憂国 第二弾

 

 

伊勢谷友介扮する白洲次郎 NHKドラマスペシャル『白洲次郎』より

 

 

 

 

                憂国   第二弾

 

  <スパイ天国・ジャパン>

 日本は世界有数のスパイ天国である。あらゆる国家から派遣されたスパイがうじゃうじゃいて、そこらじゅうに充満し、日々活動が活発に続いている。或る場所で乾物商を営む中国スパイの大物や、アメリカのCIA(週給80ドルの薄給だ)や、韓国やロシアやイギリスや、様々な国家の情報局員が日々シノギを削って暗躍している。ここまで来ると哀しいより可笑しいというより他はない。それが日本の情報だけ集めているのではない。各国間の情報も、お互いにキャッチしあっている。無論日本にはジェームス・ボンドのような人が働く部署はない。従ってスパイと言っても海外のスパイが堂々と跋扈しているのが実情である。防衛省に勤務する制服組からもいつだったか、機密漏洩事件があったばかりだが、それは極一部であり、何とまぁ悠長で無防備な我が国家なのだろう。戦前には陸軍中野学校(スパイ養成所)があったが、そこまで極端でなくともいいから、自国の情報管理ぐらい徹底してもらいたいものだ。つまり先刻、中国人領海侵犯の船長を苦し紛れで、公務執行妨害で逮捕しておきながら、圧力にアッサリ屈し解放し、世界中の国家から笑われた国家になった件で言いたいからだ。特に民主党になってから酷くなったように思う。好き放題で、日本国は恰もユルフンの極みであるのだろう。だが日本文化を殆ど理解しない彼らが決してスパイ出来ない分野がある。それは墨田区や大田区や品川区に多くある優秀な中小企業の技術である。日本人の精神構造や日本の精神風土も彼らには理解不能であるが、そう思う時、私はいつも思う、ザマァ見ろと。だが日本のような経済大国にあっても、情報局がないのはいい意味で理解出来るが、悪い意味では完全に世界の国々から失笑を買われているということなのだ。

 

  <ノーベル平和賞と中国の実態>

 去年、事業仕分けにて、岐阜県神岡村にあるカミオカンデが削減の対象となった。色々とあるが、未だにその義憤にたえることがない。ここで発見され実証された中に、ノーベル化学賞を獲得された小柴教授の汗と涙の結晶である。その弟子たちは今も細々と研鑽を積んでいるが、ニュートリノの発見は地下1000メートルの、このカミオカンデで行われたものであったし、一時ニュートリノはダークマターではないかと騒然となったことをよく記憶している。現在スーパー・カミオカンデによって、世界に先駆け、まさに逸早く発見されようとしているダークマターとは、素粒子の一つらしいが、原子と分子しか存在しなかったとする人類の歴史をガラッと書き換えようとしている。それら今まで分かっている素粒子はたった20%過ぎないもので、多くの素粒子がダークマターと呼ばれているからだ。宇宙には天文学・分子物理学・素粒子学・数学など、ありとあらゆる分野の総合的包括的研究が結集されなければならない。ダークマターがどんな意味を持つものか、今からワクワクしている。道半ばにして大腸癌におかされ、2008年7月10日に亡くなられた戸塚洋二さんの戦死が決して忘れられない。科学者らしく己の癌闘病と、真正面から向き合った記録・Fourth Three-Monthsのような誠実無比なブログを私は知らない。「二番目で駄目ですか」などと言い、不見識極まりない事業仕分け人が最近国会内で、高価な洋服に身を包み、商業雑誌のモデルとなって物議をあげている。仕分け人として売っておきながら極めて恥ずべきことである。それにしても鈴木章教授と根岸英一教授が30年前にやった「有機合成におけるパラジウム触媒を用いたクロスカップリング」で受賞されたのだが、お二人は特許を取る道を選ばなかった。お陰で世界中でその応用が実際に多用され、多種多様に応用されて素晴らしい製品が次々に出来ている。ジェネリック薬品やタイヤや液晶パネルや携帯電話など、広く使われているが、お二人の決断に拍手喝采を送りたい。日本の武士道いまだ健在であると。尚お二人ともアメリカのバデュー大学に留学。根岸英一教授は今でも同大學で研究を続けながら教鞭を取っておられる。このお二人の留学問題は日本には如何に基礎学がないかという淋しい証であって、海外留学して帰って来ても就職する場がない問題とすり替えてはいけないことだろう。

