コアジサイのこと

 

  

コアジサイのこと 

 

 

 

紫陽花のことで もう一つ書いておくことがあった

この写真は ちゃんとした種類の紫陽花だ

 

通常の日本古来の紫陽花は 蒼いガクアジサイが原種で

そこから 色々と園芸種として創られたものであると 先頃書いた

紫陽花は日本固有の花であるが その殆どが アジサイ科のアジサイ属

この写真にある紫陽花は ユキノシタ科アジサイ属の花で

紫陽花の一種に違いない

 

驚くことに 装飾花弁を一つも持たないこの花は 

この時季 山野の日陰の中で 楚々として咲いている

ひっそりと静かに咲く花を 私は限りなく いとおしく思う

 

私が十数年前 何時もの通り 日光からの帰り道

東村の星野富弘美術館に立ち寄った際 

入り口で 初めてこの花を観た 大衝撃を受けた

 

大壺の中に あの時は30数本ほどのコアジサイの花が

荒っぽく 惜しみなく 投げ込みで活けられていた

泣きたくなるほど 美しかった

 

2005年7月31日の このブログに

『その傷から 貴女の優しさがしみてくる』と言う表題で

星野富弘さんの記事を書いたが

彼の優しさに 常に触れていないことには 

馬鹿になるような強烈な仕事の山を 私は乗り切れていなかった

 

去年四月から 又新しい素敵な富弘美術館が再会館されたが

古い美術館の時代に 運良く このコアジサイを観た

職員から お話を伺うと 近くの山中で採れると言う

職員の熱い思いの配慮が 季節季節ごとに 

何時も素敵な野の花の投げ込みを生み 

玄関ホールに飾られてある

 

単なる職員ではない 

富弘さんと共に歩む人達に思えた

 

私は 富弘さんの詩画展に 何度行っても

感動して 必ず泣いて帰って来るのだが

あの時の このコアジサイの花は 

富弘さんの詩画の象徴であるような気がしてならず

思わずコアジサイの花を思い出すたびに 泣けて来るのだ

 

同時に 何でも使い捨てで 人までが使い捨てで

本来日本にあるべきMOTTAINAI精神が 簡単に消え失せ

日本人のあの素晴らしい美徳は 一体どうしちゃったのと

深い感慨を この花は いつになく考えさせてくれる

 

愛してやまない花の一つだ

 

 

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