伊勢の神宮 『式年遷宮』について

                                                 伊勢御遷宮の図 原作は神宮徴古館にあり これはお陰横丁の店舗の暖簾

 

 

 伊勢の神宮 『式年遷宮』について

                              

 

 

 二十年に一度行われる伊勢の神宮の御遷宮(ごせんぐう=本殿を新築し移り替わること)は 古来伊勢の神宮において最も重要な儀式である 社殿造替(伊勢神宮のご正殿を始め 諸殿社すべて新たに造営する) 神宝調進(しんぽうちょうしん=奉納する装束、ご神宝あらゆるものを新調する) 神霊奉遷(しんれいほうせん=新宮に神霊を遷す)などの一連大きな事業である 天武天皇の白鳳十四年の初回から 最近平成五年の第六十一回目まで 実に千三百年にわたる長い歴史が経っているのである

 

     起源

「延喜式」によると 御遷宮の式日は 外宮は旧暦九月十五日から十六日 内宮は旧暦十六日から十七日 これは明治改暦依然の旧神嘗祭の日と同一である 「大神宮雑事諸記」による、式年遷宮の初回は、天武天皇の発願により始められた。天武天皇の在位中 宮中に様々な新儀を備え 毎年の新嘗祭の外 天皇即位の時の大嘗祭も設定し 神嘗祭と共に 朝夕の御饌を供え 更に伊勢の神宮に厚い信仰心を持つもので 伊勢神宮にも新宮を造営してから 神嘗祭の夜に御遷宮をし 普段の年の神嘗祭より一層重厚な大神嘗祭を行っていたのである 二十年ごとに一度行われる御遷宮で 神殿・神宝をすべて一新し 天地浄化の極致という点において 大御神さまに瑞々しい今年の新穀を召し上がって戴く大神嘗祭のほかに 神聖かつ清浄な極致は類例はないであろう

 

     意味

 内宮皇大神宮は 天照大神さまを祀る場所であり 伊勢の御遷宮は 天の岩戸開きの神話と 一脈相通じる点が見える 天岩戸開の話の中で 天照大神は天岩戸にこもられ 世の中に光が消えた 然し祭を受けると、常世の長鳴鳥の声が上がり 大宇受売の神楽(日本演劇史の起源とされている)を奉納し 天照大神さまは何事かと扉を開け 外界に出て来られた それは言わば外界の新宮に移り入られる過程だったからではなかろうか 伊勢の御遷宮も 古殿にこもられた天照大神が 神官の鶏鳴三声の儀から始め 夜闇の中で新宮に遷られ 神宮の倭神楽を演じ このような新生の祭りを受けられることにより 御神威が蘇られ 次の二十年間は新宮に祀られる 代々遷宮を迎える人々の気持ちは 天の岩戸開きの物語に記載された天照大神の光の新生を喜んで迎える気持ちと まったく同じ歓びなのであろう

 

        何故二十年ごとの式年制か

 式年遷宮が始った天武天皇の御代 日本には既に高度な木製建築技術や智慧を持っていた 南都七大寺の法隆寺や大安寺などは 千年以上経っていても 今日までその素晴らしい建物が現存している 然し一方では 伊勢の神宮に限り 不朽永世の技術を使わず 伊勢唯一の神明造という独特で古風な建築様式をあみ出して来たのである それは神宮としての 清楚・荘厳の日本の伝統な古風を意識し 清冽なものを求める祓いと清めの精神を維持されて来たからであろう

 神明造は 用材は檜・萱・金属に限られ、極簡単素朴に出来ている その特徴は礎石なしに掘立柱を立て 屋根は萱葺で 切妻平入 直線的で倉の形を持つ ご正殿の床の下に 心御柱(忌柱)を入れる この作り方は 木の腐朽を避け難く 一定の年月を超えると造り替えしなければならない

 造営は御遷の八年前から 八年間を掛けて行われる 木の用材は一万四千本 萱二万五千束 内宮・外宮のご正殿を始め 十四の別宮も含め 合わせて六十棟の宮殿の造り替えをし 神宝百八十九種四百九十一点 装束五百二十五種千八十五点もすべて新調し 代々日本の能匠の巧みな技を最大に継承されながら 作り替えられるのである そこにはまるで現代の正倉院展とも言うべきものがあろう

 

        諸祭次第:(略)

 1遷宮祭:御装束神宝読合、川原大祓、大御饌、奉幣、古物渡、御神楽

 2遷宮諸祭

   大祭:山口祭、大本祭、木造始祭、鎮地祭、立柱祭、上棟祭、御船代祭、杵築祭、後鎮祭  

   小祭:御杣山木本祭、御形祭、檐付祭、甍祭、御戸祭、心御柱奉建

 3附属諸式:御木曳始式、御樋代木奉曳式、仮御樋代木伐採式、宇治橋渡始

 

 

     補充

     次回(平成二十五年)の第六十二回式年遷宮の諸祭日程は以下

 

 平成十七年:山口祭・木本祭・御杣始祭・御樋代木奉曳式・御船代祭 昨年既に行われた分

 平成十八年:木造始祭・第一回御木曳行事 陸曳(外宮)・川曳(内宮) 今年既に行われた分

 平成十九年:第二回御木曳行事 以下は平成25年の本ご遷宮まで 毎年行われて行くものである

 平成二十年:鎮地祭

 平成二十一年:宇治橋渡始式

 平成二十四年:立柱祭・上棟祭

 平成二十五年:お白石持行事・杵築祭・後鎮祭・川原大祓・後遷・奉幣・御神楽

                                         2004/10/14

 

 今大評判になっている『ガイアの復讐』(ジェームス・ラブロック著 中央公論社刊)の中では、西洋思想及び宗教など、様々な分野で、自然は利用して然るべきだと言う歴史であり、人間の傲慢を突き、ガイア=地球(自然)が怒り狂って復讐しようとしていると強調し主張している。イギリスの大哲学者トゥインビーは世界で最期に遺された唯一の興味ある宗教は「日本の神道である」と言い残している。それもこれも日本人に当てはめて考え直すと、自然への畏敬の念を持たずに、利用するだけしなさいとは、日本の文化には存在しない。四季折々の激しく厳しい自然環境に対し、率直に素直に享受出来なければ生きてはいけないからである。特に神道ではすべてのありとあらゆるものに神々が宿り、天然自然の有り様を、我々と神々とが共に生きようとする日本人の雄渾な智恵と宗教観で、このところ大いに注目されているかのように思えてならない。(櫻庵の軒下) 

広告
カテゴリー: 祭り パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中