お酉様

 

 

酉の市

 

一年の無病息災を感謝し 来るべき新しい年がよい年でありますように

江戸時代より 毎年浅草・鷲(おおとり)神社で行われて来た

買ったばかりのお酉さまを翳して 家族で歩くさまは なかなか微笑ましくていいものである

今年は三の酉まであるらしいが 三の酉まである年は 何となく華やいでいいものだ

飾り熊手を買うと 店のもの達と 買い手で手打ちをする シャンシャンシャンとなって

あちこちで景気のいい音が溢れかえる 師走まじかの江戸の町を活気づける

 

そんなお酉さまに 出す飾り熊手を造っていた人がいた

高村光太郎の幼少時代 父光雲は 実にこのお酉様の飾り熊手を造る貧乏な職人だった

一家をあげて リアカーに乗せて この鷲神社を目指したらしい

時運良く 父光雲は 持ち前の彫塑の技術を評価され 晴れがましい藝大の先生になるのだが

息子光太郎は その立身した父を受け入れ難かった 明治の人らしく 大時代の人物然としていた父を

何故そこまで嫌ったのだろうか 父の下請けさえしたのに 純粋無垢に嫌った この二人 何とも不憫に思えてならない

 

若かりし頃 ロダンに逢い 深く傾注したことはよく分かっている

自分の藝術の為とは言え 人間を止めた智恵子を抱えながら 光太郎はどんなに苦しかったことだろう

それでも尚 父光雲は 妻わかとともに 息子光太郎夫妻の援助を止めなかった

影に隠れ 後ろに廻り 援助し続けた 跡継ぎを弟・豊周にさせ 妥協なき新藝術の為に突っ走った光太郎を助け続けた

こうしてお酉さまの時季になると そんな不憫な親子の人生の縮図を不図思い出し ほろりと来るのである

時は過ぎ 今は一族が眠る同じ墓地の範疇や周辺に みな眠っている

光太郎は 最愛の妻・智恵子とともに あの染井吉野発祥の地 駒込の染井霊園の中で仲良く眠っている

                                                                                                         (2003/11/10)

 

http://www.otorisama.or.jp/ (鷲神社 お酉さまのサイト)

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