除夜の鐘

 

 

 

 

除夜の鐘

 

 

百八の鐘の音

 

各種の放送技術やネットなどの発達で どこの名寺の梵鐘の音も聞けるようになっています

百八声(鐘を百八回打ち鳴らすこと)は大晦日に限らず 毎日朝晩に鳴らすのが本来なのですが

普段は略して十八声に留めているのが現状です 暁鐘は夜の眠りから醒ます為 晩鐘(昏鐘=こんしょう)はこころの闇を醒ます為

そして各寺院では 修行僧に対して集合を伝える為にも 大鐘(梵鐘)と小鐘を撞く習慣があります

除夜とは 徐日(じょじつ=旧年を取り去る日)の夜の意味で 大晦日の夜のことを指して言います

この夜は一年の最後の夜と言うことで いつの頃からか特に除夜の鐘と言うようになったのでしょう

鐘の数を数えるのは 数珠を使ったり 百八の豆を準備して行われます

鐘を撞く前後には 必ず合掌合拝してから 撞木(しゅもく)を握ります

百七声は旧年に 残りの一声は新年に撞き 最後の一声は旧年送りをする宣命(せんめい)と言います

新年に撞かれる一声は 新年迎えの警策(けいさく)と言います 又五十四声は強く撞き 残りの五十四声は優しく撞きます

鐘の数は インドでは百二十だと言う説がありますが 百八の方式とは中国に始まったものではないかとの説が有力です

 

 

罪業消滅の鐘

 

百八と言う数の由来にも諸説ありまして それは煩悩(ぼんのう=人間の心身を苦悩させる精神現象)の数を示し

除夜の鐘はすなわち大晦日の夜半 昔で言うと正子(しょうね)の刻から 諸処の寺で撞かれる百八の煩悩を除去する考え方が圧倒的です

百八の煩悩とは 人間の持つ無数の苦しみですが 概念的ではなく 実際に算定基準があるのです

人間には感覚や意識を生ずる六感がありますが その六つの根元である眼・耳・鼻・舌・身・意の六根があります

この六根は 総じてあらゆることを引き起こす感覚や思慮作用を起こす元だとされていて それを「境(きょう)」と言います

眼による認識を色境 耳による音声を声境 鼻による香りを香境 舌による味を味境 身体による触覚を触境 意識によるものを法境と

それぞれをそのように呼び 六境と言われています 六根が六境に対する時 必ず無関心か好きか嫌いがあります

それを「好・悪・平」の三つの感情が働き 十八の煩悩が興ります 更にその煩悩から「苦・楽・捨」と言う三つの意志を誘発し

更に十八の煩悩が出て来ます 合わせて三十六煩悩は 過去・現在・未来の三世に現れ 通算して百八になると言うのです

この百八の煩悩の一つ一つを消滅させる為に除夜の鐘を撞くと言うのが 殆どの日本的な風習となっております

罪業消滅の為に撞くので 撞きながら必ず「般若心経」か「観音経」を唱えながら撞くのが習いです

 

 

一年の無事息災 豊年祈願の鐘

 

又百八と言う数は 一年を表象すると 別に中国の儒教思想からの見解があります

一年は十二ヶ月と二十四気(節気)から成り立っています 二十四気とは中国伝来の季節を示す用語であって

一年を三百六十日(旧歴法)を二十四等分した十五日を一気にします (太陽年を太陽の黄経に従って二十四等分したと言う説もあります)

二十四気とは『立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分・寒露・立冬・小雪・大雪・

冬至・小寒・大寒』で 現在でも多くの暦や日記などで見受けられ 短歌や俳句の季語や季題として親しまれています

その二十四気と十二ヶ月を加えると三十六となります 更に時候の変化を示す為に 旧暦では五日間を一候とします

従って三候で 一気(十五日間)になります この一気は前述の二十四気の一気に相当します 六候が三十日 つまり一ヶ月となります

一年十二ヶ月は 六候の十二倍だから 七十二候になります 十二ヶ月 二十四気 七十二候 それらを加算すると百八となるのです

尚予断で恐縮ですが 「気候」と言う熟語の言葉は 春夏秋冬の四季と七十二候から出て来た言葉だと言われています

十二ヶ月 二十四気 七十二候は旧暦の持つ大きな要素ですから 年初の元旦に総和数の百八の鐘を撞き

その年の災厄逃れと家内安全と豊年満作を祈ると言う説もあると言うことです

 

 

鐘の話

 

鐘は本来 時刻や集合を知らせる為に鳴らされました 煩悩を消し去るとか 無事息災を祈る為に鳴らすのは日本独自のものです

然し一方で百八の鐘は 中国の唐代の禅僧・百丈懐海(えかい=720~814年)が制定したとされる説があります

四方八方に鳴り響く梵鐘の法音に耳を傾け それを聞く人々がこころ暖かい仏心を呼び起こす考え方の寓話に次のようなものがあります

 

昔 中央アジアに安息王がいました ケニタ王軍を討とうと 大軍を率いて出陣し 激戦を繰り返しました その結果大敗を喫し

王はこの戦いで九億の人々を殺戮した罰で 無間地獄に落ちようとしましたが この時馬鳴菩薩(ばめいぼさつ)の説法を聞き

危うく地獄行きを免れ 千の頭を持つ大海に棲む魚に生まれ変わったのでした ところがこの王の魚に利剣が飛び込んで来ました

千頭の首が次々に切り落とされてしまいます 然し幾ら切られても首は直ぐに元通りに再生します でも海面に浮かんだ頭は数知れず

魚となった安息王はその痛みや苦しさに悶え苦しむのです そして助けを求めたのでした それを知った一人の羅漢は鐘を打ち始めたのです

するとどうでしょう その鐘の音を聞いているうちは 王の痛みは薄らぎ 七日目にはすっかり苦しみから解放されていました

 

日本での鐘の起源は 欽明天皇の二十三年(562)八月に 大将軍・大伴狭手彦(さでひこ)が 高麗(朝鮮)に遠征した時に

多くの戦利品とともに 三口の銅鋳鐘を持ち帰ったのが最初と言われています 日本で鋳造された最古の鐘は 

京都・妙心寺に現存し 文武天皇二年(698年)に鋳造されたものです

 

除夜は 又「年の夜」とも言われるだけに 多くの方々には何らかの思い出があるのでしょうか

除夜零時過ぎてこころの華やぐも (誓子)

何か仄々として来ますねぇ でも一方にはこんな俳句があります

除夜の鐘立ちても母を座りても (行波)

この句は実際に行われた死刑囚の俳句です 自ら鐘も撞けない ただ鐘声を聞くだけで 母を思って居ても立ってもいられない心情を歌っています

皆さま どうぞよいお年が来ますように こころから祈念致します!

                                                                                                                               (2000/12/26)

 

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