雛祭りの伝承 その他

                                       五条市 吉野川の流し雛(下部URL参照) 

 

 

 

雛祭りの伝承 その他

 

 

  女の子のお祭り>

 

 3月3日 女の子の節句 愈々雛祭りである 

この日ばかりは 何となく華やいだ美しい祭りであるのは 何故なのだろうか 

更に何処かモノ哀しいのは何故であろうか 

女の子のお祭りであるからと言ってしまえば それまでだが 

華やいだ中にも 我が娘への思いの丈が溢れているからであろうか 

それに引き換え男の子の節句5月5日には 鯉幟と菖蒲湯と粽ぐらいなもので 実にあっさりとしているのである 

女の子は嫁いで行く その一瞬のモノのあはれも 

この祭りに 隠蔽されているのではなかろうか 

何処かモノ哀しい思いはないのだろうか 不図そんな風にも考えられる

 

 

 雛人形は 最上段に一対のお内裏様 次に三人官女 五人囃子 左大臣 右大臣 三人仕丁などが配置され 

雛人形のバックには 屏風を始め 雪洞(ぼんぼり) 左近の櫻 右近の橘 菱餅 白酒 雛菓子などが供えられる 

それだけではない 重箱 箪笥 長持 鋏箱 鏡台 駕籠 御所車などのミニチュア調度品が飾られ 

女の子が将来嫁入りする時の情景を鮮やかにファンタジーとして見せているのである 

その上に 桃と菜の花を活け 煎り豆 浅葱膾(あさづきなます) 蛤(はまぐり) アサリなどを調理して雛段にお供えし 

一同でお祝いをして 会食するものである 

日本の祭りの中で 女の子に限定し これほどファンタスティックな要素のお祭りは 他に類例はないのである

 

 

 このお祭りの形式が定着したのは 実はそう古いものではない 

後で述べるが 日本には古来から『流し雛』と言う伝承があって 

『段飾り』は 公家の文化が庶民にまで及んで来た証拠なのであった 

その背景には 庶民の繁栄と言うキーワードがあるのだが 

江戸中期 寛文・延宝(1661~81年)頃から 盛んに行われるようになった 

処が華美に成り過ぎていないかと 幕府が聴聞した結果 事実その間であっても 

寛文八年(1668年)と宝永元年(1704年)には 行き過ぎを是正せよと言う布告がなされた 

それでも庶民 特にその中でも富裕層に 静かに深く浸透して行ったのである 

然し中央の富裕層だけであって 地方の末端の庶民に到るまで普及することはなかった 

近代日本になって 人形の大量制作が可能になってから 初めて末端の庶民に到るまで飾れるようになったのである 

それまでの一般庶民は流し雛が主流であったのは言うまでもない

 

 

 大分県日田林市豆田の人形の館や山形県谷地の鈴木家に 

豪華な『享保雛(きょうほびな)』が伝わっているが 日田林は材木の天領であったし 

寒河江一帯・谷地辺りまで紅花の産地として天領であった理由で 

それぞれが京都との直接交易があった所為で 豊かな資産が裏打ちされているのであった 

だがこれとても一般大衆まで広がったとは とても言えたものではなかったと思われる

 

 

   流し雛と曲水の飲>

 

 節句と言うのは 現在では3月3日の桃の節句(雛祭り)と5月5日の端午の節句だけを言うが 

本来は五節句があった 平安時代の朝廷では 5つの節ごとの公事が行われ その後節会を行う日のことを言ったが 

それに準じて一般人がお祝いし会食することを『節供』(=節句)と呼ばれた その後朝廷の節会は廃れ

 一般人の会食へと重要視されるようになったのである 

その五節句とは 人日(じんじつ=1月7日) 上巳(じょうし=3月3日) 端午(たんご=5月5日) 

七夕(たなばた=7月7日) 重陽(ちょうよう=9月9日)のことで 人日以外は奇数の並び数字である 

尚『節供』とは 節句の日に出される供御(くご)のことで つまりご馳走のことを言ったのであった

 

 

 上巳の日とは 旧暦の三月の最初の巳の日と言うことで 

元はと言えば 中国で三月の上巳に起きた出来事に端を発し 発展成長を遂げて来たお祭りのことを言った 

上巳を俗に「じょうみ」とも言い 三月の上巳の「み」と 三日の「み」と照応させて 

三月三日に定めたらしく 三が重なるので 『重三(じょうみ)の節句』などとも呼ばれていた

 

 

 さて上巳とは 中国の故事に基づくものであるが 

この日中国では 池や清流のある場所へ行き 「流水曲水の飲」をしたとある(『荊楚歳時記』による) 

