結婚と言うこと

 

                                        雪の下鴨神社 連理の木 正月・縁結びの祈り

 

 

 結婚と言うこと 

        

 

     結婚のことを書こう そう思い立ってから 随分となる 日本民俗に表現された結婚を書こう

    と言う訳なのだが 40歳にして 独身の私には些か逡巡させられたからだ でも早晩そのよう

    な命運が 私にもあるのかも知れない 分からないのだが 敢えて書きたい心境になった

 

 

<結納(ゆいのう)>

 

     恋愛結婚が多くなり 日本古来の仕来りは次第に簡略化され 自由で個性的な結婚式を

    あげるカップルが多くなって これが正しい決まりであると声高に言える時代ではなくなって

    来ている それでも結婚式を挙げないカップルは少ないのではないだろうか 特に結婚とな

    ると 本人同士と言う要素の他に 二人の家同士の婚約も意味するので 正式な婚約を意味

    するから 今でも結納の儀が広く行われている

 

     結納とは 男性側から女性側へ結納金(御帯料と言う)と 婚約の歓びを表現する品々を贈

    る これに対して女性側から 御帯料の約半額程度の結納金(御袴料)に お目出度い品々

    をつけて 男性側に贈る 結納金につける品々としてカツオブシ(勝男節)・するめ(寿留女)

    昆布(子生婦)など 漢字を当てて お目出度い意味を持たせたモノとか 麻紐・扇子・清酒

    ・長熨斗(ながのし)などがある 麻紐は 二本でより合って 紐の感じが白髪に似ているから

    年を取って ともに白髪の生えるまで仲睦まじく暮らそうと言う願望の表現であり 扇子は先

    が広がるから 末広がりでいいとされ 老後の安定を仄めかした 日本古来の宗教にある

霊信仰(ことだましんこう)の一つであろうか

 

      結納は 古くは婿入り婚の名残だとされている 妻の実家で挙行され 開始される婚姻を

    婿入り婚と言われた 農耕民族の日本人本来の婚姻の形式であったと言う ところが城下町

    などで都市化が進む近世になると 封建的身分制度の確立がされ 嫁入り婚が 婿入り婚に

    とって変わられた その為 婿が嫁の家に行って 嫁の親と交わす杯の『婿入り婚の儀式』に

    おける結納だけが 形式として残ったのであった 急な変化を嫌う民俗では 両者逆転した

    形式のバランスを取ったものである 従って今日にまで続く嫁入り婚の形態に移行して行くのに

    このぐらいの名残が必要だったのだろう 単に金子を包むだけの簡略化された形式でも

    結納の形式は残ったと見るべきであろう

 

 

   <仲人(なこうど)>

 

     仲人とは 結婚適齢期に差し掛かった娘もしくは息子を持った両親から 我が子に相応しい

    相手を探して欲しいと頼まれて その候補者を見つけるところから始まる 依頼者に気に

    入られたら 相手の家に出向いて 交渉し お見合いをさせ 婚約に立会い 結納から結婚式

    まで世話をし 式に立会い 結婚後も二人の相談役になるなど 一貫して二人の親代わりになる

    そのような意味から仲人親とも呼ばれたりするものである

 

     仲人と言えば 現在殆ど一組の夫婦が引き受けているが 古い形式では 男性側の仲人と

    女性側の仲人がいた 先ず男性側の仲人が男性側の家に出掛け 結納の金品を受け取り 

    それを女性側に送り届ける その後女性側の仲人が 女性側の結納の金品を男性側に送り 届けると言うものである

 

     然しこの仲人制度は そう古いものではなく 日本人の婚姻の形式が婿入り婚から 嫁入り婚に変わってから

必要に応じて成立したものであった 婿入り婚の時代では当の本人同士が

    自主的に相手を選んでいた 従って仲人の必要性がなかったのである 特に士農工商と言う

    厳格な身分制度が確立した時代 身分の違う者同士の通婚を禁止した徳川封建制度では

    より一層結婚の自由がなかったのである そこで仲人の存在が必要になったのであった

 

