価値観の変容と、いにしえへの渇望

 

 

 和傘 憧憬 雨の日が楽しみ

 

 

 

            価値観の変容と、いにしえへの渇望

 

 戦後、アメリカによって「日本国憲法」が出来、一気に民主主義が叫ばれ、古い時代へ回帰することは何故か罪悪になったようで、まことに憂慮にたえない。西洋の歴史は大半が宗教戦争で、国境を侵犯する日常であった。人類史上ずっと戦って来た歴史であったと断言しても過言ではない。産業革命が起きると、今度は欧州列強はことごとく植民地主義に走り、工業製品と同時に宗教が先ず植民地へ雪崩れ込んで行った。幾多の、記憶に出来ないぐらいの悲惨な事態ばっかりで、原住民は遍く虐殺・粉砕され、或いは性的に同化させられて、いまだにその矛先が収まっていないのである。西洋的論理は単なる論理でしかなく、いつか綻びをみせるものだと、ずっと思案していたが、リーマン・ショック以来、愈々問題が露呈し一層顕著になって来た感がある。資本主義=拝金主義に行き着くところまで来てしまったようである。人間は何故ここまで反目しなければ生存出来ないのか、それは腎臓移植や心臓移植でも明らかなように、人間同士ではお互いに違和感を発し相容れないものがあり、そう簡単に成功出来ないようなものである。

 日本人は明治ご維新後もずっと貧乏であった。兎に角これだけの人数を養うだけの資源がないからで、石油を求め、ありとあらゆる物質(食料品まで)を求め続けていた。今だってそうだろう。果たして日本人はそこまで浅はかなのだろうか。明治時代多く海外から人材がやって来たが、それぞれの口から発せられた言葉は意外なものであった。何て豊かな情緒と、四季の変化への対応と工夫、全く西洋的ではない日本人独特な宗教観、これは稀有の驚くべき新発見だとさえ絶賛されていた。海外へ出兵したのは明治時代までたった二度ほど。天智天皇が中大兄皇子時代指揮し、百済に援軍に出した「白村江の戦い」と、太閤秀吉が唐突にあみ出した文禄・慶長の役における朝鮮出兵だけである。秀吉とは半端なく下品な方で、私には武家出身でなかったための武士としての襟を持たなかったからであり、福岡や京都には今も耳塚が残されていて忌まわしい。250年に亘る江戸時代など代表格で、身分の差こそあれ、それぞれに平和ではなかったか。上代、各豪族間の争いや、朝廷での皇位継承問題での争いや、大寺院同士でのいがみ合いは間違いなく、そんなに少なかったわけではないが。

 ただ新羅や大陸からやって来た多くの帰化渡来人たちによって、皮肉なことに純日本風な神仏習合が起こり、より一層日本化されていった。日本人は元来すべてを取り入れ、そこを特化させ純化させて来た歴史の連続である。極めつけは封建主義と呼ばれる武家の時代で、厳正に決められた身分制は、どうあっても今日的な判断だけで、それほど間違いがあったわけではない。その身分身分によって分業されていただけのことである。私は武士の美意識を大変高く評価している。姿カタチの悪い所業や所作とは真反対であったと断言出来よう。意見の相違が多かろうと思うが、織田信長はやはり天才的な人物であったろう。宗教戦争をしたではないかと仰られるが、アレは宗教側が武装化ていて、信長の「天下布武」を強引に推し進められた結果の、謂わば当然の帰結であったのかも知れない。自由貿易を夢見、楽市楽座も、バテレンの擁護も当時として真に偉大な発想であっただろう。世界初の鉄で出来た軍用艦製作も忘れてはならない。万一信長が生存し切っていたら、今日の日本は大きく変わっていただろう。冷徹で苛烈な部分だけ見られがちだが、その見識の広さに圧倒されるばかりである。

 更に現在大河ドラマ放映中の坂本龍馬も生きていたなら、全然別個なご維新になっていたかもと、明らかにナイモノ強請りで想定される。長崎にあるグラバー亭主人のグラバーは強烈なイギリスの武器商人であった。無論イギリス人のみならず、多くの日本人もエージェントとして蠢いていた。坂本龍馬暗殺はたった4秒で成功したのは、目の前にいた中岡慎太郎、その人であったに相違ない。中岡慎太郎はアーネスト・サトウのエージェントであり、アーネストは当時横浜で発行されていた週刊英字新聞「ジャパン・タイムズ」に英文で寄稿し、それを見事に予見させることを書いていた。武器が売れるためには内戦・内乱状態でなければならなかったのだ。薩長はそれに乗り、衝き動かされるようにして、官軍と称する一団を祀り上げ、あの痛々しい戊辰戦争が始まったのだ。和議で幕藩体制に終止符を打とうとした坂本龍馬は邪魔者でしかなかった。何と盟友・中岡慎太郎にそれを実行させたとは、如何にも大国の論理でしかないだろう。龍馬を思う時、私は決まって明治政府の発した「五箇条のご誓文」を思い出されてならない。日本型民主主義の原点がここには書いてあるではないだろうか。龍馬の書いた「船中八策」に実によく似ているからである。

 人間とは不条理な存在で、心底から愚かであるのかも知れない。オバマ大統領プラハ発言したところで、核兵器を持つ国家が残らず放棄することはあり得ないだろう。現実味を殆ど帯びていないからである。逆にポツダム宣言(無条件降伏)の直前に、日本向け原爆の使用を命じたトルーマン大統領の決意と悪夢は完全に払拭されることがないからである。大国の論理は今や綻びていても、繕い繋がっているからあり、何て愚かなことであろうか。

 日本には日本独特な美意識と姿勢がある。その渇望は「修練」と「鍛錬」への郷愁であり、戦後教育ですっかり荒廃してしまった教育現場にあると言うべきである。社団でありながら法人格を持たない日教組の最悪な感覚と方針にすべて帰属する。確かに冷戦構造時代はサヨクはサヨクとして機能していたが、今は化石化した構造でしかなく、一度も北朝鮮問題が取り上げられたことがないbなかりか、擁護すらしているのが現状である。北朝鮮は共産主義国家ではなく、軍事独裁国家であることを全く知らないらしい。あの「ユトリ教育」とは何だったのだろうか。私たちの櫻塾では、やがて中卒の子も高卒の子もTOEICで850点以上は楽に取れるようになるだろう。何故なら林業を目指しながら国際人として存在し、活躍の場を広く大きく求めて行くからだ。

 殆どの樹木は幾らか品種が違っていても、挿し木や接木などでお互いを相容れ受容し、美しく変貌を遂げて行くものだから。

 

 

 青森県鰺ケ澤町に育つ天然杉の巨木 日本ではここが天然杉の北限である

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