子守唄・哀歌

 

 

 

子守唄・哀歌

 

 

 日本の子守唄には哀愁が漂っていて 何とも言えない美しさがあるようである 

それを理由に 高校時代 子守唄に興味を持って 民俗学的に幾らか蒐集したことがあった 

かく言う私は 現在自宅にいるお年寄りのお手伝いさんに 半分育てて貰ったようなものだが 

三人とも出身が違うので 三人とも別々なお国訛りで それぞれに子守唄が違っていたような気がする 

そんなことを言っても どんな歌を歌われたのか 全く思い出せないし分からない 

母は母なりに 私をあやしながら何かを歌っていたような気もするが 

どんな歌だったのか さっぱり分からない 

ただ子守唄と言うと どことなく懐かしい旋律や詩魂があったような気がしないわけではない 

もはや子守唄は歌われなくなって久しいだろう 

失われた馴染み深い子守唄に 何かの原点がありそうな気がしてならない

 

 

 

 

      <子守唄の発生>

 

 子守唄の発生に 難しい論理はなかったろう 

「はよ眠れはよ眠れ」と言った単純な思いの囃し言葉に 

いつしか単純な節が付いて 素朴な親子関係の間に出来ていたものであったろう 

現在80代のお婆ちゃんでも殆どウル覚えで 今まであった日本の子守唄は殆ど全滅するかも知れない 

それはいいことか悪いことかは別にして 殆どの子守唄は江戸時代末期から明治時代に作られたと見るべきであろうか 

抑圧された封建制度の中で 多くの子守唄は培われ 歌われるようになった 

自分達の思いを正直に表現したもので 庶民のありのままの姿を投影していたものであった 

唄の内容は誰でも理解出来るもので 当然のことながら その殆どが方言で歌われていた

 

 本来の子守唄は 母親の愛情表現であった 

愛すると言う気持ちを表現したところで 子供には分からない 

従って自分一人で納得し頷く独演のような唄であったのではなかろうか 

子供を寝かし付けるにしても 独演になるにしても 殆どがスローテンポで 

気が遠くなるような悠長な唄ではなかったか 

はしゃぐような唄や行進曲では まったく成り立たないのである 

夢みるように 滑らかに 誰が決めたではなく そう言う位置に子守唄はあったのだろう

 

 子守唄を歌う時 母親は胸で自分の呼吸や脈拍や鼓動を伝えながら歌った 

そうして乳首をくわえさせながら 「この子が早く大きくなって」と言う祈りが籠められてい

 そう言う思いの深さが 子守唄の本流となったのだろう 

母親も人間だから 偶には感情の苛立ちがあったり 

「ああ憎たらしい」と思うことだってあっただろう 

但しいつまでも泣き止まぬ時などは 決して憎いから発せられたとみるべきではない 

愛していることが 一瞬たりとも揺らいだことに対して腹が立ったのだろう 

そんな唄もあるから面白いものである

 

 

 

 

      <子守娘の子守唄>

 

 然し子守唄は母親だけのものではなかった 

母親の愛情表現だけではなかった 

それは子守と言う専業の娘達の存在があった 

恐らく江戸の末期には 貧しい農村から 口減らしの為に 

10歳前後で奉公に出された子守専業者がいたのである 

小さな子供であった田舎出身の娘が 他人の飯を食べて どんなに辛かったことだろうか 

「つらいもんばナ 他人の飯は 煮えちゃおれどもどこさぐ」(熊本)と言って 

ひょっとしたら 良家の子女も同じ辛さじゃなかっただろうか 

その上子供は背中で泣き止まないし 小便をもらす 

「ああ嫌だ嫌だ」が 「嫌だ嫌だよ泣く子の守は 

あたまはるかとおもわれる」(静岡)とか 

「うちの子はよう泣く餓鬼じゃ 親に似たのか子のくせか」(兵庫)と言うもののある

 小娘だから 年季奉公であった 盆と暮れに 多少のお小遣いや着物を貰う程度で 

朝は早いうちから駆り出され 昼間は外で遊び 夜になってもまだ泣きやまぬ子の場合あやす仕事が続いていた 

そんな過酷な労働によって 楽しい唄など生まれるはずがないのである

 