     つまり武家は武家同士 商人は商人同士と言う制約の中で相手を探すことになると 勝手に

    好きな相手と一緒になることは赦されず 恋愛感情は二の次三の次になって 身分・家柄が

先決問題になって来る となると 迂闊には相手を探す訳には行かず 同一地域内でも

    相応しい相手を探すことは困難で 仲人と言う第三者に依頼して 見つけて貰うところから 

    始めなければならなかった その為に仲人と言う特殊な役割を担った夫婦者に 何から何まで

    任せると言う形式が出来たのであった

 

 

 

<婿入り婚>

 

     それでは仲人を必要としなかった婿入り婚とは どのような形式だったのだろうか 身分制度を

固定化してしまった徳川封建制度以前は 鎌倉時代や室町時代には それほどの身分

    制度ではなかった 武家社会と言っても 農民が武士になったり 武士が生計をたてる手段

    として農民になったりしていたので 極一部の特権階級を除いては 身分の違いはそう問題

    にはならなかった その変り 仲人制度が確立してから以降のように 遥か遠隔地から 相応

    しい相手を見つけて来なければならないこともあり得なかった 地域的に狭い範囲内で充分

    相手を探し得る条件が整っていたのである

 

     同一地域内での子供は 子供組に入って遊ぶ 成人すると それぞれが若者宿とか娘宿

    に集まり 所属することになる 独身の男同士 独身の女同士が一緒に寝泊りして 共通の

    ものの考え方や仲間意識を醸成し 集団同士で相手を見つけるのに 都合よく出来ていた

    のである 誰かいい相手を見つけると お互いに協力し合って 婚姻に到るまでの努力をす るのである

但しこれには 若者宿や娘宿の同意や承認が必要だった 

(現代でも 伊勢の 神島には そうした宿が存在している)

 

     もともと日本人は農耕民族で 自分達の耕す土地を そう簡単に分けたり 委譲したり出来

    ないようになっている それだけに労働力の確保と言う問題も大きな問題であったろう 農耕

    社会では 娘と言えども 働き手の一人なのだから 結婚によって その労働力が減ることも

    覚悟しなければならなかった 婿入り婚には 男が嫁の家に住み 三年とか五年とか 労働

    力を一定期間提供し 期間が過ぎたら 嫁を伴って男の家に帰る 両家の労働力のバランス

    を取っていたのかも知れない いずれにせよ 婿入り婚の場合は それぞれの若者宿とか娘宿などが 

メンバー全員が仲人的役割を担っていたので 結婚と言う形態まで世話役を買って出ていたのだろう

 

 

  <今日の婚姻の形態>

 

     今日では 身分制度など 制約しているものが何もない 自由を目一杯に謳歌しているの である 

従って最近では 仏前結婚・神前結婚・キリスト教など 宗教ごとの結婚の形式には

    全く当てはまらない人前結婚が流行っているとも言われている 出席者の前で 永遠の愛を誓 うと言うものであろう 

どんな形式を経て結婚してもいい 体面も何もないのだから 形式などあってないようなものである 

だが箍(たが)は外れてもいいのだろうか 不図そんなことを思う

    最低でも同じ宗教を信じているもの同士でありたいし 親兄弟との縁を切ってもいいことはなかろうと思う 

 

     私はニース郊外のヴァンスにある教会 マティスが デザインした教会で結婚式をしたいと

    思った時期が永かった 身内を呼べば 際限がなくなる 二人きりの結婚式でもいいのでは いかと 今でも強く思っている 

どうなるのか 私はこの二年を目途に結婚をしたいと念じてるが 

飽くまでも現在は願望だけである 我が高野山を無視出来る筈もなく 来て戴ける さんの願望に

合わせたいと 少々柔な考え方が可笑しいのかも知れないが・・・・・・・・ 

 

     蛤(はまぐり)は祝い膳では欠かせないものだ ぴったりと合う蛤の一対はたった一組しか ないと言うことから 

お目出度い婚礼の汁物に使われる たった一組で永遠に生きていたいと切望し 私の願望をまじえ 終わることにする

 

                       

                                              

貝あわせ

 

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