梶井基次郎『櫻の樹の下には』

 

                                                
                                                                                                                             
 
  梶井基次郎作 『櫻の樹の下には』
 
 
 
 梶井基次郎は優れた小説家であった 名作『檸檬』 どちらかと言うと感覚派の香りが高い作家で 表題『櫻の樹の下には』と言う短い文章は 1931年(詩現実 創刊号)に発表されたものであるが 当時としては 衝撃的な一文が載ったと評判になったものである 特に冒頭の一行が 何時しか一人歩きをして 櫻には大迷惑かも知れないけれど この文章の本当の意味とは 果たして 死を象徴するモノが櫻なのであるか 私は 作家は逆のことを言っているようでならないので そこで皆さんに その衝撃的な文章を披瀝して 御判断を仰ぎたい考えたものである 折角の機会だから その全文を書き出したい
 
 
 
   櫻の樹の下には(全文)
                      梶井基次郎 作
 
 櫻の樹の下には屍体が埋まってゐる!
 これは信じていいことなんだよ。何故って、櫻の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことぢやないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やつとわかるときが来た。櫻の樹の下には屍体が埋まってゐる。これは信じていいことだ。
 
 どうして俺が毎晩家へ帰って来る道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、選りに選ってちつぽけな薄つぺらいもの、安全剃刀なんぞが、千里眼のやうに思い浮んで来るのか――お前はそれがわからないと云ったが――そして俺にもやはりそれがわからないのだが――それもこれもやつぱり同じやうなことにちがひない。
 一体どんな樹の花でも、所謂真っ盛りという状態に達すると、あたりの空気のなかへ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。それは、よく廻った独楽が完全な静止に澄むやうに、また、音楽の上手な演奏がきわまってなにかの幻覚を伴ふやうに、灼熱した生殖の幻覚させる後光のやうなものだ。それは人の心を撲たずにはおかない。不思議な生き生きとした、美しさだ。
 しかし、昨日、一昨日、俺の心をひどく陰気にしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののやうな気がした。俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持ちになった。しかし、俺はいまやっとわかった。
 お前、この爛漫と咲き乱れてゐる櫻の樹の下へ、一つ一つ屍体が埋まってゐると想像して見るがいい。何が俺をそんなに不安にしてゐたのかお前には納得行くだらう。
 馬のやうな屍体、犬猫のような屍体、そして人間のやうな屍体、屍体はみな腐爛して蛆が湧き、堪らなく臭い。それでゐて水晶のやうな液をたらたらとたらしてゐる。櫻の根は貪婪な蛸のやうに、それを抱きかかへ、いそぎんちゃくの食系のやうな毛根を聚めて、その液体を吸ってゐる。
 何があんな花弁を作り、何があんな芯を作ってゐるのか、俺は毛根の吸ひあげる水晶のやうな液が、静かな行列を作って、維管束のなかを夢のやうにあがってゆくのが見えるやうだ。
 ――お前は何をさう苦しさうな顔をしてゐるのだ。美しい透視術ぢやないか。俺はいまやうやく瞳を据ゑて櫻の花が見られるやうになつたのだ。昨日、一昨日、俺を不安がらせた神秘から自由になつたのだ。
 二三日前、俺は、ここの渓へ下りて、石の上を伝ひ歩きしてゐた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽かげらふがアフロデイツトのやうに生まれ来て、渓の空をめがけて舞ひ上つてゆくのが見えた。お前も知つてゐるとほり、彼等はそこで美しい結婚をするのだ。暫らく歩いてゐると、俺は変なものに出喰はした。それは渓の水が乾いた磧へ、小さい水溜を残してゐる。その水のなかだつた。思ひがけない石油を流したやうな光彩が、一面に浮いてゐるのだ。お前はそれを何だつたと思ふ。それは何万匹とも数のしれない、薄羽かげらふの屍体だつたのだ。隙間なく水の面を被つてゐる、彼等のかさなりあつた翅が、光にちぢれて油のやうな光彩を流してゐるのだ。そこが彼等の産卵を終つた彼等の墓場だつたのだ。
 俺はそれを見たとき、胸が衝かれるやうな気がした。墓場を発いて屍体を嗜む変質者のやうな惨忍なよろこびを俺は味はつた。
 この渓間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯や四十雀も、白い日光をさ青に煙らせてゐる水の若芽も、ただそれだけでは、もうろうとした心象に過ぎない。俺には惨劇が必要なんだ。その平衡があつて、はじめて俺の心象は明確になつて来る。俺の心は悪鬼のやうに憂鬱に渇いてゐる。俺の心に憂鬱が完成するときにばかり、俺の心は和んで来る。
 ――お前は腋の下を拭いてゐるね、冷汗が出るのか。それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快がることはない。べたべたとまるで精液のやうだと思つてごらん。それで俺達の憂鬱は完成するのだ。
 ああ、櫻の樹の下には屍体が埋まつてゐる!
 一体どこから浮んで来た空想かさつぱり見当のつかない屍体が、いまはまるで櫻の樹と一つになつて、どんなに頭を振つても離れてゆかうとはしない。
 今こそ俺は、あの櫻の樹の下で酒宴をひらいてゐる村人たちと同じ権利で、花見の酒が呑めさうな気がする。
                             (以上 『詩現実』創刊号より 原文のまま)
 
 
 
   <櫻は死の象徴か 再生の象徴か>
 
 
 如何でしょうか よく読めば この詩篇に近い一文は梶井独特の言い回しで 生きることへの再生を語っているのではないか この一連の系譜は 坂口安吾『桜の森の満開の下』 大岡昇平の『花影』 宇野千代の『薄墨の桜』 渡邊淳一の『桜の樹の下で』などに ストレートに通じているではないだろうか
 
 西行は櫻の歌人である 辞世の歌に 有名な歌がある
 
     ねがはくは 花のしたにて 春死なむ
                    そのきさらぎの 望月のころ
 
 この一首でさえ 同時代の歌人冷泉為秀(れいぜいためひで)によると 「かく詠みたりしををかしく見たまへしほどに つひに如月(きさらぎ)十六日 望日(もちのひ)終りとげること いとあはれにありがたく覚えて 物に書き付け侍る(はべる)」と 西行の希望通りの見事な最期を褒め称えている
 
 櫻が何時の時代から 死の象徴になり果てたのか それこそが問題だ 日本は チョンマゲを落とし 近代国家を急ぐあまり 日本は軍国主義にひたすら走り ついに東南アジアの国々に 戦争をし賭けた過去の憂うるべき戦争の最中にあった
 
 良寛さんの俳句に
              散る櫻 残る櫻も 散る櫻
 
 飽くまでも無常を言う為の俳句が 独裁的な軍部に そのまま利用されようとは 良寛和尚も思ってもいなかったのではないだろうか 終戦の前の年 雨の神宮球場に 学徒出陣式があった 「生きて虜囚の辱めを受けるな」と訓示したのは 他ならぬ東条英機ではなかったのか 潔く死ねとそう訓示しておいて 学生は特攻隊に行き 次々と死に 東条本人は終戦後ピストル自殺もやりそこね 巣鴨プリズンで処刑されている 靖国合祀は 特攻で散った学生達が浮ばれるのであろうか その軍部の長達が みなして異口同音に唱えたのが この良寛和尚の俳句ではなかったか 「櫻は儚いものである ならば 潔く散れ」と そんなことに 櫻は ただ利用されていたのだ 憤激をもって このことを厳しく糾弾して 靖国の合祀をも指弾し 同時に櫻の名誉を ここに鮮やかに復活させたいものである
 
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