新美南吉と『ごんぎつね』

 

新美南吉と『ごんぎつね』

 

新美南吉は 知多半島の半田市岩滑で生まれた

南吉を生んだ母親は 彼を生んで間もなく 産後の肥立ちが悪く ずっと寝込んでしまう

そうして四歳の時母親を亡くし 母親の温もりの知らない子供だった

小学校二年の時 突然母親の実家に 養子に入れられる

養祖母と 粗末な農家での生活 屈折する精神 そうして再び父のもとに帰る南吉

十八歳の時 地元小学校の代用教員をした後 この『ごんぎつね』が書かれているが 

哀しくて暗い話であるにも係わらず 優しさにたくさん溢れたお話に出来ているから不思議な魅力だ

http://www.nankichi.gr.jp/honbun/GonPage.htm (全文)

お彼岸の前後になり 彼岸花が盛んに咲き出すと 必ずこの『ごんぎつね』を思い出す

 『ごんぎつね』の本文にも出て来るように

葬送の人々に踏み荒らされた彼岸花の光景が どうしても忘れられないからだ

ごんも不憫で可哀想だったが ごんを撃った猟師の兵十だって 不憫で可哀想だった

人間の存在の仕方とは こんなものだろうかと

無論小学校の時初めて読んだ後だったが ショックでしばらく立てなかったことを よく覚えている

 

新美南吉の生涯は わずか二十九年と七ヶ月で終わっている(1913~1943)

あの不幸な戦争中 南吉は若くして死んだ

今頃 新美南吉記念館の廻りには 数万本の彼岸花が咲いている頃だろうか

http://www.nankichi.gr.jp/ (新美南吉記念館)

                                                                                          2004/9/21

                                                                   彼岸花

 

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カテゴリー: 文学 パーマリンク

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