あれから一年

 

 

 
 
 
 
あれから一年
 
 
 
 去年4月25日 JR福知山線脱線事故で 107名の尊いイノチが奪われた 
 
多くは同志社大学の学生であったり 誰一人として不慮の事故だからと言って亡くなっていいわけでは断じてない
 
 改めて哀しみが蘇り 痛恨の極みになろう 怪我人も555名と言う未曾有の大事故であり 
 
JR側が招いた人災そのものであった 事故車に同乗し 事故後その場を何もせず立ち去った職員が
 
二人もいたけれど その後彼等はどうしただろう それらも含めて あの時のJR側の対応の悪さに 
 
大いに腹が立ったものであったが その後の対策はなされたのであろうか 
 
さっぱり聞えて来ない それらに対して 私は何も出来なかったし そのまま出来ないでいる 
 
哀しみを ご遺族とともに 心の中で分けて戴くしかないのだろう
 
 
 4月25日当日 1900名の人々が集めて 追悼集会が行われた 
 
その中で自らが重症を負い 掛けて加えて叔母と実母を目の前で失った浅野奈穂さん(33歳)が
 
祭壇に向かって 声を詰まらせながら読んだ弔辞に 事故当事者でなければ分からない
 
苦痛や苦悩がありありと充ちていて 多くの涙を誘った 
 
「乗客を運んでいると言う意識ではなく イノチを運んでいるんだと言う意識に変って欲しい」と
 
痛烈に批判しながらも必死で安全を祈っていた 
 
一日中これらの事象をテレビを通して見て 過酷な現実があるものだと
 
改めて現実を知り得 驚愕に打ち震えた 
 
そこで ここに良かれと思って掲載していた河島英五への追悼文を削除し撤回することにした 
 
些か私は軽率であったことは免れない 深くお詫びを申し上げるものである 
 
河島にも同様に悪いと考えた 多くの犠牲者 まだ後遺症で苦しんでいる方々に 
 
不遜で失礼で不謹慎であると判断せざるを得なかったので削除させて戴いた 
 
河島英五の追悼文に対しても 浅はかで 逆に迷惑を掛ける羽目になったと判断出来た 
 
本当に申し訳なく思っており  すべての方々へ心から深くお詫び申し上げるものです
 
 
 
 事故調査委員会の結論を待ってからしか 具体的にはJR西日本では 補償交渉などに動かないようだが 
 
これでは この会社は 自浄能力を完全に失っているのではなかろうか 余りにも無責任ではないか 
 
自らが招いた事故ではなかったのか 事故調査委員会は 国土庁側に立つ公的第三者機関で 
 
実際当事者には関わりはなかろう やはりJR西日本と言う会社の再生は 
 
本質的には何もなされていないようだ 犠牲者の方々には 断腸の無念さだけが残っただろうと思う
 
 
 
 そればかりではない 最近 飛行機 船 ありとあらゆる安全第一を
 
売り物にしなければならないすべてのモノの神話は崩れつつあり
 
関係全機関の方々には もう一度あの浅野奈穂さんの弔辞の一部を思い出すべきではないかと 
 
深く考えさせられるモノがある どうか関係者全員の方々に もう一度徹底した再点検をお願いしたい 
 
再点検にやり過ぎはあり得ないのだから 
 
 
 
 無念であったろう 多くの犠牲者及び重傷者・怪我人の皆さま!
 
皆さまに対し 衷心から 御見舞いを申し上げるとともに 同じ側に立つ利用者の一人として 
 
更なる声を張り上げて行く義務があることをお誓い申し上げたい どうか成仏して下さい 合掌  
 

 

 

  櫻が河島英五に 何度も出逢った四国の遍路旅 その道中描いた当時のスケッチ(パステル
 
 
http://mosel.doshisha.ac.jp/news_contents/20050425/(最も犠牲者が多かった同志社大学) 
 
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