アラスカ ブッシュパイロットを目指して

 

ユーコン川支流 カナナ川にて 漣のように見えるのがキングサーモンの群れです

 

 

 

              アラスカ ブッシュパイロットを目指して

 

 アラスカの6月はキングサーモンの解禁月で 今月はシルバーサーモン そして来月はピンクサーモンの解禁の、それぞれの月である。ふとそんなアラスカを思い出す時、どうしても主人のことが念頭から離れることはありません。早いもので、主人が亡くなられてから明日で満三年となる今年の忌日(当時8月2日に単に「ご通知」としてだけ出させて戴きました)、私にとりましても激動の3年間だったと存じます。当時本ブログの更新をしないつもりでしたが、主人の永い期間祐筆だった私が、少しは主人が自身のブログに掛けた夢の跡追いをしようと思いました。その一番の理由は皆さまから本ブログが未だに愛され続けているということです。従って、私個人のブログが主体にせざるをえないのですが、又ぼちぼち、多分主人頭の中にあるであろう夢の欠片を少しずつ書き綴って参りたいと存じています。私「庵の軒下」ことMは、個人的には結婚し、子供が出来、そうして弟君さまに、会社のすべて権限と運営を委任・移譲し、私は櫻専任の仕事に就きました。

 主人にはあふれるばかりの夢や仕事がありました。櫻・能楽・旅・絵画・民俗学・真言密教、そして中でも最も強い憧れはアラスカで、ブッシュパイロットになることでした。ブッシュパイロットというのは、厳寒の山野や氷河などに軽飛行機で、離発着する特別に専門的なパイロットのことです。無論飛行操縦の資格はアメリカで取っておりましたが、何といっても偶にしかアラスカの山荘に行けないものですから、専門のブッシュパイロットではありませんでしたが、それでもアラスカの大地を縦横無尽に飛んでいました。アラスカに来た時だけは日本のことや仕事のことが忘れられるからと言って、ハワイの別荘やチューリッヒ郊外の別荘に行くより遥かに楽しみにしていたのです。フェアバンクスの丸太小屋にお住まいで、ご結婚前の星野道夫さんともよく行き来しました。櫻と同等に本当に好きだったのは、実はアラスカの大地だったのです。

 久し振りに主人乗っていた軽飛行機を登場させ、明日のご供養の一端としたいと存じます。そう言えば、星野道夫さんがカムチャッカ半島で、ヒグマに襲われて亡くなられたのは、星野さんが42歳の8月8日でした。私たち主従は、彼の死を全く受け入れることは出来ませんでした。その後、僅か数年で我が主人も急逝してしまうとは、まことに人生は無常であるのだと自らで教えてくれているようなものであります。でも遺された私は、彼の分まで敢然として生きて行かなければなりませぬ。星野道夫さんがよくおっしゃるイノチの循環を心に刻みつつ。

 

 

 主人が最高に愛した真紅の愛機でした

 

 氷河へのランディングは何度も繰り返し試してから滑走しておりたものです。でも殆どが勘に頼ってのことですから、やはり永年の熟達が必要なことでした。雪を固めてからでないと降りても、次に上昇するスピードが出せないためです。湖水や、大湿原に下りる時も、私が同乗するとハラハラばっかりしておりました。その上会社の要人として二人乗りを主人が禁じたことでもあったのですが、マッキンリーやフォレイカー山の雪原に果敢に挑戦していました。櫻守としての主人と合わせ持った一面です。明日は再び主人に逢えるでしょうか。何だかドンドン遠くまで、この飛行機に乗って行ってしまうようで、改めて淋しさを隠しきれませぬ。追悼の意を込めて、南無大師遍照金剛!

 

 カヒルトナ氷河上空にて

 

 

 

 

 櫻灯路 

 

   筆、庵の軒下   

 

 

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