これは水の流れに杯を浮かべて その杯が所定の場所に到着する間 

詩を作って競うと言う まことに風流な遊びのことを言っている

 

  

 この中国に古くから伝わる行事の由来について 晋の武帝が怒りながら問い質したところ 

「漢の章帝の時代に 平原(現在は山東省徳州平原県)に 徐肇(じょちょう)と言う者がいて 

三月に初めて三人の女子が生まれた 処が三人とも三日後に死んでしまった 

村中の人々が この事件を大変なこととして扱い みんなで酒を持ち寄り 

『東流の水辺』になきがらを運び 酒などでよく洗滌して水葬にした 

このことに因んで 流水に杯を浮かべる行事が起こった」と説明をした 

武帝は「それはおめでたいことではないか」と言うと 

他の臣下は 「昔 周公も流水に酒を浮かべたし 秦の昭王も三月の上巳に河曲に 置酒した」と応えて 

武帝を宥めたと言う いずれにせよ これが水辺に出て災厄を祓う行事となって 

それが発展し 曲水の飲と呼ばれるお祝いごとになって 我が国に伝わって来たものである 

但し災厄を祓うと言う考え方は後々まで響き 「邪を裂く力」があると言う桃の湯 

又は桃花酒を飲む習慣も出来て 丁度桃の花の季節でもあり 

「桃花節」「桃の節句」と言う言葉が生まれた

  

                                      下鴨神社の流し雛

 

     <日本古来の伝承との接点>

 

 日本には こうした行事は早くから伝わっていたらしい 平安初期にはそれらの記述も見える 

三月上巳の日に 陰陽師を呼んで 

お祓いをさせ(人形=ひとがたを作って それを身体になで 自分の穢れを人形に移すと言うお祓いの行事) 

その人形を川や海へ流す行事が盛んに行われていた 

これこそ中国から伝わった曲水流觴(しょう=杯)の飲と 

お祓いを済ませ 水に流し送ると言う日本古来の風習と 上手に習合をしたものであると言われている

 

 

 そうして人形(ひとがた)は 本来お祓いし 流すものであったのが 

押し絵 糸製 土焼き製 更に胡粉(こふん)塗りの飾り雛へと発展して行き 

本来の意味を失って行ったのであった

 

 

 然し日本古来の行事はそう容易く廃れるわけがなく 

地方地方によって 今でも盛んに『流し雛』の行事が行われている 

タラバス(米俵の丸いフタ)や竹製の籠に 紙製の人形一対が乗せられ 

穢(ケ)を祓う行事として 特に淡島神社系統には多く存在している

 

 

 或る地方では 野遊びや山遊びをして 持参した紙製の人形で 又遊んで 遊び終わると 

川や海へ流す『ひなおくり』の風習を残している地方もある 

これは日本古来の行事に 中国からの伝承が加味され 単なる人形ではなく 

紙製ではあるが 雛人形として扱われている 

遠い中国のかの地で 三人の女の子を失った父親の哀しみが内包されているのではなかろうか 

幽かに モノのあはれは これであったのだろうか

  

                     山形県谷地 鈴木家の享保雛

 

       <花寄せ>

 

 雛祭りは 3月2日の晩に行われる 宵の節句から始まって 4日の送り節句で終るのが一般的である 

早く片付けないと お嫁に行けないと風説があって 5日には雛壇は片付けられ 

雛人形は再び暗い御倉行きし 来年を待つのである

 

 

 然し4日の日を花の日と言って 野山に入って 草花を楽しむ風習が 中国地方や九州地方に多く残っている 

又5日を『花寄せ』の日にして 山遊びをするところもある 

5日になっても 雛祭りの余韻がまだまだ残っているのである 

近くの野山に行って 花摘みをする習慣は 身を持って 春の到来を感じると言う側面と 

これから始まる本格的な農作業に勤しむこころづもりもあるのであろうか 

何とも優雅で 微笑ましいものでもあろう

 

 

 又 先に書かせて戴いた伊豆の吊るし雛の習慣も なかなかいいものですね 

 

 現代のお雛様は 八女とか岩槻が本場で 人形が大量に作られる割には 高価なものだ 

捨てることはなく ただお人形としてしまわれることが多い 

それでも隅田川など 各所で流し雛の復活がなされているのは 或る面では嬉しいことである 

但し人形屋さんが主催して行われるのは 一種の呼び込みのようなもので どうかと思わざるを得ない 

どんなに優雅に作られた雛人形でも 流してしまうお祓いの気持ちが 

何処か儚げで美しいのであるが・・・・・・・・・・・・・

 

  

                                               花桃 風景

 

 各地の流し雛 http://www.hinamatsuri-kodomonohi.com/nagasihina.html

 

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