紅葉 そして落ち葉へ

                                        嵯峨野・祇王寺 前庭落ち葉 今年はまだここまでではありません

 

 

 

紅葉 そして落ち葉へ

 

 

紅葉の名所は全国各地に数限りなくあって 小生が好きにかまけて そこそこ廻って観た

北海道・上川郡層雲峡 青森県・上北郡奥入瀬渓谷 山形県・蔵王 福島県・会津磐梯山

茨城県・袋田の瀧 栃木県・奥日光 都下八王子市・高尾山 神奈川県・箱根一帯 長野県・志賀高原

静岡県・寸又峡 愛知県北設楽郡鳳来寺山 京都府・三尾~各地 奈良県櫻井市多武峰談山神社付近

富山県黒部周辺 島根県出雲市立久恵峡 徳島県大歩危小歩危及び祖谷渓谷 香川県小豆郡寒霞渓 大分県下毛郡耶馬渓

などであるが 読者の方々にはお怒りの方も多かろう 何故当方のは入っていないのかと 

だが残念ながら 細かい部分はともかく 名所と言われるところは これしか廻っていないのである お許し下され

ターシャさんがいらっしゃるバーモントとか 赤毛のアンの島・プリンス・エドワード・アイランドとか ヨーロッパ各地での

海外の紅葉は 黄色い紅葉が多いが 日本の紅葉は真っ赤に色づくところが多い 樹木の種類でそうなるので仕方がない

イロハカエデ ヤマモミジ コノハウチワカエデ ミネカエデ ヤマウルシ ナナカマドなどは真っ赤で

イチョウ トチノキ イタヤカエデ カツラなどは黄色く彩り カジカエデ トチノキ トウカエデなどはオレンジとか瑠璃色や褐色であろう

中でも数はすくないが ハナノキと呼ばれるカエデの一種は 天然記念物に指定され 美しく紅葉する樹もある

 

ところがどうしたことか紅葉もせず 直ぐに落葉してしまう季節もある 残念ながら都内や周辺にはこれが多く見られる

地面にいっぱいに広がった落ち葉を掻き集め 落ち葉焚きをして サツマイモなどを入れておくのは 冬の風物詩であろうが

近頃の消防の様子などを窺うと どうも余り奨励されているとは言えまい

さざんかさざんか さいたみち

たきびだたきびだ おちばたき

「あたろうか。」

「あたろうよ。」

しもやけおててが もうかゆい

何だかすっかり死語の世界になってしまったような気がして お年寄りの方々など淋しいをしているかも知れない

また青々とした街路樹も美しいが やはり落葉した真冬の街路樹も なかなかと雰囲気があって 情感が美しい

仙台市の目抜き通りや北海道大学構内のポプラ並木 前橋駅前のケヤキ並木 東京・神宮外苑のイチョウ並木

東京・新宿御苑のポプラ並木 宇部市のプラタナス並木や柳の街路樹などなど それぞれの雰囲気があって

ただそこをぼんやりと歩くだけで 無性に詩情に掻き毟られ エディット・ピアフのシャンソンなどを口ずさみたくなるものだ

 

ところで東北地方では 実も葉も落ち着き尽くした果樹の枝に

たった一つだけ実を挿して残しておく風習が いまだに存在している

これは木守り(きまもり 或いは きまぶり)と呼ばれ 翌年の新生と豊作を願って行うもので

そのたった一個の実が 木やその畑全体を冬の寒さから守り 不作の原因から守り 豊作にしてくれると言う

雪の中に ポツンと挿された実には 春に対する強い願いと厳しい冬に対する畏敬の念があるのだろうか

 

このところ連日のように 下記ブログ記事の欄にアクセスが夥しく多く 非常に驚いている

去年書かせて戴いた 2005年9月22日掲載の記事 『京都の秋へ気もそぞろ』と 

2005年10月15日掲載の記事『いずれあはではつべき祇王が恋』である

上記記事は亡き主人が ご友人が京都旅行するが為に ホンの悪戯書き程度に初心者コースを書いたものであったが

今頃本人は 今度はまともに中級から上級までも書きたがっているのだろうなぁと想像するが このパソコンには続きは残っていない

尚今年の京都の紅葉は 大原野の光明寺辺りから 紅葉が始まっているのであろう 或いは北の三尾辺りからだろうか

この際京都専門で 京都に最も詳しい写真家のYoupvさんのブログを 是非ご参照して戴きたい  http://youpv.exblog.jp/

気掛かりであるが いずれ25日過ぎてからが 本番だろうか 最も好きな紅葉は嵯峨野の『厭離庵』であるが 今は一般公開されていない

「さぁ 京都行こう」では 曼殊院の門跡寺院が選定され 入り口付近の見事な紅葉を テレビで毎度観ている いいなぁって

北海道の雄大な景色の中の紅葉もいいが 京都の山紅葉の繊細な紅葉は 視神経全部から身体中に沁み渡り 堪らないのである

落ち葉になる前に 今年の紅葉も しっかり楽しみたいものである

 

                                                                     (2003/11/24) 

                                                    但し最後の京都の欄は 庵の軒下(M)が書きました

 

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