放生会(ほうじょうえ)

 

放生会(ほうじょうえ)

 

石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)は 二十二社の中でも 最も格式の高い上七社(※)に属し 

毎年旧暦八月十五日(現在は九月十五日)に 放生会(ほうじょうえ)が行われる

その起源は古く養老四年まで遡る 時の朝廷は九州の豪族隼人(はやと)征討の折 隼人を大量虐殺してしまう

八幡社が後ろ盾となり征討したので 隼人の霊魂を慰め鎮める為に 全国百社の八幡宮を中心に

宇佐八幡宮のご託宣によって 放生会が創められたものであった

天暦二年から 勅祭になり 賀茂祭・春日祭とともに 日本三大勅祭になっている

『殺生禁断』を誓い 天皇をはじめ 万民の泰平を祈念する国家規模の行事となったと言っていい

 

その神仏混交の行事は 実は民間信仰の習俗・習慣の中にも深く入り込み

四月 櫻繚乱と咲く中で 奈良・興福寺では 厳かに放生会が執り行われる

興福寺はまだ民間とは言いずらいが 民間伝承の根元になったと言ってよかろう

 

六月の第一日曜日 京都・祇園乙部の辰巳明神わき 巽橋で 比叡山の大阿闍梨さまが市内切廻りの際

辰巳明神にご参拝後 華やかな舞妓さんや板場の人達とともに 生きとし生きるものへの哀悼を籠め

鯉や小魚など 約2000匹を放流しお祈りする行事となっている

                                                        京都・祇園の放生会

 

博多では どんたくと祇園山笠と並び称され 博多三大祭りとなっている筥崎宮(はこざきぐう)の放生会が有名であろう

但し博多では 九月十二日から十八日まで行われる放生会を わざわざ「ほうじょうや」と呼んでいる

山笠の男祭りに対し 女の子の晴れ着が目立つ晴れやかな女祭りで ここでも神社ながら 佛教の殺生戒を説き

生きとし生きるものへの鎮魂と優しさが表現されて余りある

当日多くの露店では チャンポンと言うガラスの楽器や なま生姜などが大量に売られ

全国に限りなくある夏祭りに残存している生姜祭りの原点は この放生会がもとになっているものと考えられている

 

日本人のこころの原心像には 亡き人への優しさがお彼岸であり 

人以外の生きとし生きるものへの優しさが放生会なのであろう

                                                               1996/9/15 記す

 

 

 ※印 『延喜式』の神社の中には 名神祭に預かる名神社と呼ばれる神社が三百六社あった 名神社の制度は後に廃絶され 平安中期 伊勢神宮を例外として 昌泰元年(898) 山城・大和を中心に畿内に鎮座する神社より 二十二社を選び これらの神社だけ 奉紙幣する制度が新たに設けられた 特に朝廷より崇敬される神社として二十二神社をさして 二十二社と言う 律令制度の弛緩によって 時代とともに状況によって変化し 新たなる神社も統廃合し 皇室の最高の礼遇にあっていたのである 二十二社の最終定着は永保元年(1081)までかかった

 ◎ 上七社~ 伊勢神宮(例外的別格宮) 石清水八幡宮 下鴨神社 上賀茂神社 松尾神社 平野神社 稲荷神社 春日神社

 ◎ 中七社~ 大原野神社 大神神社 石上神社 大和神社 廣瀬神社 龍田神社 住吉神社

 ◎ 下八社~ 日吉神社 梅宮神社 吉田神社 広田神社 祇園社 北野神社 丹生川上神社 貴船神社

 ● 一般に社家とは これらの神社にお仕えする神官の家を社家と言い 神社近くに集団として住んでいた 武家社会であった時も相当な禄高だったようである 現存する区域では 京都・上賀茂神社近くに現存し 社家町として伝統的建造物群保存地区に指定されており 現在西村家だけが一般に公開されている 伝統的な 禊井戸(みそぎいど)があったりして なかなかに興味深い

 

広告
カテゴリー: 祭り パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中