芽吹きの女神 醍醐櫻

 

 

 
 
           
                                   芽噴きの女神 醍醐櫻
 
 
 
 
  岡山県落合町の字別所吉念寺と言う部落は 奥深い山村である 
 
そこに醍醐櫻(だいござくら)と言う大変立派な巨木のアズマヒガン(江戸彼岸とも)の櫻が咲いている 
 
枝垂れではない 昔は行くにも大変な思いをしながら行ったものだが
 
今では高速道路が延びていて 容易に到達出来る 
 
但し現地には駐車場がないと言った方がいいので 手前から極力徒歩を勧めたい 
 
小高い山の部分に この花がチラホラと咲き出しと 人々は農耕を始める 
 
だがそんな部落では徐々に人が減り 今では20戸あるかどうかだろうか 
 
どのお宅も 春木さんと言う苗字で 丘陵地帯の僅かな田んぼや畑を耕して暮らしている 
 
やはりこの花の下でも 一泊したことがあった ほとんど観光化されていない 如何にも人々とともにあるやさしい櫻だ 
 
私は 樹のもとの祠に敬意を祓いながら 樹に抱っこしたり 樹の香にまみれてみたり 
 
することは 何処へ行っても同じだが 樹勢が強いのには驚かされる 
 
樹齢1000年と聞くが まるで青年のような立派な樹だ 
 
隠岐に流されて行く途中 この地に立ち寄られて 後醍醐天皇が御手植えされたと聞くが これもどうだろうか 
 
立派なモノにはすべてそうした伝聞が付き物である 地元の春木さん達は 
 
自分達自身の誇りを持って この花を大事にしている 
 
花が終わって 葉櫻になると 部落中の人達がここへ集まって 毎年記念写真を撮る 
 
日本国中探しても こんな風に愛されて続けている櫻はそうはなだろう
 
人々とともに生きる現役の名木なのである
 

 
 
 この櫻を見ると いつもあの花咲爺さんのお話を思い出す 
 
母が常に話してくれたあの正直爺さんのお話である 
 
枯れ木に花を咲かせましょう 枯れ木に花を咲かせましょうと言って 歩き廻るお爺さんの話である 
 
母のお話には いつもオチが用意されていて 日本の民話の基になっているのは 
 
実はインドからの伝承であると言うのが 最後のオチだった 
 
そのオチとはこうだった 枯れ木とは 生きる勇気や希望を失ったり 捨て鉢になったり 
 
道を外した人達のことで 灰を撒く灰とは 実はお釈迦さまの御教えで 
 
正直爺さんとは お釈迦さまご自身なのだと言うものだった 
 
無欲無心で 45年間装束はたった一枚で 人々にお釈迦さま自らが教えを伝え歩いていたと言うのが 
 
お話のオチだった そうして必ず正直に生きろ 正直さは時々自らを苦しめたりするが 
 
その苦しみとはいい苦しみなのだから 勇気を持って苦しむがよいと キリリとした表情で教えるのだった
 
 童謡『花咲爺さん』 北原白秋作詞 小松平五郎作曲の歌詞では こうだ
 
    花咲爺さん 紅頭巾
 
     だんだん小袖に 紅袴
 
     花咲爺さん お手に籠
 
     紅屋の草履で 紅脚絆
 
 だがこれより早い唱歌として歌われている歌があった
 
 唱歌 『花咲爺』 石原和三郎作詞 田村虎蔵作曲 明治34年成立
 
    1 うらのはたけで、ポチがなく、しょうじきじいさん、ほったれば、
      おおばん、こばんが、ザクザクザクザク。
 
    2 いじわるじいさん、ポチかりて、うらのはたけを、ほったれば、
      かわらや、せとかけ、ガラガラガラガラ。
 
    3 しょうじきじいさん、うすかりて、それで、もちを ついたれば、
      またぞろこばんが、ザクザクザクザク。
 
    4 いじわるじいさん、うすかりて、それで、もちを ついたれば、
      またぞろかいがら、ガラガラガラガラ。
 
    5 しょうじきじいさん、はいまけば、はなはさいた かれえだに、
      ほうびはたくさん、おくちにいっぱい。
 
      6 いじわるじいさん、はいまけば、とのさまの、めに それがいり、
      とうとうろうやに、つながれました。
 
 母は後の方のお話を 導入として話していた 
 
無論歌は両方歌うのだが 昔で言うなら 修身の教科書に出て来そうなものであろう 
 
でも平気な真顔で 何度も耳に胼胝(たこ)が出来るくらいまでしていた 
 
「正直に生きろ」と言う教えは 大きくなるにつれ なかなか難しく 
 
時には真実のウソだってあるのではないかと 屁理屈さえ覚えた
 
 時代は大きく変化し 今やディスクローズしない会社は生き残って行くことが出来ない 
 
そう言う意味で言えば いい時代になって来たものである 
 
借金があったら 借金があると 何故正直に言えなかったのだろうか 
 
正直でありさえすれば きっと今でも人はついて来るのではなかったろうか ねぇ ホリエモン! 
 
 
 醍醐櫻の部落の春木さん達は みな正直な方々ばかりだった 
 
こんな部落があることを 私は日本人の一人として 大いに誇りに思う 
 
思わず正直爺さんの唱歌を口ずさむ 
 
そうしてその源流であったかも知れないお釈迦さまを 
 
心からお慕いし 仏恩でご縁があって こんなブログでありながら 
 
毎度来て頂いている皆さんの誠実さに助けられ 連日書かせて戴き 
 
生きている実感を つくづく戴いて有り難いなぁと思うばかりである 
 
「正直に生きろ」は 生きていた
 
 
 
 写真は 写真家・織田寧人氏の写真を使わせて戴いた
http://www.kobemap.com/sakura/s_data/013.html (日本の巨木の紹介文)
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