  日本の最年少の労働者である子守娘達は 

働きに出ている家の親(守親)に対して 

実の親のように仕えさせられたので 年頃になると 

そこからお嫁に出して貰える場合もあったが 数は少なかった 

多くは早くそこを抜け出したいと思い「こんな泣く子のお守は嫌よ お暇をおくれよわしも去く」

「お暇やるけど 何と言うて帰る 和子(わこ)が死んだと言うて帰る」(三重)と歌い 

更にそれも出来ない時は「守が憎いと破れ傘くれて 可愛い娘(いと)さん 雨ざらし」(和歌山)とか 

「うちの御寮(ごりょう)さんなからがら柿よ 見かきゃよけれど渋うござる」(福岡)とか 

「守だ守だと こうこに茶漬け たまにゃ魚も毒じゃない」(静岡)と歌っている 

相手を皮肉り 幽かな開放感を味わっていたのだろうか

 

 こうした子守唄の立場は ただ労働が辛いと言うだけでなく 

他人の家で生活する不自由さがあったので 唄の内容がどうしても 

暗く湿っぽいものになるのは当然のことであっただろう 

「家へ行きたい 家見てきたい 家の母さま顔みたい」

「家の母さま 顔みたないが つらいつとめが話したい」(愛知)のような娘のセンチメンタルな情感が 

相手を皮肉る風刺の唄と 同じ根っこを持っていたのであろう 

そのような様々な心情を一つの口説(くど)きにしたのが 『子守口説』と言われるもので 

東北の日本海沿いに 広く分布して 歌い継がれている

 

   一につらいのは子守の役よ

   二に憎まれて

   三にさべらされ

   四に叱られて

   五にごしゃがれて

   六にろくなものくわせられしねで

   七にしめしなど洗わされ

   八にはられて

   九にくどかれて

   十にじゅんぷく尽きはてたどん  (山形)

 この唄は数え唄形式を取っていた為に 

広く普及したが 山形ではこの節回しを 単なるつぶやきで終わらせず 

『飴屋節』(あめやぶし)と言う飴売りが歌った流暢なものに整えられ歌われて それを助けたのかと思わせる 

子供達は 飴屋がやって来るのを楽しみにしていた 子

供達は滅多に飴をしゃぶれなかったから 

この唄の流れるような美しいメロディーに 心を寄せていたのであろう 

それが『子守口説』と言う一つの独立したジャンルに仕立てられ 現在まで歌い継がれて来た

 

 

      <子守唄の系譜>

 

 よく日本の子守唄は暗過ぎると言う批判があるし 海外のは明るいと 

然しよく見ると どこの国でも 生活の現場で歌われるものであるから 

似通っていて当然ではないかと思われて来る 

その種の批判はストレートに当てはまらないのである 

取り分けアジア各地の子守唄は メロディーまでそっくりで 驚かされる 

モーツァルトやシューベルトの歌曲は ヨーロッパ人の生活の歌ではない 

子供を眠らせる催眠効果をあげる為に どんな節でいいのか 自ずと結論は決まって来るのである 

但し日本の子守唄は 呪詛(じゅそ)の声がみなぎっているから 感情の昂りと歌詞のバラエティーの妙味で 

よその国にはない深さと豊かな広がりを見せていると言えよう

 

 然し その若い女の歴史を秘めた子守唄も 文明や生活パターンの変化に流され 

殆どが表舞台から消え去ったと言っていい 

「五木の子守唄」や「博多子守唄」や「竹田の子守唄」など 

今偶に耳に聞くものは 原曲と大きく違い 現代風にアレンジされ 

子守唄の本質にも触れることは出来なくなっている 

無論それはそれでいいのだろうが 人の心の痛みを知ったり 

人に対して優しい心を持ったりする情感の溢れる子が育たないのは 何故であろうか 

現代の生活者が 余りにも子供には無縁の状況で推移しているからであろうか 

筆者には分からないのである 東北に行くと 

「エジコ」(エズコ)と言う藁で編んだ子供を入れて置く生活器具も 

唄とともすっかりと消え去ってしまったが・・・・・・・・ 

それでは 現代の子供達は テレビゲームなどを買い与えるだけで情念が養われると言うのであろうか

 

