最澄の決意 (不滅の灯)

法明 『不滅の灯』 決して明るくはないが 柔らかく そして強く1200年以上絶えることなく点って来たもの

 

悠悠三界 純苦無安也
擾擾四生 唯患不楽也
牟尼之日久隠 慈尊月未照
・・・・・・(中略)
於是愚中極愚 狂中極狂
・・・・・・(中略)
願解脱之味 獨不飲
安楽之果 獨不証
法界衆生 同登妙覚
法界衆生 同服妙味
・・・・・・(下略)              

最澄『願文』より

 

 今の世は 釈迦と弥勒のいた時代と比べると随分堕落してしまった

 自分は愚者の中の愚者で 狂人の中の狂人ではないだろうか

願わくは 自分一人だけが悟りを得ることなく 

ほかのすべての人達も 等しく悟りを得ることを切望したい

この世の中すべてが仏法で満たされ 人々が素晴らしい人生を送れるよう念願してやまない

 

最澄19歳の時に詠んだ漢詩だ この後比叡山に入って草庵を建て 天台密教の開闢と研鑽に励むようになる
我欲を捨て 衆生の救済を求めると言う最澄のこの人生の出発点の高さは 凄いのひと言に極まろう

 

天台密教で教育を受け あの不滅の灯がある有名な根本中堂の薄暗い道場の中で

栄西も道元も日蓮も法然も親鸞もみなひたすら修行に明け暮れ 

そこから各々の考えに沿った宗派を構築し巣立って行き 

鎌倉仏教の大きな華が開いたではないか

 

今でも開闢以来輝く根本中堂の不滅の灯を見る時 我々は深い感銘を覚えざるを得ない 

思わず『一隅を照らす』と
こころの中で反復してしまう

                                                                                                                      2003/10/3

 

 不滅の灯とは 根本中堂内にある3基の法灯のことで 日夜菜種油を注ぎ足し 柔らかく柔和な光を放っている たった一度も絶えたことがないと言うこれらの法灯は あの信長の焼き討ちの時ですら その光を失うことがなかったのである 『一隅を照らす』とは 自分の置かれた立場で精一杯努力を尽くすことを意味し 最澄(伝教大師)のみ教えに添ったものだ 小さな第一歩が天下国家の存亡に通じると教えている

 http://www.busondera.com/ichigu/ichigu.html 一隅を照らす運動

 http://www.hieizan.or.jp/ (比叡山・延暦寺ホームページ)

 

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