櫻山誕生

 
                                              ある本の表紙
                      『二輪の櫻の蕾』

 

 

櫻山誕生

 

 天平の御世、聖武天皇さまは、自分は徳が薄いにも拘らず、皇位を承ってしまった。

志は人々を救うことにあり、つとめて人々を慈しんで来た。

率いている国土は既に仏の仁恕(じんじょ)に恵まれているけれども、

報恩が遍く行き渡っているとは言えない。

そこで仏法僧の力に頼り、天地安らかに、万代めでたく、動植物のことごとが栄えるように願う。

天平十五年十月十五日をもって、菩薩のような大願を発し、廬舎那仏金銅像一体を造り奉る。

 

聖武天皇さまに、何故あのような馬鹿でかい仏像を、敢えて造るのか訊ねられた時の逸話である。

文面、天皇の衷心からの御心が伝わって来て感動し給うものであるが、

我々の櫻山計画はさにあらず、成り行きも規模もあらゆるものが小さいのである。

苗場一箇所と櫻山(小規模テーマ毎四箇所)が取り合えず、契約を終了した。

順次別に新規に創るホームページで明らかにされるだろうが、高邁な精神など、どこにもないのである。

 

結果的に色んなもの出来ればいいが、櫻と言う大河の生命力のほんの一部に、

我々の存在の一端が連なって行き、人の生涯は淋しく小さなものではないのだ、

櫻とともにある限り、みな櫻の精となり、花守りの子孫となり、花の歴史の一DNAとなるのだからと。

誰でも彼でも、みな花を植え、大道無門、どこからでも参加されるようにしたいし、日本人のDNAに全員ぶら下がろうと!

人一倍の淋しさからそうしたのではない。亡き主人発案の契機がまさにそのような子供じみた小さな発想からだった。

 

現在の苗場は埼玉の安行、熊野参詣の某所、京都、岡山、更に盛岡である。計画の三分の一である。

ほんの狭い場所であるが、これから三年目を目途に、漸くオープンすることになろう。

でかい目ぼしい広大な山々には、現在恵まれていない。でもそれでもいいのである。

里山創りから徐々に始め、行き着けるかどうか分からないけれど、日本文化の端っこに結び付いているならばと。

あれこれの計画は、一先ず置いて進めることになるだろう。

                                                      (庵の軒下 平成18年文化の日)

 

 櫻山の情報は、このブログでは行いません。もうしばらく掛かりますが、公式ホームページから正式にご案内させて頂きます。

 

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