悠久の時の流れに 淡墨櫻(うすずみざくら)

 

 

 

  

 

 

          悠久の時の流れに 淡墨櫻(うすずみざくら)

                     ~鑑賞と心得など~

 

 

       <名木の鑑賞法>

 

 淡墨櫻に限らず 名木を見に行くのに ある程度の下調べが必要である 何にも増して必要なことは折角行くのだから 無駄足にならないように 現在の櫻の開花情報を得る必要がある 市町村の役場の観光課や商工課に 必ず電話して問い合わせた方がいい 観光協会だと 来て戴きたい気持ちが優先するらしく 花が未だ咲かないうちに どうぞどうぞを勧められる場合があって 何度か苦渋を舐めている

 有名であればあるほど 鑑賞に訪れる人が多い そこで私は夕方か明け方を勧めたいのである その為には その櫻の廻りで一泊せざるを得ず 寝袋や防寒着を着ている必要がある 簡単な腹ごしらえの準備とお水や絵の道具 さらには小型カメラなどであろう 絵の場合 私はほとんどを 事前に 枯葉がすっかり落ちて丸裸の状態の時に 必ず現地に行く 花が盛の時は 枝ぶりがよく分かるからである スケッチしておいて 花の時期に色彩を着ける 名木の場合 一枚の絵をモノにするまでに 最低三度は訪れよう 写真の場合は その手間は掛からず 一発勝負で出来るからいい でも三脚は是非ともあった方がよろしかろうと思う 更に雨具の準備も必要であろう

 鑑賞にどうしても必要なことは未だある 目的の櫻の周辺では 多くの場合現在耕筰されている田畑であると言うことだ 三春や淡墨の場合 鑑賞する人の為に 誘導路が出来ていて 櫻の公園になっているのはいいが 殆どの場合は 現役の農作地であることに留意しなければならない 農家の方々に ご迷惑にはならないように 畦道以外歩かないことだ 或いは指定された道以外はご法度である それは徹底して戴きたい

 

 櫻の鑑賞は人の生き方そのものである 傍若無人に生きられないのと同じで 人に対する細心の配慮が必要である そうでなければ 見られる櫻の方も歓ばないであろう 画家だから写真家だからと言う横柄な顔で行くとしたら あらかた拒絶されて然るべきである 謙虚に勉強に行くことだ 謙虚さとは より前向きになることである 静かに行くことも大切である 櫻と言う花だけで見ているのではない 名木の櫻は その殆どが信仰の対象になっているから それも注意すべきだ 人の信仰を 無益に邪魔していい筈はないのである 現地の方々と 一緒に生きるようなこころを持って 鑑賞したいものである

 

 

      <淡墨櫻の歴史>

 

 淡墨櫻は第26代継体天皇のお手植えと言う 1500年前応神天皇5世の孫・彦主人王の皇子・男大迹王(オオオドオウ)が皇位継承争いに絡んで 雄略天皇(21代)の迫害を受けた 生後僅か50日の男大迹王は 養育係の草平・兼平夫婦に預けられ 都を逃れ 尾張一ノ宮と その奥地にある美濃の根尾村に 難を逃れ暮らしていた それから18年後 時代の状況は大きく変り 男大迹王が29歳になられた時 突然皇位の継承をすることになったのである 都から勅使が来て 愈々永年住み慣れた住民達と別れなければならない その別れを痛く惜しまれ 一首歌を添え 尾張から持ち込んでいた櫻をお手植えして ようよう去られたと言われている

 身の代と 遺す櫻は 薄墨よ 千代に其の名を 栄盛へ止むる (継体天皇御歌)

 村人が 小さな祠を傍に建て 大切に育てたのは言うまでもない

 

  

                                幹廻り12㍍ 大人8~9人でやっと届く

      

       <淡墨櫻の蘇生の歴史>

 

 根尾村の淡墨櫻は 1500余年もの間 何もなく平々凡々で生きて来られたのではない どこか痛々しくなっているものの 未だに美しい櫻を咲かせてくれるには それなりの苦難と努力の歴史があった

  大正初期・・・・大雪の為に一枝(太さ4㍍)が折損 本幹に亀裂が生じる

  昭和23年・・・・3年未満に枯れ死を免れないであろうとの認定を受けるが 翌年再調査

            によって 接木などを施すことによって回生可能と断定され 櫻守の笹部

            氏や前田と言う歯医者が これに当たり 付近の江戸彼岸の苗木238本

            の根継ぎをして 奇跡的に生き返る

  昭和34年・・・・伊勢湾台風によって 更なる打撃を受ける

  昭和42年・・・・作家・宇野千代さんが 来村し その痛々しい状況を雑誌『太陽』に発表

            (昭和43年4月号) 枯れ死の状態を何とかして戴きたいと 当時の岐阜県

            知事宛てに書簡を送る

  昭和44年・・・・宇野千代さんのお声掛かりで 棚を作って 根を守り 支柱を立て枝を守り 

            白いカビを採って 幹を守り 様々な施策が取られ 国・県の補助金が出て 

            更に地元有志の方々の浄財も集まって 保存費として 現在も尚根尾谷の

            淡墨櫻が守られている

  平成18年・・・・今年も見事に花が咲くだろう

 

