コノハナチルヒメとコノハナサクヤヒメ

                                         新嘗祭の日に撮った 五十鈴川・河畔の寒櫻

 

 

 

媛たちの運命と櫻の花

 

木花知流比売(コノハナチルヒメ)と木花之佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ)のお話

   

 

神々の中に 木花知流比売コノハナチルヒメ)と木花之佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ)のお二人がいたが

一般的に木花之佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ)のことはよく知られているが 木花知流比売のことは 余りにも知られていない

 

自らの暴挙で 高天原から 出雲国肥の上に降臨された速須佐之男命(スサノヲノミコト)は 

八俣大蛇(ヤマタノオロチ)と言う恐ろしい大蛇への人身御供にされかけていた櫛名田比売と出逢う

そこで彼女と結婚を条件に 彼女を櫛に換え髪に挿し 今で言う醸造酒(ワインのようなモノ)の強い酒を 船で八艘分用意して飲ませた

デロデロに酔っ払った八俣大蛇は 速須佐之男命にズダズダにされて殺されてしまい 無事平穏な世の中になるのであった

命はその櫛名田比売と夫婦になり 生まれた子八嶋士奴美神(ヤシマジヌミカミ)は 大山津見神の娘・木花知流比売(コノハナチルヒメ)を娶った

富士の守り神の木花之佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ)は 安産の神・火の神として そして櫻の神としてよく知られているが 

この木花知流比売は初めて聞かれる方が多かろうと思う 実は木花之佐久夜比売とは姉妹であり 同じ父を持っている

木花と言う花は 前後者と同様に 言うまでもなく櫻の花を指している

「櫻の花が咲くこと」は 木花之佐久夜比売(コノハナサクヤヒメ)で 「櫻の花が散ること」は 木花知流比売(コノハナチルヒメ)となる

今日は 主に文献に見られる櫻のイメージの原型をお話しようと思う

 

 

その前に ここでもう少し主に古事記の世界を探訪しながら お二人の詳細について述べてみよう

 

木花知流比売(コノハナチルヒメ)記

 木花知流比売は大山津見神の女で 速須佐之男命の子・八嶋士奴美神の妻となり 布波能母遅久須奴神を生む 

その系図の展開から七世目の子孫に 大国主神(オオクノヌシノカミ)がいた 無論出雲神話の主役となる神である

因幡の白兎伝説や国作り伝説 そうして国譲りの神話に登場し 然るに皇祖(伊勢=天照大御神)とは 次第に関係がなくなる

 

 同じく大山津見神の娘で 類似した神名を持つものに 木花之佐久夜毘売がいた

どちらも花に関わって それが散ることと咲くことに神格化したものであったろう

この二神は四人姉妹の二人とも 或いは同一神の異称とも言われているが これは余りにも荒唐無稽か

この二人の名の花とは 櫻のことを指し 櫻の花が咲き そして散る様によって

一年の穀物の豊穣を予祝したり 一年の農事を占うという習俗を背後に想定する意見もある

さくらの『さ』は穀霊の神を示し 五月で 早乙女の『さ』で神霊の依り代とされ 石座・神坐の『くら』ということでもある

従って 櫻=サクラとは 神々のいらっしゃる花 或いは神宿る花と言うことになろうか

又 山神の行き来にともなって 櫻の花の咲くことが 稲の稔りに通じると観る信仰を念頭に置く一方

鎮花祭の如く 花の散ることに疫病や また早く散ることに農耕の不作を感じ 忌み厭う信仰をも傍らに置いてみる必要がある

 又 櫻の花の散ることを掌り 主に農事に関する負の面(不作、害虫、疫病)を操作し得る神として信仰されていた神という説もある

 木花知流比売(コノハナチルヒメ)を祀る神社は 負の遺産と『ケ』を一身に背負われた為だろうか 本邦にはまったく祀らう神社はない

 

 

木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ) 記

又の名を 木花開耶媛(このはなさくやひめ)

   神阿多都比売(かみあたつひめのみこと)

   豊吾田津媛(とよあたつひめ)

   神吾田鹿葦津姫(かみあたかあしつひめ)として

富士の浅間神社などで 大切に祀られている

 

 

 

 大山津見神の女(娘)への予言と木花之佐久夜比売の一大覚悟

 

 古事記より 天孫・邇邇芸命(ニニギノミコト)が 日向の高千穂峯に天降りされた後

吾田の笠紗の岬で絶世の美人に出会った

「誰れの娘か」と問われると 「大山津見神の娘で 名は神阿多都比売 またの名を木花之佐久夜毘売」と答えられた

邇邇芸命はさらに「お前には姉妹があるか」と問われ 媛は「わが姉石(磐)長比売がいます」と答えられた

「結婚したいと思うがいかに」と申されると 「私からは申し上げられません 父の大山津見神がお答え申し上げましょう」と申した

この話を受けた大山津見神は大変喜ばれて 姉の醜い石長比売を副え 多くの献上物とともに 邇邇芸命のもとに奉った

しかし命は醜い石長比売を見るなり送り返され 妹媛だけを止められて婚姻された

大山津見神は「娘二人を奉ったには理由がある 石長媛を奉ったのは その間に生まれた御子は 雨が降っても風が吹いても

石のように永久に生命があるようにと また木の花(櫻)の栄ゆくがの如く御子も栄えるように」との理由からだった

だが 今 石長比売を返され 木花佐久夜比売一人を止められてしまった

「だから天つ神の御子の寿命は木の花のようにはかないものになるだろう」と申された

かしこみかしこみ申し上げれば 最近まで天皇の御寿命が比較的多くの方が短かったのは そのためであったのだろうか

不謹慎なことを申し上げたかも知れない どうぞお許しのほどを!

