世阿弥元清の心眼

 
                                                                                                                       『松風』潮汲みの場
 
 
  室町時代中期に活躍した 能楽の大成者・世阿弥元清には 珠玉の言葉はたくさんあって 現代の私達にも 多く通じるものがあります しかも無形の芸能論が このような時代に 世界に先駆けて逸早く完成していたことは驚嘆に値いします ユネスコの世界無形文化財に指定された理由の根本理念が 世阿弥元清と言う たった一人の天才によって書かれたものであることも 驚きの一つでしょう それが明治四十三年に吉田東吾によって公にされるまでの六百年間は 一切秘伝されて来たものですから 一般にはまったく目にされることがなかったのです 能の奥義は 生々流転として 師から弟子へ口伝されて来たものでした 父観阿弥が到達した芸の極致を口伝で 息子の世阿弥へ伝え それを聞き書きして 整理され書かれたのが『風姿花傳』(花伝書)でした そして老境に入って自らの実践で勝ち得た境地を 自らの手で書かれた『花鏡』『申楽談義』など 『世阿弥十六部集』として存在していました そこにはキラ星のごとくたくさんの名言が織り込まれておりますが 今日このブログでは一般の方が対象なので 分かり易く気がついた部分だけ 抜粋して書いて行こうと思っています 無論この短い欄だけでは語り尽くせないものですから よろしかったら折々の話題とさせて戴きます
 
 
   ≪波乱万丈の世阿弥の生涯≫
 
 世阿弥は 父観阿弥が三十一歳の時の子ですが 幼少から芸に秀でていました その頃の能楽は一般的に申楽(猿楽とも)と呼ばれていて 山伏神楽や田楽や延年などの影響を受けて 独立した独特の芸能になっていました 大和申楽四座とも呼ばれ 多武峯や興福寺などの庇護のもとにそれぞれの座があったのです 金春・金剛・宝生・観世などは ここから派生して来たものです 初代観世の祖・観阿弥清次は 更に発展させ 能楽としてほぼ大成したと言ってもいいでしょう その嫡男の世阿弥元清は 観阿弥の一座に入っておりましたが やがて京都に進出し 醍醐寺で七日間興行などをして 人気を博していました その後今熊野での興行の際 既に十二歳になっていた世阿弥が 時の権力者・将軍足利義満の目に留まったのです それから観阿弥・世阿弥父子は 義満の庇護を受けて 一般受けした能から 幽玄を尊ぶ定家の世界のような夢幻能を 数多く生んで行くのです 義満は特に世阿弥を近侍衆として取り立てていたふしがあり 如何に世阿弥は可愛い素敵な青年だったのでしょう 処が義満亡き後将軍になった義持は 世阿弥の能楽より 素朴な田楽を好み 世阿弥はそれほど重用されなくなっていました そして義持亡き後将軍になった義教になると 逆に弾圧されるようになるのです 義教は 自ら可愛がっていた音阿弥に 能楽の秘伝口伝を伝授するように 世阿弥に迫るのですが 世阿弥は 頑として聞き入れませんでした 音阿弥とは 元雅の従兄弟にあたる人でしたが 能楽ではなく 未だ田楽から さほど進化していない状態だったのです 世阿弥は嫡男の元雅に 観世太夫を任せるのですが 権力者によって 着々とあらゆる特権を奪われて行きます 興行的地盤を失おうとする時 世阿弥は出家をするのですが それでも収まりませんでした 長男元雅は伊勢で客死し 自らは佐渡に流される羽目になります その二年後『金島集』と言う書を書いて その後ぷっつりと行方知れずになってしまいます 何らかの形で赦されたのか 佐渡を出て流刑にあってから 約十年後に没したことになっていますが その最期の詳細は分かっておりません 日本芸能史上最も特筆すべき世阿弥の前後は 神楽・田楽・風流・語り物・延年 そして雅楽までが渾然一体となって 総合芸術として申楽になり それが能楽に発展し 迫力に満ちた芸能の発展進化を遂げた 劇的な時期だったのです
 
   
   ≪初心不可忘≫ ~『花鏡』より
 
 物事を始める時 我々はよく『初心忘るべからず』と言う言葉にならって 常に新鮮な気持ちで頑張るべきだなどと使われています 最初の起点になる希望に満ちた心に立ち返るべきだと言うものでしょう ところがそう単純なものではないのです 『初心』とは 『稽古』の意味でした 若い時は若い時なりの花があるが それは「時分の花」が咲くと言うのです ただ一時的な花であって 「誠の花」ではなく それが進化して行き 次第に本当の花になって行くには 不断の稽古を忘れてはならないと言う 厳しい戒めの言葉なのです 夢や希望を忘れるなと言う意味ではなく 「誠の花」を目指して 次から次に現れる次の花を目指して 生涯に渡って 稽古を努々忘れてはならないとでも言いましょうか 結婚式や入社式などで 余りにも簡便に誤って使われていると思われませんか 稽古の座標軸のような言葉で 果てしない至芸への道を 厳しく説いたものだったのです
 