 

      <淡墨櫻と私>

 

 私はいつもJR大垣から クルマが普通の車のタイヤで走る電車・樽見線で 終点まで行く 沿線は 柿の名産地らしく 多くの柿畑が見える 途中上りの電車と入れ替えるところがあって 如何にも単線らしく ノンビリしている 終点に着く ドキドキしながら 道案内のまま15分 川を渡り 急勾配の坂を登る すると急拵えのお土産屋が立ち並ぶところをすり抜ける あった 淡墨櫻である 意外に大きい 柵があって その廻りを周回しながら見ろと言うわけだ 奥に この櫻の神社があって 直ぐその脇に この淡墨櫻の二代目とおぼしき櫻が咲いている 見る角度によって 何と痛々しいことであろうか 日本で二番目に古いこの老櫻を じっと見ていると 永い風雪を否応なく感じられ よくぞここまで生きて来られたものだと 涙を禁じ得ない しかも花の大きさは 一輪で 私の小指の爪ぐらいの小ささだ 何とまぁ けな気なことであろうか 多くの観光客は思い思いに写真を撮っている 私は今夜の寝床作り 公園の端っこに リュックを置き まんじりともせず 花を眺めていた さすがに夜の9時を廻ると 人も少なくなり 突然ライトアップも消えた ひんやりした花冷えの中 私は寝袋に入って 櫻とともに寝る 翌朝鳥が鳴き始める4時前 誰もいないことを確かめ 樹の傍に寄って 木肌に耳を当てた 勢いは感じられないが 幽かに水が動く音 直ぐに退散し 未だ明けやらぬしじまの中で 画布を立て スケッチを終えた絵を点て掛け ペインティング・ナイフや筆などで 勢いよく描き始めた 私が描くのではない この櫻が 描かせてくれるのだ 言わば櫻の神様と一体となりながら 一心腐乱に描き出す 朝日に当たって 更に神々しく見える櫻 そうしてようやく描き終わると ぐったりして水を飲む こころから 櫻の神に感謝する 素晴らしい仕上がりであった クリップでそれを格納すると 再び櫻の周囲を廻る 散り際であったのか 白から やや薄いグレーに感じられた これが淡墨と言われる由縁なのかと しみじみと見ている すると再び大きな感動が湧いて来た これだ この隆起する生命感だ 人の一生のモノの比ではない 大日如来さまとは こう言うカタチをしているのではないかとさえ思えた 櫻は 決してはかないのではない こうして樹からパワーがほとばしり出ているではないか 6時を過ぎた頃 下のバス集積場辺りから 騒々しい声がして来た 私はその場を立ち去る 未だ7時を廻っていなかった こころの中で 又来ますね 今度来るまで どうぞお元気でいらっしゃって下さいねと 声を掛けて 手を合わせ拝み 朝早い帰り道を急いだ 手に 散った櫻の一輪があった まさに小指の爪の大きさであった いとおしく思えた

 

 

      <櫻に関する読むべき本>

 

 

薄墨の桜
著者/宇野千代
集英社文庫

岐阜県根尾谷の淡墨桜を一躍有名にした一冊。本書は小説だが実在の人物も多く登場する。前田利行氏は、昭和24年枯死の危機に瀕したこの桜に238本の根接ぎをおこないみごとに甦らせた伝説の人物。実話と創作を織りまぜつつ進行する老桜の妖美な物語。淡墨桜を愛でるための必読書。

 

櫻男行状
著者/笹部新太郎
双流社

「桜好き」の小林秀雄が、水上勉にすすめたという一冊。私財を投じ、生涯をさくらの保護育成に捧げた櫻男・笹部新太郎の自叙伝である。笹部新太郎は、水上勉の「櫻守」に登場する竹部庸太郎のモデルとされる人物。笹部桜、造幣局通り抜けの桜、荘川桜の移植などなど――櫻男の話は尽きない。

 

桜守二代記
著者/佐野藤右衛門 講談社〔1973〕【絶版】

昭和22年、枯死した京都・円山公園の祇園枝垂桜のあとに、嵯峨の自園で育てた二世の桜を移植したのがこの本の著者、桜守二代目・佐野藤右衛門。日本のさくらを守り育てるために、父子二代で日本全国を旅して接ぎ木のための穂木を集め品種収集につとめた。さくらにひとすじに賭ける情熱がすさまじい。

