聖夜

 

 

 

聖夜

 

 

僕は子供の頃 ずっとサンタさんはいらっしゃるものと思っていた

小学高学年になると 周りの同級生から 両親からのプレゼント以外ありはしないとからかわれた

不思議なことに 何が欲しいか それを願っていると 翌朝には必ず枕元に届いていたから信じていたのに

僕は友達の言うことなんか 当てにならないと やっぱり信じる気持ちの方が断然強かった

何とそれは中学校に入ってからも続いた ませていた割には 聖夜の出来事に気付くのが遅かったのだ

 

後で考えてみると あああそうっかぁ あの時サンタさんに何を望むのって それとなく聞かれていたなぁと

思い出して 中学の時 だんまりを決め込んだ そしたら案の定僕の望むモノと違って置かれていた

以来両親がサンタになり代わっていたのだ確信し 強く詰問したら うふふと笑いながらそれを受け入れたようだった

 

ところが30代後半にもなると 逆にあの時両親はどうしていたんだろうと繰り返し思い出す

小学高学年の時 何度か薄目を開けて ベッドで静かに待機していたが 一向に現れない 

僕が気に入っていた一番大きい靴下を準備していたのに 「ん」でもなければ「すん」でもない 静寂しかない

仕方なく いつも渋々といつしか寝込んでしまったが 翌朝には やっぱり届いていた

僕が寝込むまで一睡もせず 特に母親は待っていたのだろうと 後で気付かされ打ちのめされた

夢を継続してあげたい思いだったのか 僕には今は亡き両親の心意気やその晩の心情が痛いほど分かる

そんなことを繰り返し思い出す年になったのだ 両親にはどんなに感謝しているだろうか

と思った時には親はなく もし僕が親になることがあったら 同じことが出来るだろうかと不安に思う

 

最後に両親と知ってから 母が置いて行って戴いたプレゼントは 旧約聖書一冊だった

神道と仏教の両方が当家の信仰だが やはりキリストも偉大だと今しみじみ思う

旧約聖書は 前半は『記紀』の世界より遥かにエキセントリックで どうあっても理解不能だが 

海外文化を知る上でこれらの聖書を読破し 必ず通らなければならぬ いいプレゼントだったと今頃思う

海外出張の際には 今でもその聖書を鞄の中にしっかりと入れて行く

 

聖夜にはキリストの誕生を素直に静かにお祝いしたい

                                                                                                                                    (2004/12/22)

 

 

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