年末供

 

 

年末供

 

 

神道でも仏教でも、多少のお作法は違いますが、『日供(にっく)』・『月供(げっく)』があり、神仏へ感謝の心を捧げます。

年末にも「しまい○○」のように『年末供(ねんまつく)』があって当然で、一年十二ヶ月への感謝を捧げるべきです。

この写真では丸い御餅を十二個(一年十二ヶ月)と南天(=難転)と南瓜(=難禁)の意味で、トシの神へ捧げられています

今年一年の無事息災をご報告し感謝し、来るべき新しい歳も、どうぞよろしくと言う意味があります

最近では正月事始の行事なども、一般人では完全に何処かに行ってしまって、クリスマスが終わってから漸く、

トシの神さまに対する準備がそそくさと行われるケースが多いようで、何事も簡単にと言うことのようです。

 

世界に誇れるあの美しい日本のこころは、何処へ行ってしまったのでしょうか。

それらのお陰で、何処か歪んだおかしな社会になっているのではないでしょうか。 

日本人の普通にあり得るべき連帯まで失くしてしまったような気がしてなりませぬ。

 

御節料理だって、トシ神さまへ捧げたモノを一緒に戴き、神人饗応の一種で、大切なお料理でしてお祭りの筈です。

それすらもこころを籠めてお手作りになさらないで極めて簡略化され、大切なこころまで省略化され、或いは亡失し、

そんな詰まらない信仰は古い民間信仰で、無用無益だとする向きが大勢を占めているのでしょう。即物的過ぎます。

確かに古い死に体になっている部分を否定致しませんが、そこから自然への畏敬の念を学ぶとお考えになられないでしょうか。

 

この上の写真は山本美千子先生が主宰なされている【室礼(しつらい)】さまから、おことわりの上拝借致しました『年末供』の写真です。

私達の主家での『年末供』は、十二個の御餅は同じですが、歳越し用の生蕎麦を中央に供え、年棚の前に飾り、大晦日零時に取り払います。

いずれにせよ山本先生の季節に対する敏感な反応とお接待の心得など、和の精神文化と真剣に向き合っておられる大変重要な方です。

 

皆さま!当ブログをご愛顧賜り有難う御座いました。ブログ紙上で大変恐縮ではありますが、『年末供』をこころからお届けしながら、

127885度数アクセスの現在、検索で入られた方・最初はお知らせしなかったご友人さま方・そして社員の皆さん・一般の方々さま!

当ブログの和のこころ 今後ともこころからお届け申し上げたいと存じております。今年一年はまさに波乱万丈の悲劇的な歳でしたが

皆さまには、どうぞよいお年が参りますよう、こころからお祈り申し上げます。有難う御座いました。

 

尚、当ブログを時に代理で書かせて戴いたり、主人の原稿を貼り付けさせて戴いたりしている私「庵の軒下」は、 

主家が例年正月にお世話になっております京都・老舗料亭旅館に、今年も予約が入っているらしく、

明日から三日まで私が行くようです。しばらく更新致しません。今年主人亡き後おめでとうも言えない新年を迎える我々です。

京都の隅っこで密やかに、新しい正月を粛々と迎え、櫻山建設の前線基地となるべく、

河原町三条のオフィスなどを見学しながら、思考を転換し決意を新たに活動を開始したいと存じております。

再びお目通りを叶うことを念じながら、本年最後の記事とさせて戴きます。本当に有難う御座いました

皆さま、どうぞよいお年を!

 

 

http://www.shitsurai.com/  写真のご提供は 【室礼三千】さまからです 山本美千子先生!本当に有難う御座いました

                                                    (『年末供』の記事そのものは亡き主人の原稿で、他は軒下が担当す)

 

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