蓮のウテナに

 

 
 
 
蓮のウテナに
 
 
 
 
西方浄土のその中に 蓮の花がたくさん咲いている
 
ベトナム戦争後 自らの子を探しに行く元米兵
 
シクロ(ベトナム風人力車)の運転手と売春婦の純愛
 
ライに苦しむ元軍人の老僧
 
父を探して 蓮の花を取り 売り歩く少女
 
美しいベトナムの風景を背景に 蓮が取り持つコラボレーション 
 
オムニバス形式の物語が展開する美しい映画『季節の中で』 
 
血で血を洗うようなあのベトナム戦争は 何だったのか
 
そんなに短期間に 国交を樹立出来るんなら 
 
最初っから 永遠に戦争なんかやめてくれ
 
 
 
 
 
『念ずれば 花ひらく』
 
 
念ずれば
花ひらく
 
 
苦しいとき 
母がいつも口にしていた
このことばを
わたしもいつころからか
となえるようになった
そうしてそのたびに
わたしの花がふしぎと
ひとつひとつ
ひらいていった 
 
                坂村眞民・詩
 
 
 
私は 時々 自転車の抜けた空気をつめるように 坂村眞民さんの詩を詠む
 
その度ごとに 私は百万馬力を獲得する
 
 
 

 

 

現在先生は高齢の為 殆ど寝ていらっしゃると聞く

 

葬式無用 香典・供物無用 お別れ会無用と言う

 

大覚悟をされているのであろうか

 

天に いるのではなく 花咲けば そこに私がいて

 

鳥歌えば そこに私がいて 皆さんの傍にいると言う

 

さっぱりした心境の中 先生には 一時も長生きして戴きたいと願ってやまない

 

 

 

 

 

坂村眞民さんの略歴

 

明治42年1月6日 熊本に生まれる 8歳の時 父親の

急逝により ドン底の生活に陥る 5人兄弟の長男として

母親を助け幾多の困難と立ち向かう 昭和6年神宮皇學館

(現皇學館大學)を卒業 25歳の時 朝鮮に渡り教職につき

36歳の時全州師範学校勤務中に 終戦を迎える 昭和21

年から愛媛で高校の国語教師を勤め 65歳で退職 以後詩

作の専念する 始めは短歌を志し 昭和12年には『与謝野寛

評伝を著している 四国に移住後 一遍上人の信仰に随順し

佛教精神を基調とした詩の創作に転じる 昭和37年月刊雑誌

詩国』を創刊し 平成16年から『鳩寿』と改題し 以後毎月

ただ一度も休むことなく発刊し続け 1200部すべて無償で

配布している 又詩の愛好者によって建てられた眞民詩碑は

日本全国47都道府県に分布し その数は 海外の35基と

合わせると 約730基となる 終生求道者としての姿勢には

いささかのブレはなかった 少しでも同時期に生きたことを

誇りに思うのである   

 

 

 花』
 
 
花には
散ったあとの
悲しみはない
ただ一途に咲いた
喜びだけが残るのだ
 
                 坂村眞民 詩
 

 

 

 

『あるがままに』

 

才なき人は才なきままに

処するのがよい

花にたとえるなら侘助のように

鳥にたとえるならみそさざいのように

おのれの花を咲かせ

おのれの歌をうたい

嘆かず訴えず

なにごともあるがままに

生きるのが一番よい

 

                    坂村眞民 詩

 

 

弟との引継ぎは そう安易なものではない

 

ただ私には 唯一つを願っていることがある

 

その為にも 私は リハビリ 引継ぎ 指導教育など 早くしっかりと終えよう

 

櫻山のことだけ 専念出来るよう ただただ 今は耐えしのび 頑張ろう

 

一つを願い 一つの夢の為に 私は歩いて行こう

 

 

 

『ただひたすらに』

 

ただひたすらに一道を行け

わらじは一足

ねがいは一つ

他はすべて脱落捨離せよ

 

きびしいおきてを

自分に課して

大海を渡り

大山を越えるのだ

詩に生き

詩に死す

それがお前のすべてだ

 

ただひたすらに自分の道を行け

息のきれるまで

道の見えなくなるまで

一筋のものを求めて

懈怠(けだい)なく行け

 

念ずれば花ひらく

八字十音の真言をとなえて

ただひたすらに行きに行くのだ

ただそれだけでよいのだ

 

                   坂村眞民 詩

 

 

 

  

                                        坂村眞民先生 自筆の扁額

 

 

http://www.asmik-ace.com/ThreeSeasons/ (映画『季節の中で』の案内) 

http://homepage2.nifty.com/tanpopodou/  (坂村眞民さんのご自宅たんぽぽ堂)

 

 蓮の花は 睡蓮とは違う 睡蓮は浮き草系だが 蓮は水面から高く咲く 根っこは所謂蓮根であり 防水加工をしているような葉っぱや花をお茶にしたり 殆ど捨てる部分はない 西方浄土に 蓮の花が咲いていると言われ 仏陀が座る台座になっていて 東南アジアの多くの国では国花となっている 千葉県検見川史跡から 古代蓮の花を3粒 大賀博士が採取し そのうちの一粒が花開き 縄文以来2000年の眠りから覚めた大賀蓮は 近年日本各地に行き渡り 各地の蓮の名所で大輪の花を咲かせている 当家の近くのお屋敷でも咲いた 花期は8月上旬まで

 下図は ハチス(蜂巣=蓮の実の部分)である

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