来るんだから。

  ママ;;そうよね、あなたは出来なかったことが何一つないと思っていたけど、あなたに出来ないことで、私が出来ることだってきっと何かがあるわよね。今は何を見ても泣けるだけだけど、立派に生きることは立派に死ねることなのね。覚悟っていうか、パパはそれを言いたいんでしょ。分かったぁ。私、きっと立ち直ってみせるわ。そして約束する。死ぬのが恐くなくなったら、堂々と生きて死ぬわ。あなたたちのように、いとおしいさくらちゃんのように、死に様ってあるわね。きっと。堂々と、しゃきっとして頑張って生きて行くから。パパ、さくらちゃん、ママはそう約束するわネ。身一つで堂々ともう一度っていうか生き果てて、それから再会し、永遠の家族になりましょう。それまでは再来!

 

 (愛するご主人に先立たれ、そしてパパと一緒に可愛がっていたチチワのさくらちゃんが亡くなって、我が尊敬する御方が日々泣いてばかりいます。ペットロス症候群というのだそうですが、愛するペットの死とは我が身のどこかがスッポリと抜けてしまうようで、大変深刻なようです。私の経験上同じようなことがありました。そこを何とかお慰め申し上げたく、上記の文章を作成し、昨日ご送付申し上げました。どうぞお元気になって戴きたいと強く念じています。傷に塩をこすりつけるような行為でないことだけを願いつつ。~櫻灯路 代筆 庵の軒下)

 皆さまにご報告があります。今朝さくらちゃんのママより、何度も読んで何度も泣かされて、そしてそしてですよ、元気を貰ったと言ってくださいました。何て嬉しいことでしょう。でもこうした喪失感は永く続くものです。井伏鱒二の「さよならだけが人生だ」の通りです。でもさくらちゃんのママに今後ともケアに務めて参りたいと、心に決めています。皆さまからの励ましのお便りをたくさん頂戴致しました。本当に有り難う御座いました。だんだん!

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ゆきあいの雲

 

 秋がようやくやってきた 夏雲と秋雲がお空ではゆきあっている 杏が採った秋の草々

 

 

        ゆきあいの雲

 

 

 やっと涼しくなってほっとしていたら、再び蒸し暑くなって堪らない日々である。お空を見ると、下の雲はまだ曖昧な夏の雲。空高くには秋の雲があるというのに、何てことでしょう。こうした季節の変わり目に出るそれぞれの季節の雲が入り混じっているのを、「ゆきあいの雲」、或いは「ゆきあいの空」という。そうは言っても、お彼岸のお中日にあたる木曜日(23)には、がらっと秋らしくなって来るらしいから、待ち遠しい。またこの日18時17分に満月が上がってまいりますが、中秋の名月は満月の一日前になりますから、22日を十五夜と申します。明治6年から太陽暦が採用され、それまでの太陰暦が姿を消しましたが、未だにその多くの祭事や、月の満ち欠けは太陰暦になっております。更に西洋では太陽暦で、太陽の動きのみを大切にされた歴史だったものですから、月については邪悪なものとなり、不吉な前兆とされていました。ですから月の形状について、事細かく表現はありません。十五夜や満月の次は十六夜(いざよい)の月、次の宵は立待月、居待月・・・・・。新月は別に朔と呼ばれています。今月の中秋の名月は寧ろ22日夜でいいでしょう。満月になると欠け始めるからですが、この日をお月様に収穫の感謝をするために、芋を差し出します。中秋の名月は芋名月とも言われる由縁ですが、団子をあげる場合芋が変形したものと言ってもいいでしょう。満月と十五夜が違う年は結構あるようです。友人の「こよみのページをご参照下さい。

  もっとも現代ではダークマターの研究が各国でせめぎあっています。世界は原子と分子だけではなく、世紀に入ってから2010年、未だに世界の全貌がわかっておりません。原子や分子の素粒子は二割に足りず、後はダークマターで成立しているらしいのですが、現代科学の最も興味深い部分です。ニュートリノを発見した岐阜のカミオカカンテでは、日本チームとして、その発見が最も近いかもしれません。ミラーボールのような直径約1メートルの60面体が、「XMASS検出器」です。表面にぎっしり並んでる赤銅色の金属板の奥に、極めて微弱な光をとらえる642個のセンサーがあり、今夏の稼働に向け、準備が進んでいるようで、日本人として誇らしく存じます。検出器の姿が人目に触れるのは、この数週間だけで、秋には密封容器に入れられて、地下1000メートルの鉱山跡の地下の水槽に沈められると言います。観測時には、密封容器を液体キセノンで満たし、その原子核に暗黒物質がぶつかって、かすかな光が出てくるのを待ち受けるのだそうです。いずれにせよ天文学者が約80年前に仮説をたて、数学者や物理学者や天文学者などが競い合っています。その発見によって何がもたらされるのかも分かりませんが、80%がダークマターであるならば、当然知るべき重大なことでしょう。

 

 

今夏ペルセウス座流星群が登場した ダークマターが分からなかったら 私たちの存在も分からないことだろう

 

 

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さくらちゃんへ

 

 

 在りし日のさくらちゃんの肖像 (遺影)

 

 

 

さくらちゃんへ

 

 

さくらちゃん 私が尊敬する絵本の先生の 愛犬だったさくらちゃん

ラグビーを愛し豪快にお酒を飲み愉快だったパパは三年前に急死、今頃天国でご一緒でしょうか

パパからも随分可愛がられたんですものね 当然でしょう でもママは毎日泣いてばかりいます

先日心配になって さくらちゃんの小さなお骨箱に お経をあげながら 先生とお話してきました

先生は 「70になっても私死ぬのが恐いの」と言いながら もうじき14歳の誕生日だというのに

さくらちゃんはつれないよと 家族同然でしたもの 人間の歳に換算したら80歳をゆうに過ぎていました

私は必死になって もうじき80になる先生をお慰め ううんムクロはなくなっても 死んでなんかいない

ダークマターになって そこらじゅうにいるじゃない 先生の身体を自由自在にすりぬけ そこにいるよと何度も説得

人間は悲しんでばかりいたんじゃもたないよ 先生!パパは 貴女が死が恐い以上まだまだ来るなと言ってるよ

何度も泣き出す先生をお慰めするのだけれど だけどなぁ~~んにも効果なし 涙ってこんなに出るものなの

広いおうちの真ん中で 先生はたった一人 夏の終わりのお日さまが まだまだテンテン照りの暑い日

さくらちゃん 安らかに あなたのママを これ以上どう元気づけたらいいんでしょう パワーをください!

 

 

櫻灯路

 

 

 

さくらちゃんに カサブランカの花を手向けて

 

 

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