ブレない生き方

 

 

 

 

 ブレない生き方

 

 

 

漸く始まった櫻塾。静かな船出。だからこそ可能性を感じられた。

「ゆとり教育」で育ったヤワな子供たち。だが私たちがセットした計画に興味津々。第一英語なんか大っ嫌いな面だましいばかり。

一人一人と熱く握手し、そして私たちの目標は林業の担い手だというと、ご父兄の方々から万雷の拍手が起った。

時間をかけて、そうして明日に向けて頑張ることだろう。単に櫻山建設だけではないのだから。

 

今頃アメリカの小村・ケンウッドでは櫻の花が一万本も満開に咲いていることだろう。

実のならない花を観賞する文化がない西洋では、櫻の花は傍目でしか観られてないが、近年はどうやら違うらしい。

パリでもロンドンでも、無論ワシントンでも、櫻の花は花の美しさとして観られているようである。

塾生は世界各国に行くだろう。櫻だけではなく、木々の文化にタップリと触れることだろう。

 

それには若き日より、決してブレない生き方が必要であるに違いない。

会津藩主・松平容保は孝明天皇から丁重なご宸翰を頂きながら、終生披瀝することなく、愚直なまでの人生を送り終えた。

家老・西郷頼母が京都行きを反対したところから悲劇が始まったのだが、初代会津藩主・保科正之の家訓が厳然と生きていたのだろう。

明治政府になって、いじめとも言えるほど藩校さえ許されなかった会津藩。

今は「あいづっこ宣言」で教育の中で真っ直ぐに生きている。

 

 

 

 散り椿 柔らかな日差しの中 咲く花もあれば 散る花もあり

 

 

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