もしや遺言として

 

 

 

もしや『遺言』として

 

寂しさにも なれてきました。

 

櫻の花をみていると、

程よい哀しみが感じられます。

 

今は徳島。眉山。

春の山を 粛々と歩いてゐます。

 

マルハタチツボスミレも花ダイコンも、

春の陽ざしの中にゆれています。

 

ぼくは二日酔いで 少しゆれています。

                四月二日。

 

 

 

 今から15年前 徳島駅の真上に 徳島クレメントホテルが出来る頃だったと思う 

前日高知県吾川村のひょうたん櫻を見て 徳島に廻り 夜中鷹匠町にある小山さんの店・『婆娑羅』でしたたか飲んだ 

翌日もいい天気で フラフラと歩きながら 櫻百選の一つ眉山山頂から 吉野川を望み こんなスケッチを描いた 

画面下に書いた一文は 上記におこしたつまらない文言だ 

父を失い 跡継ぎをしなければと 覚悟を決める櫻の旅だった

 

 それから必死で働いた 寝ることも惜しんで働きまくった 

そうして気がついた時 心臓がガタガタな程痛んでいたことが分かった 

そんな時 このブログを始めた 言わばこのブログの正体は遺言のつもりがあったのかも知れない 

もう直ぐ駄目になると予測していた ブログの一ページごと 

何の為に書いたのかと言われれば 誰に書く宛てもない遺言だったような気がする

 

 モノ書きでもない文章に 素人の私が書いて残すべきことは 

『古いものを矢鱈に捨て去るべきではない』と言う主張と『和のこころ』 

ただそれだけを 言わば遺言として語りたかった もう直ぐ利休忌が来る 

旧暦の二月二十八日が命日だから 表千家でも裏千家でも 利休忌は月遅れでしている

そぎ落とせるすべてをそぎ落とし 究極の美を求めた利休は 秀吉の命により その日自刃して果てた 

その利休の侘び寂びは 仏の道に通じる心を 生活の中に生かそうとしただけだった 

日本民芸運動の創始者・柳宗悦は 普段の生活にこそ美があると 

ありふれた実用の中に美を求め 利休にも一脈通じるものがあったのではないか 

その延長上私は 民間の生活者の習慣・習俗の中に 日本人の智恵と美意識を指し示したかった

 

 もう直ぐ再び櫻の花が咲こうとする時 未だリハビリも思うにまかせないでいる 

このところしばらく鬱の状態が続き オーバードラッグではないかとのご意見から 薬も控え目にしていた

焦りがあるのかも知れない 時間がかかっても徒歩で皇居一周出来たかと思うと 心

臓に水が貯まったりして 再び何も出来ない状態が続いたからだ

 

 櫻の時期が近づくにつれ 今年は何処へ行こうか 例年だと準備に取り掛かる時期ではあるが 

今年は何処へも考えることが出来ない 鬱々として櫻の膨大な過去のスケッチを

束ねては解き それを眺めているだけだ 

精々近くの千鳥が淵に行くのがいいところだろうか 

茗荷谷の小石川植物園に行けるであろうか もう少し元気でありたい 

もし万が一急なことがあったらと このような一文を 今日は書きたかった 

永年枕辺に置いた西行の『山家集』には 櫻の和歌が数多く 

唯一私を慰めてくれるのかも知れない 

櫻山への夢の続きがあるではないかと 密かに自らを鼓舞している

 

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