コルネ・ポート・ロイヤル 聖バレンタインの日に

           
      コロネ・ポートロイヤル
 
 
 
 
 
 
 
 
 
コロネ・ポート・ロイヤル
 
 
聖バレンタイン・デーの日に
 
 
 
 
 
 
去年 主人がまだお元気だった頃のことである
 
ブログでお知り合いになられた方から 遠い異国の地より ベルギー産の『コルネ・ポート・ロイヤル』が贈られた
 
見ると プラリネやガナッシュやジャンドゥーヤなどがびっしり詰まった美味しそうで高価そうな粒チョコであった
 
嬉しそうにしながら誰にも与えず 一粒ずつ食べていた パリの味がすると言うから それってベルギー産ですよと言ったら むっとしながら
 
そうして最後の一つを仏壇にあげた その後そのチョコをどうしたのか 多分私にもくれないで食べたんだろうと思っていたら 真夏まであった
 
バレンタイン・デーもやはり菓子メーカーの差し金で作られた日だからと 私はやっかみと悔しさ紛れで そう言ってやったことをよく覚えている
 
それでも誰にも たった一つとして渡そうとせず あの暑い夏に差し掛かった頃 溶けてしまうからと言って どこからともなく取り出して来て 
 
その最後のチョコを 一旦冷蔵庫で冷やしてから 私たちの目の前でおいしそうに食べた 私は大切にとって置いてねと言われたのは包み紙だけ
 
特に美しいブルゴーニュ・ワインカラーの地に ロゴの文字がゴールドで書いてあったリボンは 如何にも大人らしいいい雰囲気だ 
 
そのリボンは そっと彼の机の中に入れたままだ 具体的には何も教えて貰えなかったが 多分堅い友情があったのだろう
 
その最後のチョコを美味しそうに食べたのは 他でもない 彼が心不全でご他界なされた その日の昼時だった
 
 
 
 
 
今は その方もこのブログに現れることほとんどはない
 
ブログリストを或る事情があって外してから コトリとも何方もおいでにならなくなった
 
あのバレンタイン・デーのチョコの味を 今頃どんな記憶の中で 主人は思い出しているのだろうかとふと思う
 
 
 
 
三世紀 言わずと知れたバレンタイン(英語名)とは バレンチノ(イタリア語)のことで 
 
当時兵士に士気が低下するからと言って 兵士の結婚は一切許されていなかった
 
それを余りにも可哀想だと思ったバレンチノは 密かに結婚をさせていた
 
それを知った皇帝は 彼の逆鱗に触れ バレンチノにローマ国教に改宗を強要したが 聞き入れず
 
遂に 敬虔なクリスチャンだった彼を拘束し処刑してしまう その日が2月14日だったと言う
 
折りしもローマでは 未婚の女性が紙に名前を書き 翌日にくじ引きするように 男が引き当て付き合わせた習慣の日が同じ14日
 
その後キリスト教徒が圧倒的に多くなり くじ引きのような真似は風紀上断罪され廃止 バレンチノは聖者として認定されるのだが
 
今の西洋では手紙や花束の遣り取りをしている模様だ その後チョコの起源はどうやらイギリス(カドバリー社製)にあったらしい
 
日本では 神戸モロゾフが 1936年英字新聞の広告に『バレンタインチョコ』と銘打って出したのが最初と言われている 
 
1970年代になってから 日本の若い子達にも 聖バレンタイン・デーにチョコを贈る習慣が根付いたようだ
 
 
 
 
人生には 色々とあるのだろう これも仏教的に言えば無常と言うことだろうか お元気でいて戴ければ嬉しい
 
まさにほろ苦い小さく濃厚な物語であったかも知れない 主人はきっと淋しい思いを隠せないでいるだろう 
 
お立場上孤独で 勤勉で 静かだが 熱い方で それでいて淋しがり屋の そんな主人だったから
 
 
                                                                         (庵の軒下)
 
 
 
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