 ノーベル賞の化学分野での受賞は今回の二人の日本人の受賞によって、世界で得たノーベル化学賞の五人に一人は日本人が受賞したというから凄いことである。更にノーベル平和賞は、現在国家反逆罪で投獄されている、中国民主化運動の象徴とも言える劉暁波氏に輝いたが、中国政府の怒りは自らが大いなる恥を晒しているようなもので情けない。ノルウェイと断交も含めて今後更に強行に考えるというから恐れ入る。人権なき大国の行く末はあの清王朝の末路にも似て非なるものになるだろう。劉氏は現在54歳、長年に亘って「中国における民主活動家で、非暴力闘争をした功績」として受賞対象理由であった。08憲章とは、2008年12月、中国の民主派知識人・303名によって署名され、ネット上で公表された中国民主化を求める文書であった。1989年天安門事件以来永く封殺されてきた人民の声と言えそうである。特に今回の受賞は中国という国家が大人の国家か、単なる一党独裁による経済的化け物か咽喉もとに鋭く突きつけられている事実であることだ。授賞決定前、中国共産党はノーベル賞を与えないようにと様々な圧力を掛けたらしいが、ノルウェイ政府の取った最終手段は凄いの一言に尽きる。何よりも最も効果的な粋な計らいではなかったろうか。それにしても一党独裁の弊害は半端なものでしかない証左である。中身の混乱と混迷を隠蔽し、ガス抜きが得意な中国政府は安保理常任理事国に全く不相応である。由緒あるフートンを撤去した北京五輪や上海万博におけるドタバタ劇は、羊頭狗肉の見本帳のようなものであった。経済至上主義の極みで、大国とは名ばかり、未だにまことに小さな国家なのである。我が国は頼り過ぎないこと、ASEAN各国と連携・連帯を強めて行くことが強く求められていることだろう。

 大阪地検の証拠品改竄事件は衝撃的なものであった。どんな言論も赦され、気が付いてみると、何でもありの「恥の文化」を捨てた国になっていた。教師が教え子のスカート内の写真を撮り、警官が窃盗をする。裁判官猥褻罪で捕まり、古典的保険金詐欺事件は後を絶たない。その辺の小母ちゃんが平気で保険金狙いの殺人を繰り返す。通り魔によって幾人も人が殺され、犯罪者の人権だけが擁護されて、被害者の心情に対する配慮は何処かに消えてなくなっていた。犯罪と言えば893(やくざ)屋さんの専売特許であったものだが、今や犯罪を犯す一般人が何処にでもいて、いつどう暴発するか分からない。孤立化し、躁鬱化し、街に自由に出入りする猿や猪やハクビシンのようであり、完全に家族観や国家観を失ってしまった。戦後教育制度の責任がまことに重大である。日本人の底力は風化したかに見える。情けない。だから中国の矛盾や暴走を論じる前に、私たち自身の非も、自己自身で正確に見つめるべきではなかろうか。

 

  <COP 10に寄せて>

 他人事ばかりを言っていても仕方が無い。我が国家は、その存亡の瀬戸際にあるのだから。選挙目当てのマニフェストを堅持し、未だに財源なきバラマキを止めない民主党には必要な部分とそうでない部分との仕分けが出来ていないようである。まことに幼稚で危なっかしい政権がいつまで続くのだろうか。社会主義リベラル派に違いない民主党は、数の論理とそれに伴う軍資金疑惑を自らが総括出来ないでいる。自浄能力が完全にない政党であり、かつての自民党批判をすることはおこがましい。自民党保守派の最も嫌われた部分を一身に背負った小澤一郎は、あの菅さんの一言「しばらくは黙っていて欲しい、それが民主党にとっても日本にとっても良い」、この怨念がある限り政界から引退することなど先ずあり得ないだろう。民主党代表戦に出たのも、総理大臣になれば刑事訴追をされないというただ一点であったはずだ。戦後金権政治の終焉であることを自らが知らずに。

 今月18日から、名古屋で始まるCOP10は今後の日本にとって特別重要な課題となるであろう。生物多様性とは多様な生物の恩恵によって私たちは生かされているという意味で、地球環境の劣化とともに盛んに議論されるようになった。その根底には、生物多様性について真摯な危機感があるだろう。今回日本は日本の里山を提言して行くようだが、稲作が産業の中心にあり文化の基本になっていることを忘れ去ろうとしている我が国家の提言は、何を後生大事にしているのだろう。真に生物多様性に向き合っているだろうか。提言だけ立派であっても噴飯ものである。例えば薬品にジェネリック製薬が近年よく使われているが、ただ同然に開発途上国からの吸い上げているだけでしかなく、ブータンとかシンガポールとか、貴重な資源は獲得出来た途上国家と、製品化し商品化して得た利益を、原料提供国に充分に分配し共有しなければならないと思う。先進国のみが自然の恵みを商品化し莫大な利益を享受しては絶対にならない。去年国連の調査で、COPの目標が達成されていないことが分かった。今回の名古屋では実効性のある協議がなされることを強く望む。日本はあのガラパゴス島(固有種110種)より、我が国の固有の動植物が多い(131種)。因みにイギリスは永い氷河期にあったために固有種はゼロ。更に周囲を取り囲む海洋には圧倒的に多種多様な魚や海老や貝類が存在する。世界一の豊かな海である。そして自然は偉大である。だからこそ日本は何としても先頭に立つべきである。今度のCOP10にはバイオミミクリーの提唱者であるジャニス女史もやってくることが最大の楽しみの一つでもある。私は一時イクメンを放棄し名古屋まで逢いに行く予定である。芋がらの葉に何故水玉となって撥水効果があるのか、或いは自動車メーカーのニッサンで開発中の、事故がおきない自動車の開発は、イワシの大群が何故イワシ同士がぶつからないかという研究の成果だ。或いは青いアゲハチョウの色は本来青色をしているのではなく、翅にある凹凸の幅や種別によって、青色・赤色・黄色と見えるようで、それをもう一度自然に立ち返って、自然から学ぶ習性を身につけ、もう一度人類の産業に反映されるべきだ。海だって、山林だって、世界一豊富な自然を持つ我が国家として、最も熱心に推進して行く使命があるのだろう。今回のG7会議にだって、日本の立場を汲々として説明するに留まった菅政権は、世界の大道を歩く勇気と覚悟があるのだろうか。人民元の安さを、世界中が取り囲んで正常値に戻さなければ(これが今回のG7の目的)、尚一層の混乱が続くだろう。人民元の安さがリーマンショックを逸早く脱却させ、スペインもポルトガルも、ギリシャの二の前になろうとして、ユーロ各国が苦心惨憺しているというのに、ギリシャ国債を買ってあげるからと、温家宝首相はいい気なものである。自国の利益追求のみが優先している反証である。