 

桜のいのち庭のこころ 
著者/佐野藤右衛門 草思社〔1998〕

こちらの佐野藤右衛門は桜守三代目、植木職・植藤16代目の藤右衛門である(見るで紹介した「さくら大観」の著書)。桜と庭にまつわる氏の語りが、土の感触を忘れて久しい我々現代人の欠落した感覚を思い出させてくれる。桜好きでなくとも、ぜひ、おすすめしたい一冊。

 

櫻よ―「花見の作法」から「木のこころ」まで 
著者/佐野藤右衛門[聞き書き]小田 豊二 集英社〔2001〕

藤右衛門さんの本はどれも読みやすくおもしろい。本書は、京都を中心に各地の桜を歩いたときの聞き書きをまとめたもの。自然をどこまでも破壊してきた人間に「このままでいけば、いつか自然のしっぺ返しを受けるにちがいない」人間は自然と共生して生きるべき動物である――と独特の語り口で諌言する。

 

桜伝奇
著者/牧野和春 工作舎〔1994〕

桜の巨木との出会い、日本人と桜の深淵さを綴った12の桜の小伝記集。真鍋の桜、根尾谷淡墨桜、醍醐桜、山高神代桜、石部桜、荘川桜、常照皇寺の九重桜、伊佐沢の久保桜、高麗神社のしだれ桜、桜株、三春滝桜、狩宿の下馬桜を紹介。桜巨木を語るのに欠かせない一冊。

 

巨樹と日本人 異形の魅力を尋ねて
著者/牧野和春 中公新書(1998)

『桜伝奇』の著者であり、全国巨樹・巨木林の会の理事でもある牧野和春氏が、全国から60本の巨樹を選び紹介する。うち桜は、角館のシダレザクラ、三春滝ザクラ、真鍋のサクラ、山高神代ザクラ、常照皇寺の九重ザクラの5本が収録されている。

 

櫻 守
著者/水上 勉 新潮文庫(1976)

主人公の庭師・弥吉を通して笹部新太郎の桜に寄せる情熱を描いた小説。(小説では竹部庸太郎。上段『櫻男行状』の著者)。兵隊検査を丙種でのがれた弥吉が、竹部との出会いにより桜を守り育てる情熱に引き込まれていく物語。荘川桜の移植の他、根接ぎの話、各地の桜のエピソードも多く紹介されている。

 

在所の桜
著者/水上 勉 立風書房(1991)

根尾の淡墨桜、円山枝垂桜、越前ぜんまい桜、山高神代桜、石州三隅の桜、荘川桜など22の桜への思いが綴られた桜随想集。全国各地の名桜を訪ねてあるいた思い出、小林秀雄や多くの人たちとの出会いを通して著者の桜観・自然観が語られている。

 

花見と桜〈日本的なるもの再考〉
著者/白幡洋三郎 PHP新書(2000)

「群桜」「群食」「群集」の3つを成立条件とする日本の花見は、世界に類のない民衆文化……と説くユニークな花見論。名木は追いかけても、名所はよけて通った私が、ちょっとだけ花見の写真も撮ってみようかと心動かされた一冊。

 

サクラを救え〈「ソメイヨシノ寿命60年説」に挑む男たち〉
著者/平塚晶人 文藝春秋(2001)

樹齢120年のソメイヨシノが、絢爛に咲き誇る青森・弘前公園。桜管理のパイオニアである同公園の試行錯誤を中心に、日本の桜名所の管理状況をルポした好著。読後には、桜を観る目が変わってくる、桜好きには絶対オススメの一冊。

 

桜と日本人ノート 
著者/安藤潔
文芸社(2003)

語源にはじまる「サクラ」とは何か、古代の「桜」、「桜」に魅せられて、「桜」の民俗などなど。万葉集から日本酒のラベルまで、サクラにまつわるさまざまな姿をその源まで遡り、桜と日本人の関わりを考察しようと試みる「桜ノート」。桜を堪能する絶好の書。

 

  

       品種 江戸彼岸

     樹齢 1500余年

     所在地 岐阜県本巣市根尾板所字上段(標高204㍍)

          名前の由来 蕾は薄いピンク 満開時白に近く 散り際上品に灰色っぽくなる

     今年の予想 寒かったので 4月に入ってから間もなくだろうか 

     本巣市役所(代表電話 0581-34-2511)に 問い合わせ後 訪問すべき

     http://www.city.motosu.lg.jp/ (3/20より ライブカメラと開花情報ありそう)

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