 
   ≪秘すれば花≫ ~『風姿花傳』より
 
 「秘すれば花なり 秘さずば花なるべからずとなり」と言って 『風姿花傳』では 秘することを最も重んじ 花伝書全編に貫かれております 花とは何か 花とは珍しいものとか はっとする美しさとか そう言ってもいいでしょう その美意識を隠せとはどう言うことだと思われるでしょうが 何事もあからさまに出して いいことはない 秘してこそ 美が突然出現するのだと言うことなのでしょう 処が この言葉の裏には そればかりではありませんでした 秘することが『家』を強くすると言うものです 家督を継ぐものは強くあらねばなりませんでした 従って奥義を秘伝口伝にして 或いは一子相伝にして その花を大切に守ったのでした 将軍義教から 秘伝を教えるように言われても尚 世阿弥は一言も教えませんでした 矢鱈と教えるものではなく 至芸が出来ると見定められたモノだけに 秘伝口伝が赦され 受け継がれて行くものだと言う確信も籠められております 今日あらゆるモノが露わになって来ましたが 既に行き詰まっているように思われませんでしょうか 寝かせて置く時間 待つ時間 出すタイミングの時間 それらはどんなに大切なことでしょうか 現代は すべてが滅茶苦茶なように思われるのです 間合いも大切でしょう 現在には これがまるでないように思われて仕方がありませぬ
 
 
   ≪序破急≫ ~『花鏡』より
 
 序破急とは 序 即ちはじめであり 破とは展開することです そして 急 言わばカタルシスと言うことでしょうか 起承転結と 同義語と考えていいでしょう 「序の 本風の 直ぐにただしき体を 細やかなる方へ移しあらはす体なり その日の肝要の体なり」(『花鏡』より) 又こうも言っています 「能能 安見するに 万象 森羅 是非 大小 有生 非生 ことごとく序破急そなえたり 鳥のさえずり 虫の無く音にいたるまで 其分其分の理を鳴くは 序破急なり」(『拾玉得花』より) つまり一日の演能の組み立てから 一つの能の組み立てから すべて序破急があって 又舞の一つや謡いの一声にも 序破急が存在し すべてに抑揚がついていると言うのです これはあらゆるモノに当てはまっていて こんな早い時代によく使われたものだと感心してしまう事柄ですね
 
 
   ≪幽玄≫ ~『花鏡』より
 
 幽玄とは 能において最も大切な美意識ですが なかなか表現するのに 難しいものでもあります 「ただ美しく柔和なる体 これ幽玄の本体なり」「幽玄の堺(さかい)に入る事」(『花鏡』より)と 単純に説明しておりますが 現在語訳では 奥が深く難しい表現です 茶の湯は 藤原定家が選者になった新古今和歌集の美意識から来ている侘びと寂びであると断言している人がいるぐらいですから ここで敢えて 私なりに その解釈に挑戦してみると 定家の歌に 『見渡せば 花も紅葉もなかりけり 浦のとまやの 秋の夕暮れ』の境地でしょうか 或いは『むすびおきし 秋の嵯峨野の 庵より 床は草葉の 露になりけり』の心境でしょうか かすかな美しさと流麗さ そして侘び寂びの世界とでも申し上げましょうか それらが渾然一体となって 高い次元での美の残り香とでも言うのでしょうか いわゆる花と言うものでして あっ美しいと言う瞬時の しみじみとした美意識と言えるのではないでしょうか この花を目指して すべての能は演じられるのです
 
 
   ≪離見の見≫ ~『花鏡』より
 
 『離見(りけん)の見(けん)』と言う言葉があります これは大変大事にされた言葉です 「見所より見る所の風姿は我が離見也」「離見の見にて見る所は 即 見所同心の見也」(『花鏡』より)と言う通り どうやらこの言葉は 演じ手は 常に自分が見えない 見えないからこそ 見える所から 見える姿を見なさいと 自分を客観視して見なさいと言うことでしょう アタマの中に常にモニターテレビでも置いておき 冷静に舞う自分の姿を 感得しながら舞いなさいと言うことでしょうか まるで人生の達人になる方法を教えているように思われてなtりません
 
  
   ≪千秋楽≫ ~謡曲『高砂』より
 
 千秋楽とは 何も相撲の言葉ではありません 能から出た言葉です 「千秋楽は民を撫で 萬歳楽には 命を延ぶ」(謡曲『高砂』より) 所謂 一日の演目の中で 最後には 日頃の生活に潤いをもたらすように 寿ぎ そして終了するのです そろそろ今日のブログは これにて終わりにしましょう 又の機会に 数々の名言をお伝え出来たらいいなぁと思っておりまする 有難う御座いました
広告
カテゴリー: 芸術 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中