収穫感謝の新嘗・大嘗祭(勤労感謝の日の本義)

 
 
 
 
 
 
 
 
 
収穫感謝の新嘗・大嘗祭(勤労感謝の日の本義)
 
 

 

二月に行われる稲作の予祝儀礼の祈年祭と十一月に行われる収穫祭の新嘗祭は 

一つのセットの稲作儀礼である

祈年祭と同じく 新嘗祭も元々は民間の稲作儀礼だったが 

宮廷化して 天皇の行う最も重要な祭儀となった

「日本書記」に神代記から 「古事紀」に雄略天皇の段から それぞれ早くから定着したようだ

律令時代に 十一月下卯 又中卯の日と翌辰の日の二日間で行われる新嘗祭は

その前夜に鎮魂祭がある

卯日に 昼間に畿内を主とした大社三百四座に班幣をし

夕刻に天皇が潔斎をし 

神嘉殿に新穀による神酒 神饌を食べ 自ら「神饌行立」「神饌親供」の神事をする

形は月並祭の神今食(じんこんじき)と同じだが ただ後者は旧穀を使う

天武朝もしくは持統朝から 天皇即位の儀としての大嘗祭が成立し

「養老令」に 新嘗祭も大嘗祭も 「大嘗」と言っているが

新嘗祭は「毎年」 大嘗祭は「毎世」行われると言う 

又 大嘗祭は 悠紀・主基の国に祭田を設けるが

新嘗祭は畿内の官田の米を使う

天皇による稲作文明の国 日本の最も大切な祭りと言っても言い過ぎではないでしょう

 

 

現代日本では 戦後逸早く11月23日のこの日を 「勤労感謝の日」として 国民の祝日に設定した

然しこの「勤労感謝の日」の由来は まさに上記記載の新穀の感謝祭であるばかりでなく 天皇祭事が本質だったのだ

ここに 日本人のこころの美しい所があって 悠久の昔から 稲魂(いなだま)さまに対する計り知れない畏敬の念があった

勤労感謝の日に 根拠を求めるのは酷であるが 厳然と合った文化をすっ飛ばし 何かにおもねるような祭日はどうかと思う

                                                                                                                                      (2004/11/23)

 

現代では いじめや虐待が当たり前な 悲惨で無残な社会現象で 一時のアメリカの悪い面を追従しているかのようであるが

ご維新から 僅か未だに140年に満たない時間しか経っていないのである 我々の三世代上は チョンマゲし帯刀していたのだ

余りにも急激に社会変革した結果 このような社会的歪みが あらゆるところに出て来ているのではないかと容易に想像出来る

このような変革は500年掛かっても可笑しくない気がするが この短期間で奇跡の変革を遂げたと 本当に自慢になるのだろうか

封建主義の時代は 封建主義とは誰も言わなかったし 封建主義の中にも 素晴らしい美徳があったのではないか

古いものだと 直ぐホイホイ捨て去って来て リセットの上手な日本人は 新しいもの珍しいものに躍起となる

少なくとも日本国内で 祭りのある地方では犯罪が極端に少ないではないか 縦横の人間関係がしっかりしている証拠だ

戦後 或る意味で左翼思想に毒され みな平均化を願ったツケが来ているのではないか 悪いとは一概に言わないが・・・

いいものはいいと 頑なに何故守ろうとしないのか 日本古来の文化に 何故胸を張ろうとしないのだろうか

『愛国心』を堂々と言えない国民は悲惨である サッカーの国際試合の時だけの日の丸とは 笑止千万であろう

教育基本法改正と同時に 多くの諸問題に議論を尽くし 抜本的にではなく 根本的に考えて戴きたいものである

                                                                                               最後の段は 軒下が筆責

 

 

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