冬至の行事と『一陽来復』

 

 

 

 

冬至の行事と『一陽来復』

 

 

上記の写真は 芸能人には特に熱心に信仰をあつけている京都・車折(くるまざき)神社の『一陽来復』のお札である

主に易学に出て来る四文字だが 一番「陰」(絶望)なる日から徐々に陽光(希望)が差し込んで来ると言う意味合いの言葉で

悪いことばかり続いたが 漸く回復し善い方向に転じると 或いは「冬来たりなば春遠からじ」とでも言うのでしょうか

つまりは冬至は二十四節気の一つで 二十四節気の誕生と最も関係があり 唐の時代は正月であった

冬至は一年で最も太陽の当たる時間が短い日と言うことになる訳で そこから易学の『一陽来復』と重複し

人によっては『一陽来復』は冬至の別称と言っている方がいらっしゃるが 正確には中身は同じでも 出所が全く違う

そして最も日照時間の短い冬至は 陰暦の時代の産物であるから 毎年多少なりとも違い 現在の新暦から見ると

日付がずれて来る場合があるが ここしばらくは12月21日か22日と思って間違いないだろう

 

冬至には冬至カボチャを食べたり 小豆と一緒に従兄弟煮にして食べたりする

この習慣は日本の歳時記の時書かせて戴いたが、あの『荊楚歳時記』に出て来ることが関係している

「冬至の日赤線をもって日の影を計る 共工の子 冬至の日に死に 疫鬼となり 赤を恐る」と書かれてある

陽の方角の南方から来たカボチャ(語源は原産地のカンボジヤ)は夏を意味し 邪気には対抗出来ると信じられた

又地方によっては お粥の中に赤い小豆を入れて食べる習慣もあるが 邪気は赤を恐れるからだとされている

その上柚子風呂と言い 柚子を適当な大きさに切って布袋に入れ チリチリするようなお風呂にして入る

ポカポカ身体中が温まり 所謂『禊(みそぎ)』の意味合いが色濃く 邪気は近づかなくなるとはずだと

 

『一陽来復』とは先にご説明したが お札を 冬至・大晦日・節分の三日間だけ 午前零時を持って張り替える

東京・早稲田大学近くの穴八幡でもお札は戴けるが 何となく好きな言葉の一つであり 冬至と春のお彼岸の中間点を節分と言うが

 節分には節分で『立春大吉』と言う言葉があり 私が最も好きな四文字熟語で 何かホノボノとした気がしてほっとするのである

 

迷信だ俗信だと簡単に笑い飛ばされるかも知れないが こうした民間信仰の奥には ちゃんとした天然自然の理法がって

我々は そのことを決して忘れてはならない 半ば可愛らしい行事の中から 自然を大事に大切にすることを学ぶのである

 

                                                                                                                                       (2004/12/5)

今年(2006年)の冬至は12月22日です

尚車折神社で この札を頂戴出来るのは 冬至から節分までです

 

広告
カテゴリー: 歳時記 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中