 

                                         堂本印象作画『木華開耶媛』 堂本美術館蔵

 

一方結婚した邇邇芸命は 一夜の初めての交わりで妊娠した木花佐久夜比売に対して

「一夜で孕むなどとは考えられない 自分の子ではなく きっと国つ神の種であろう」と疑われた

比売は「このお腹の子が国つ神の子だったら お産の歓びと幸はないでしょう もし夫邇邇芸命の御子だったら 幸があるはず」と言って

出入り口(戸)のない産屋を作らせ 室内を壁土で塗り込め その産屋に火をつけて 燃え盛る火の中で三人の御子を産み奉った

それぞれは 火照命(ホデリノミコト=海幸彦) 火須勢理命(ホスセリノミコト) 日子穂穂手見命(ヒコホホデミリノミコト=山幸彦)の三人であった

中でも日子穂穂手見命は その後豊玉媛(トヨタマヒメ)と結婚され 鵜葦草不合命(ウガヤブキアエズノミコト)を産み 

更にその命は玉依媛(タマヨリヒメ)と結婚し神倭伊波乱毘古命(カムヤマトイハレヒコノミコト) つまり神武天皇が誕生したのである 

そうして木花佐久夜媛(コノハナサクヤヒメ)の系図は 万世一系後人皇まで続いて行くことになった

 

 

出雲神話の祖神・速須佐之男命が妻 櫛名田比売のこと

 
ところで櫛名田比売と言う媛は 奇妙な稲田の精霊となっているが ここで様々に関連があるので紹介しておきたい

父足名椎は晩生の稲の精で  母手名椎は早生の稲の精であり 速須佐之男命に対して 誰だか分からない方に娘をやれないと

8人の娘は 次々に八俣大蛇の生贄として差し出して来た一件があったので 尚更不審に思ったが 

速須佐之男命は 「私は天照大御神の弟だよ」と名乗ると 夫妻は漸く疑念を解き 櫛名田比売を嫁に差し出すよう告げた

そうして出来た子の八嶋士奴美神(ヤシマジヌミノカミ)は 大山津見神の娘・木花知流比売を娶ることになった

 櫛名田比売は即ち出雲地方の山の神であり 農耕の神の子であるから それ以降営々として子孫に受け継がれて行くことになる

櫛名田比売を大蛇に献上しようとしたのも 毎年豊作を祈る為の 生饌としての人身御供のご祭礼であった

速須佐之男命と櫛名田比売の浪漫がなかったら 果たして日本は農業の国となり 稲魂を崇めただろうか

 

 

結び

 

お二人の媛は 一方は伊勢 一方は出雲と別れ それぞれの繁栄の基礎を創った

『古事記』と『日本書紀』と微妙に違いがあるのも 国譲りの神話と一体となっているからであろうか

『別天神』・『神世七世』・『国産み神話』・『神産み神話』・『黄泉国神話』・『高天原神話』・『出雲の神々』と 神は数多くおいでで

神には 八百万の神々がいらっしゃって その分古来から本来民主的な国家だったのだろうと思えてならない

 

いずれにせよ古来日本人は 櫻の花の咲き そして散る生態や有様によって 年穀を占う木と信じられていた

日本人の本当のこころと言う場合 稲と櫻は どうしても切っても切れない関連があることになる

地方の名木では 種蒔き櫻と名付けられた櫻が 随所に如何に多いことか 実感出来る話であるし

名木・古木の類は すべて村落の高台にあり どこからでも見れるようになっていて 今でも農耕の合図にもなっている

                                                                                                                  (2005/1/1)

 

本日亡き主人の四度目の月命日につき 櫻の祖神々を 主人の原稿通り貼り付けさせて戴きました

お陰さまで未だ小規模ながら 櫻山計画は順調にに進行しておりますが 

もし主人がいたら このお二人の祖神さまを 櫻山に建立してお祀りするご計画だったのでしょうか

咲くのも散るのも表裏一体 生死さえ糾える縄の如く まったく同じことのように思えます

有も無も 一切が空で 仏法の理は天然自然界そのものと悟るべきことなのでしょうか

こうした実感の中に 神道の世界と密教佛教の世界の親近性があるのでしょうか

或いは どんな宗教でも同じ真理を指し示しているのでしょうか

主人は今は元素となって 我々を優しく 時に厳しく見守っていてくれているのでしょう

今日も又 深い感謝のこころで生かされていたいと存じます (庵の軒下)

 

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