節分と星祭りと追儺式と立春大吉

                                                            東大寺 節分会・星祭りの曼荼羅
 
 
 
 
 
 
      節分と星祭りと追儺式と立春大吉
 
 
 
 
 中国では昨日(28日)が大晦日で 本日(29日)が正月 所謂春節である 日本各地の中華街を中心に 派手で賑やかにお祝いがあろう そして愈々日本列島では 2月3日節分を迎え 豆まきが盛んに行われる 「鬼は外~ 福は内~~」と各家から 大きな掛け声が響くであろう 客寄せパンダよろしく 今では大きな各社寺で 人気者の年男・年女を呼んでは 賑やかに豆まきをしているが 本来の意味を忘れてはいないだろうか 確かに複雑な経緯もあったが ここで冷静に整理しておく必要がありそうである
 
 
 
    <豆まきと追儺式 それぞれの原点>
 
 明治・大正・昭和を生き抜いた文豪・幸田露伴の俳句に
 
     節分や 肩すぼめゆく 行脚僧
 
 と言う句がある 豆まきで 各家々が 窓を開け 外に向かって 鬼は外と叫んでいるので この節分の日ばかりは 托鉢に応じて貰えない僧の哀しさを ユーモラスに描いている句である そのように日本全国に木魂(こだま)する節分の豆まきは 外へ向かって「鬼は外」と叫び 家の中に向かって「内は福」と叫ぶのである この習慣の原点はかなり古くからあったものである 元々は散米(さんまい)とか うちまきなどと名付けられ 神事儀礼として 下級の精霊達を供応する目的で 神社などの周囲に米をまいていたのが 民間に広く伝播して行った それが永い歳月の間に いつしか豆に変化して行った 豆は魔目で 魔滅に通じると言う言霊信仰(ことだましんこう)から来ているのであろう
 
 一方文武天皇の御世 慶雲三年(706年)に疫病が大流行して 多くの死者を出した そこで急遽中国にあった追儺(ついな)の儀式を取り入れて 除災招福(じょさいしょうふく=災いを取り除き 福を招く)を念じた 以来追儺の儀式は 朝廷の権威ある行事となって行った 人々に疫病などの災いをもたらす鬼を想定して 鬼に扮装した者を 桃の弓 葦の矢で射たり 鉾(ほこ)を持ち 追い回したりする儀式のことで 平安末期には朝廷では廃れてしまったが 全国の寺社仏閣に 自然体で伝播したものであった
 
 処が ここが面白いところであるが 江戸時代になってから 宮中に伝わって来た追儺鬼追いの行事と 散米などの民間の習慣習俗とを習合させ 今日の豆まきの行事が出来上がったのである 誰かがしたのであろうが 余程アタマのいい御仁がいて 始めたものであろう 追儺鬼追いも散米の豆まきも いずれも大晦日(おおみそか)にやられていて 上手く融合したものである
 
 
 
     <大晦日と立春の因果関係>
 
 今でも地方によっては 大晦日(12月31日)に 追儺の鬼追いとか鬼矢来(おにやらい)の儀式をやっている神社・仏閣はある でも江戸時代から流行りだした現在の節分の形式は凡そ2月3日にやっていて 大晦日の晩に 豆まきをして災いを吹き飛ばす『除災招福』の儀式には違いなく それを終えて 新年=2月4日を迎えようとするものであった 従って節分は2月3日 立春は2月4日となるのである 立春とは言わば正月のことであった
 
 立春とは 太陽の黄経が315度の時を言い つまり現在の暦では2月4日頃になるのである この立春の日から 正式に春が始まるのだ 関東では好天でも 極しい朝晩の寒いの日が続くものの それでも 不図気付くと 寒気が和らぎ 木々が芽吹きを始め 冬至に比べれば 日中の時間も長くなって来るのである ああ日が伸びたなぁ そろそろ春だなぁと
 
 
 
 
    <暦~新暦と旧暦>
 
 暦は 現在では新暦を採用されている でも中国で開発された太陰太陽暦(旧暦)を 日本では 千年もの永きに渡って明治以前まで継続使用されて来た 旧暦の1月1日の前後を立春としていたので 現在の12月に立春があったのは言うまでもない つまり旧暦における立春の設定は 正月元旦を意識して作られていた だからこそ節分と大晦日 立春とお正月の相関関係が出来上がって来るのである
 
 では旧暦の立春は何故1月1日にならなかったのか 中国の太陰太陽暦と言っても 旧暦では太陰暦を採用されていた つまり月の満ち干を基準にしたのであり 太陽暦とは明らかに誤差が違って来て その誤差は大き過ぎるものであった 
 
 太陽暦は 地球が太陽を一周することを一年とした その一年は365日であり それでも誤差が生じる為に 4年に一度は閏日(うるうび)を設け 2月29日がある 100年に一度は閏日をなくし 400年に一度は又閏日を失くす方法を採用している それで行くと 太陰暦と太陽暦では 太陰暦が 僅か1年で 11日も短いことになってしまう そのまま放置すれば 1月1日正月は 暑い真夏になってしまうこともあったり 涼しい秋になったり 不合理極まりないので 太陰暦でもそれを調整する為に 19年に7度の閏月を設けなければならなかった つまりその年は13ヶ月となるのである 占星術の細木数子氏は これを採用して占いをしておられる しかし太陽暦での方がより正確であるに違いないと 私は信じている
 