 

 

   <各地方の子守唄>

 

     ねんねろねんねろ ねんねろや

     ねんねろねんねろ ねんねろや

     ねむればやァ ねろでばやァ

     ねたらねずみに餅もらう

     おきればおかみにさらわれる

     山のかんげの白ふじこ

     一匹ほえればみなほえる

     ねんねろねんねろ ねんねろや

     ねんねろねんねろ ねんねろや

                               (東北地方一帯)

 

 

     ねろ ねろ ねろ ねろ

        ねろ ねろ ヤ~~

     せんどのやんまのどんころは

     紙で張ったるどんころだァ

     転んで来たどてどでするなァ

     ねろ ねろ ヤ~~~

               

     千刈どもでの畔(くろ)ぬるにゃ

     朝まで削って昼つけろ

     鳥の夜あがりみで撫でろ

     ねろ ねろ ヤ~~~

                               (山形地方)

 

 

 

     エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

     エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

     エンヤマカゴエン

     おらの家(え)の愛(め)い子は 嬢子(じょっこ)たまヤ~

        ねんねろヤ~~~

     酒田さ行(え)ぐさげまめでろヤ~

        エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

     酒田の土産にゃ何よかろ

        エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

     大きな瓶コに砂糖いっぺぇ

        エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

     桃買て来い飴買て来い

        エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

        エンヤマカゴエン エンヤマカゴエン

        エンヤマカゴエン

                                (庄内地方)

 

 

 

     きっこかいや 伊根までやってくれ

     伊根のおっちゃんが魚(とと)買うて待っとる

     こっここいや 伊根までやってくれや

     伊根が遠けりゃ文殊までやってくれ

     こっここい

                                 (京都)

 

 

     

      守もいやがる 盆から先にゃ

      雪もちらつくし 子も泣くし

     

      盆が来たとて 何うれしかろ

      かたびらはなし 帯はなし

 

      この子よう泣く 守りをばいじる

      守りも一日 やせるやら

 

      はよ行きたや この在所こえて

      向こうに見えるは 親の家

      向こうに見えるは 親の家

                                (京都 竹田の子守唄)

 

 

     ねんねんころりよ おころりよ

     坊やはよい子だ ねんねしな

     坊やのお守はどこ行た

     あの山越えて里行た

     里のおみやになにもろた

     でんでん太鼓に 笙の笛

     おきゃがり小法師に豆太鼓

                                 (東京)

 

 

     ねんねころ市 天満のお市よ

     大根そろえて 舟に積む

     舟に積んだら どこまで行きゃる

     木津や難波の 橋の下

     カモメとりたや 竹ほしや

     竹がほしくば 竹屋に行きゃれ

     竹はいくらも ありまする

                                (大阪)

 

 

     お月さんなんぼじゃ

     十三 九つ

     そりゃまだ若いよ

     若い時に子をうんで

     おつるにだかせて

     おかねに負わせて

     油きいとそうきいと

     油買いにやったらば

     油屋の角で滑って転んで

     油一升こぼした

                                (岡山)

 

 

     なまけもんじゃで ぜいもん袋さげて

     くれろくれろと言うて歩く

 

     おいどんはかんじんかんじん

     あん人たちゃ よか衆 よか衆よか帯よか着物(きもん)

 

     おどま盆ぎりじゃっで 

     盆から先ゃおらん

     うんどんがごたるもんね 

     物言うな見るな

     情けかけるな袖引くな

 

     打つも叩くも可愛さまぎれ

     憎うてこの手があてらりょか

 

     わしが死んだら 道ばたいけろ

     いたりきたりの花もらう

                                (天草地方 五木の子守唄)

 

 熊本県球磨郡五木村は やがてダムに埋没してしまう予定がある 

五木の子守唄とともに 何もかも埋没してしまうのだろうか 

利便性だけがいいのであろうか 甚だ淋しい限りである 

偶に子守唄を口ずさみ 大人にだって 鎮魂の作用が大きいのは 何故だろうか 

いたいけない子供の守り役が持つ唄の心根を知ると 涙を抑えることなど出来ない

 

 

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