 

  <日本の安全保障>

 竹島が実効支配され、北方四島にロシアの大統領が行くと言う。ASEMでちょいの間会談をやった菅首相にはどこまで日本という国家を護る意思があるのだろう。温家宝首相も菅総理もお互いに尖閣諸島の領有権を主張したのだという。尖閣諸島は日本人の個人地主がいて、どう観ても日本国のものである。「友愛」などと怪しげな言動を繰り返した鳩山由紀夫の危ない一言で火の粉がついたのだろうか。実に70年代になって、この海域には天然資源が豊富にあるということが分かってから、突如中国や台湾が領有権を主張し始めた。全く可笑しな話であり解せない問題である。

 国家、つまり我が子や愛する妻の危機を救うのは日本人自身の安全保障の問題が大事である。尖閣諸島は安保条約の範囲内とクリントン国務長官は言っているものの、これこそリップサービス以外何者でもなく怪しいもので、中国艦船が突如やってきて、竹島同様、中国が実効支配するとは限らない。我が領土を護るのは日本国民として当然の責務である。自国の領土ぐらい自国で護らなければそうするのだ。アメリカとの安保条約はもはや空洞化していると言っても過言ではない。国家を護るのに、竹槍で護ると公言していた森永卓郎は稀代の阿呆である。彼の左翼的言動には我慢ならん。竹槍で護れるくらいなら何も安全保障の問題など議論してもしょうがない。南北に長い領海線がある日本海を、もし海上保安庁や海上自衛隊が完全に網羅してたのなら、果たして北朝鮮による700名にも及ぶ拉致被害者が出ていただろうか。悔しくて堪らない。

 日本国憲法には立派な第九条がある。だが日米安保条約が空洞化した現在、果たしてそれだけでいいのだろうか。無論人類史上唯一の被爆国として非核三原則は堅持すべきであるが、自衛隊は軍隊ではないとする矮小化された論理は成り立つだろうか。明らかに軍隊である。ここで永世中立国であるスイスの例をあげてみよう。スイスは国民皆兵制であり、全国民に懲役が課せられている。日曜日などはどの村でも射撃大会が盛んに行われていて、各自の家々には核爆弾から自らを護る核シェルターが標準装備になっている。国家は大統領制で、各州知事の輪番制で大統領になり、軍隊での序列は長く勤務した軍人ほど偉くなれる。彼らはどんな国家からの侵略にもちゃんと備えているということである。今日本に国民徴兵制を持ち出すのは多分絶対的タブーなのであろう。だからと言って一方的にアメリカの軍事力によって護られていて、その上「思い遣り予算」とか訳の分からない予算=税金を巨額に突出していることの空しさ。どこか変ではなかろうか。領土問題は二国間で解決しろと言うアメリカの突き放した意見を、どう考え感じるか、或いは本当に信じて言いのだろうかと大いに議論があってもよさそうなものである。自国を自国で断固として守りぬく気概がなければ、安全保障問題は自らが放棄したことになりはしないか。自衛隊を軍隊として認知すべきである。あのドイツは戦後確か51回の憲法改正をしているが、勇気を持って議論する時が迫ってやしないだろうか。アメリカの核の傘下にあって平和をヌクヌクと享受していることは赦されないことである。集団的自衛権の名のもとに、戦争好きなアメリカと付き合うべきでは断じてない。日本に徴兵制がないとすると、韓国のサムソンには決して勝てないことだろうことを憂慮する。若者に規律を教え訓練する韓国は、別な面で幸せなシステムを持った国家である。もし兵役が嫌だったら兵役の倍の期間を福祉などのボランティアにあてるとか、そろそろGHQの描いた日本国を卒業すべきではないだろうか。ヘナチョコな戦後の教育問題こそGHQの思惑通りなのだから。松川事件・三鷹事件・綾瀬における下山国鉄総裁惨殺事件など、戦後暗黒の三大事件は言わば確信犯的なレッドパージそのものであり、GHQが無縁ではないだろう。

 私たちは家族や多くの友人の持つべき当然の権利と安全を、私たち自身で護るべきことである。但し飽くまで一種の提言として。

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