 旧暦時代は それだけ苦労があって 太陽暦に対して微調整を繰り返していたわけで その調整の為に 24節気72候と言うものを設けた その24節気の最初が立春なのである そして春分~立夏~夏至~立秋~秋分~立冬~冬至~小寒~大寒と続く それでも未だ季節の説明に足りずに 雑節と言うものがあり 彼岸(春と秋)~土用(春 夏 秋 冬)~八十八夜~入梅~半夏生(はんげしょう=半化粧とも)~二百十日~節分などがある これは中国から輸入した暦だけでは合わなかったので 日本の気候に合わせて補強したものである しかし節分は文字通り 節の分かれ目だから 立春 立夏 立秋 立冬などの前日は すべて節分であるはずだが 立春前日の節分だけが残ったのは 大晦日の意味合いが大きかった為であろう
 
 
 
 
    <星祭りの意義と意味>
 
 こうした暦と若干異なることだが 暦とは切っても切れない関係にあるのが 占いである 星祭りの星とは 生まれた日と書いて 星と言う字であり 人それぞれの誕生日にまつわる『除災招福』するお祭りのことで 新しくなる年の運気に対し 邪気を祓って 福を願う行事のことを言っている 写真に掲げた東大寺のおける星祭りのお曼荼羅こそ 新しい運気のお祓いの儀式の目標である 節分は四柱推命など 易学・気学でも 最も大切な変わり目となっていて 立春以降の日々では 新しい運気に変化して来ると言うものである 節分までは前年の運気 立春一日だけは どなたにとっても悪い方角は一切なく どこへ行っても災悪はないが 次の日から 新しい運気が始まるのである
 
 高嶋易断などの多くの易の暦の本にとって 正式に始まるのは 立春の次の日からである その年なりの易占の方角を示しているものである しかし個人の占いは その年の運気に合わせ 生年月日の星の運気と合わせ 全く個々によって違って来る 易占の詳細は 今回は主な話題からずれる恐れがある為に この辺にしておきたい ただスピリテュアルなどと言いながら 呆れるほどいい加減で無責任なブログがあることは 人の心を惑わす根源であることだと明記しておきたい 年廻りは1白水星~2黒土星~3碧木星~4緑木星~5黄土星~6白金星~7赤金星~8白土星~9紫火星とあり 月日廻りも同じようにあって それらの組み合わせで占いするものであるから 81の2乗の更に先々まで2乗があって 正確には習熟しない者には皆目見当はつかないように出来ているからだ 因みに当家には この伝統と伝承があるとだけ申し上げておきましょう
 
 
 
    <立春大吉と除災招福>
 
 先に述べたように 立春とは新しい年であるから 斎戒沐浴してお迎えをする 元旦を迎えるに当たり 下着を新品に換える家が多いのも こうした改まった気持ちで お迎えをする伝統であろう 神迎えをする邪魔な鬼は 退治しておかなければならない それが簡略化されたのが 「鬼は外 福は内」の豆まきである イワシの頭を柊(ひいらぎ)の枝に刺し 或いは臭気の悪いニンニクなどを 戸口に下げて 鬼の侵入を阻もうとするのである 現在では正月と節分は一ヶ月以上離れているので 節分・立春には 大晦日・正月のような派手派手しさはないが 『除災招福』と言う考え方では 全く同じである
 
  恵方(えほう)巻きと言うお寿司の太巻きが この時期流行っている。『恵方』つまりその年のいい方角のことであるが そちらの方を向いて 太巻きのお寿司を一気に食べると 縁起がいいと言われている 主に関西にあった習慣だったが 今や全国規模になっている 何かお寿司屋さんの商魂が見え隠れしないでもない 悪い方角を嫌うことを『方忌み(かたいみ)』と言って そちら方面に行くことを忌み嫌うものであった その方角にどうしても行かざるを得ない時 どうしたらいいだろう その時は一旦方角のいい方へ移動してから 改めて行きたい所へ出向くことを『方違え(かたたがえ)』と言って 古典などを読むと盛んに出て来るので ある程度の知識として必要なのだろう
 
 新しい新鮮な気分で 立春をお迎えして ようやく長い正月の行事に終焉を迎える 節分の夜は 何処へも出掛けず 家にじっとしていて 豆まきをし 春を待つものであろう 四文字熟語で 私が最も好きな言葉は 『立春大吉』と言う字である 待って待ってようやく来た春である 希望の春 そんな暖かな思いがこの熟語には籠められている 立春が過ぎて 直ぐ『雨水』が来て それから虫が目を覚ます『啓蟄』が来る そうしてあの春爛漫とした満開の櫻の時期がやって来るのだ 春よ 来い 早く来い!
 
 
 http://koyomi.vis.ne.jp/mainindex.htm   私が大好きな暦のホームページである ご参照賜りたく
 
 
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