中将姫誓願櫻

 

 

                          パソ画 中将姫誓願櫻

 

 

中将姫伝説と八重の山櫻花

 

 

中将姫伝説と言うのが各地に点在し 悲劇の姫君に対する旺盛な追慕の念がある

その思いを受けた櫻が 岐阜市大洞の願成寺にあり 山櫻の八重は日本でただ一本だけ

美しいその山櫻の八重は この姫君の伝説とともに今に伝わっている

但し原木は 度々の天災地変等で 根っこだけが生きていて

今見られる櫻は その根っこから出た子樹だけになっている

 

中将姫伝説とは 姫が追捕の難を逃れて 

あちこちを流浪したと言う伝説から出て来たものであろう

 

中将姫の物語は 13世紀の『當麻曼荼羅縁起絵巻』『古今著聞集』

及び14世紀の『元享釈書』など 鎌倉時代の書物にもあって 一般に広く流布した

室町時代中期になると 世阿弥元清が 謡曲『當麻』と『雲雀山』を作り 一般にも親しまれた

更には江戸時代には近松門左衛門によって 継母から虐げられる哀話が語られている

 

実は 伝説そのものは そんなに新しくはない物語である 奈良・天平の時代のことである

聖武天皇の頃 横はぎの右大臣・藤原豊成が 子供が出来ないのを苦に

長谷寺の観音様に 願掛けして ようやく授かった娘であった

姫が五歳の時 運悪く実母が亡くなってしまい 

七歳になって 後妻・照夜の前が来て それから悲劇が始まった

 

九歳から参内し 宮中での姫の評判は頗るよく 

十三歳の時 美貌・才知あらゆる面で優れ 中将の内侍となり

それ以来 中将姫と呼ばれるようになった

 

処が後妻・照夜の前は 幸か不幸か妊娠し 豊受丸を生んでしまう

思わず厄介者になった中将姫は この義母から 

暗殺されかけたり 苛めにあったり 何度も執拗に災悪を受けるのだった

夫・豊成が筑紫の国に任官されて行った隙に 何としても姫を殺そうと

毒をもったり その思いが頂点に達していた

処がである 仏運は 帳尻をちゃんと合わせてくれるのであろうか

何と豊受丸は 突然亡くなってしまう 益々恨みに思う継母

夫の留守中に 何とかして亡き者にしようと企んだ照夜の前は

家臣の松井嘉藤太に命じて 姫を紀州の山奥に捨てて来るように頼んだ

処が嘉藤太は 途中の日張山(雲雀山)で 姫を匿って 一緒に暮らし始める

そこへ筑紫から帰って 偶々宇陀に狩に来た父に 

姫君は幸運にも発見され 奈良に連れ戻され 帰って来る

 

そんな嵐のような世の中を つくづく無常を嘆じた姫君は 信仰の世界へ発心し

或る夜突然 本来は女人禁制の當麻寺にお籠もりをした 

天平宝治7年(673年)6月15日

十七歳になっていた姫君は 実雅法師によって 

剃髪をしてもらい 名を法如尼と改めるのであった

 

或る時 尼となった中将姫は夢を観た

「我は長谷観音の化身である 生身の仏を拝みながら 百駄の蓮華の茎から

繊維を取って 曼荼羅を織るがよい」と言う 御仏のお言葉に触れた

近江・大和・河内から 蓮華を集め 糸を取り 石光寺で 五色に染め上げ

3把の藁と2升の油で 灯りをつけ 一節の竹を軸に

九尺四方の糸操堂で 不眠不休一夜で 曼荼羅を織り上げた

その後生身の阿弥陀如来さまと二十五菩薩さまが現れて

法如尼を 生きながら 西方浄土へとお迎えしたと言う

この事柄から 當麻寺では ご本尊が曼荼羅であり

極楽浄土信仰の最初と言われ

二十五菩薩来迎のお練りが 今でも行われているが

宝亀6年(685年)3月14日のことで 御年二十九歳であった

 

ストーリーはまさしく日本の白雪姫ではないだろうか

この御寺では 小さく美しい中将姫のお姿も見ることが出来る 

 

人を 恨むこともなく ただひたすら御仏の心情に迫り 信じて必死で生きた中将姫は

天平の世から 平安 鎌倉 室町 江戸と 1500年間現代まで 長く人々に語り継がれ

中将姫の御遺徳は 各世代によって 引き継がれて来た

 

中将姫誓願櫻がある岐阜は 奈良から遠く離れている

何故岐阜に 中将姫の名前のついた櫻があるのか

誰も分かっていない 大方この美しい八重の山櫻に

中将姫伝説を 人づてに繋ぎ合わせたに違いないのだが・・・・・

 

岐阜市にある願成寺の縁起にも 中将姫伝説が出て来る

歴史の真実は何たるかは知らない 遠く鎌倉にも伝説がある御寺があるくらいだ

 

私は永い間 この名のついた櫻が気になって仕方がなかった

今まで 四度も見て来た 四度とも 不思議と土砂降りの雨であった

 

人それぞれに それぞれの櫻があっていい

近所の櫻であろうが 出身校の櫻であろうが 庭の櫻であろうが構わない

種類だって どんな櫻であってもいい

それぞれのこころに残る櫻はあるはずである

私にも 私の櫻ってあるはずである

 

私にとっては 白に近いピンクの この上品な八重の山櫻

中将姫誓願櫻が 特別な存在なのである

 

 

実物の中将姫誓願櫻 根は古く本物だが 子樹が数本地表から出て 毎年美しい花をつける

保存会の方々が ここへ行くと この櫻の参拝記念のお札をくれるのである 八重の山櫻は 日本

にある山櫻の中でここだけにしか存在しない どう言う理由で中将姫の名がついたか定かではない

 

 http://ganjouji.web.infoseek.co.jp/chujou.html (願成寺中将姫誓願櫻ホームページ)

 http://www.taimadera.or.jp/ (中将姫伝説発祥の御寺・當麻寺のホームページ)

 

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