四辻左大臣が歌 春の七草

                                                 恥ずかしながら私の小学六年生の時の水彩画 風景『月山』
 
 
 
 
四辻左大臣が歌 春の七草
 
 
 
  上記に掲げた絵は 私が描いた水彩である 暮れに大掃除をした際に 奥から出て来た
 
 久し振りに見た過去に描いた絵の一枚である 裏面に『小学校六年 山形にて 櫻』と書かれてある 
 
祖母のお身内筋に当たる方が 山形の寒河江にて さくらんぼ園をやっていて 
 
あの時は気軽に 父と二人でマイカーで行ったものだった 
 
その頃の父はよく私を連れ回した この絵は最上川の絵で 遠景に見える山が月山である 
 
あまり時間はないよと言われながら 滔々と流れる最上川の大河と月山の威容に感動して 
 
必死になって描いたものだった 所々稚拙さは残るが 私なりに気に入っている初期の絵の一枚である 
 
絵からすると時期は 六月の半ばだろうか 確か この後残雪残る湯殿山まで行ってお参りをし 
 
お山にお籠もりの一泊をしたことをうっすらと憶えている 折から月山はちょうど山菜摘みの人達で賑わっていたようで 
 
お籠もりの方より そのような人達が多かった記憶がある 
 
皆 春が来た歓びに満ち溢れていた 父とのいい思い出のワンシーンの一つである
 
 
 
 そんな訳で 雪国の人達の摘み草は 雪が解けてからであって 正月六日の摘み草と言っても如何にも難しい 
 
七日には七草粥をしなければならない 仕方がないので 代用する野菜を使って七草粥を炊くのが 一般的であろう 
 
ところが最近は荒駕籠に盛られた七草が スーパーなどで簡単に売られていて 眞に便利になったものである 
 
でも殆どただで採れる草ばかりなのに なんでこんなにすっ高いのか 可笑しくもある
 
 
 
 南北朝時代に歌人四辻左大臣と言う方がおられて 次のように歌われた 
 
「せりなずな 五形はこべら仏の座 すゞなすゞしろ これを七草」 左大臣のことは殆ど知られていないが 
 
多くの方は この歌を ソラで憶えようと必死になられた時期があってご存知の向きが多かろう
 
 
 
七草は七種とも言い 元々中国の正月からの一連の行事で 元旦から数えて七日を『人日』と言って 
 
人間の占いをしたり 御まじないをする日だった 平安朝時代に入って来て 最初は粥ではなく 
 
羹(あつもの=汁)だったことが知られているが 雑穀になったり やや複雑であり 今日的ではない 
 
そこで江戸時代に主に流行った民俗から この行事を取り上げてみたい つまりこうである 
 
この時期に生えて来た植物はみな生命力に溢れていて それを摘み取り お粥の中に入れて食べると 
 
春の力強い生命力を身につけられ 『無病息災』が約束されると言う習わしになった 
 
一般的には 年中行事の中の五節句のうち 最初の節句と言うことにもなろうが もっと砕けて言えば 
 
正月の行事を経て 胃もたれや少々疲労気味の身体には お粥はちょうど都合がよかったのではなかったろうか 
 
文化の定着とはそのようなものだろう
 
 
 
 <せり> 多年草で一年中見られる 美味しいのは冬から 春に掛けて出る芹が美味しい
       背の高い毒芹と間違えないように 程いい野趣の香りがあって シャキシャキと実に美味しい 
       胡麻和え お浸し物 白和え 天麩羅などに適している
 
 <ナズナ> 道端に生える越年草で 成長するとペンペン草になる 芹と同様に食べるが 薬用として止血剤に
       使われたり 乾燥させて畳の下に置くと 虱除け(しらみよけ)にもなった
 
 <五形> ホウコグサとか母子草とか呼ばれている フワフワした綿毛が出る 昔の草餅はヨモギではなく 
       この草が多く使われていた 草だけを食べることはない まずいからである
 
 <ハコベラ> はこべのことで 昔は到る所で見受けられた 茎は地面を這い 葉の先だけが斜めに延びる 
        芹と同様の調理がされるが 青臭い 昔は歯ぐきの止血剤に使われていた
 
 <仏の座> 紫蘇科に似たものがあるが キク科のタビラコのことである タンポポによく似ていて 
        秋に発芽して 初夏には枯れてしまう 和え物で食べられないこともないが まずい
 
 <スゞナ> 今日では蕪(かぶ)とされているが 貝原益軒によると「すすなは菘なり」とありどうやら 
        水菜や京菜であるらしい いずれにせよ普段からお目に掛かっているものばかりだ
 
 <スゞシロ> 大根のことである 豊富にジアスターゼを含み 胃腸には持って来いだ 
        障子に紙を貼る前に塗布すると 糊がよく着くし はがし易くなると言われている
 
 
 このように 味はまずいモノが多いけれど 厳冬に顔を出す元気さが買われてのことだろう 
 
又当家では 粥と言えば若狭粥・白粥・茶粥・中国粥などを 普段から食べている 
 
白粥に 美味しいダシが利いた餡を乗せて食べるのが若狭粥で 一番好きである 
 
いずれにしても 弱り目の時に食べるわけだが 毎朝の食卓もまた弱り目の状態での食事であるのかも知れない 
 
お粥の中に お餅一個だけトロトロにしたのを入れて頂くと 余計パワフルになれる感じがして 
 
密かに嬉しい お粥は元気の素であるに違いない
 
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