百里を行く者 九十里を半ばとす

 

                                                                                      仕事中の江里佐代子 細心の注意が
 
 
 
 
 < 人間国宝 江里佐代子の世界 > 
 
              こころを動かさねば 手は動かぬ
 
 キリガネと聞いて あっそれ知ってると言う方は割りと少ないと思われます 平安時代から 鎌倉時代に掛けては 大いに発展していたキリガネの世界は その後分業になり いつしか永い間埋もれた世界になっていました 何故なら御仏さま本体の加飾として専ら使用され 本堂奥深くに仕舞われた世界だったからです 截金(キリガネ)の技法とは 極薄の純金箔や銀箔を数枚張り合わせて 厚みを作り 鹿皮の盤の上に乗せ そこで竹刀を使って 線や丸や三角など 様々な形に切る それを糊を沁み込ませた筆の先端につけて 細心の注意を払いながら 筆使いだけで 対象物に貼って行く そして紋様を描いて行く技法のことを言うのです 仏像や仏画や衣文などに使われ 隆盛を極めたはずの技法は 厚みを持たせる技術だけが 秘伝とされていたので 衰退の一途を辿る結果になったのです ただ修理などの必要から 東西本願寺にはその技法を伝承する人が 細々といました
 
 まさに舞台裏の仕事だった秘儀や技法を 表舞台に出して来て 我々が親しめる環境を創った人は 若くして女性の人間国宝になった人・江里佐代子その人だったのです 江里佐代子は 昭和20年京都の日本刺繍の仕事をするお宅で生まれました 最初高校~大学と 染色家か日本画家を目指していたのですが 仏師江里康慧と 恋に落ちて結婚してから 一変します 夫の康慧が創造する御仏さまの加飾を手伝うようになったのです それが截金(キリガネ細工)細工への切っ掛けでした やがて截金の魅力にとり付かれ そして本願寺系の北村起詳師に師事 本格的に截金を学びます その後本来堂奥に仕舞い込まれる技法を 出来るだけ多くの方に披瀝したい一念から 生活用品に細工を施し 工芸の巾を大きく広げたのでした 1981年銀座和光での個展を機に 91年には日本工芸総裁賞 01年には高松宮祈念賞など 数々の賞を戴くようになったのです
 
  私がこの世界を知ったのは 母の遺品を継いでからですから 10年しか経っておりませんが 不思議なことに 亡き母が 截金細工の江里佐代子の小さな漆黒の棗(なつめ)を 自分の手にした時の 歓びったらなかった場面だけはよく覚えています ヤマタノオロチを退治した時のスサノヲのような歓びが爆発したのでした  和光の個展の時かいずれかの個展で手に入れたものでしょう 今は私が所有するものになりましたが 二廻りほど小さく可愛い漆黒の棗です 写真で取るとどうも上手く行きません 実は細工は棗のウラ蓋に 驚くほどの緻密さで施されています その繊細で 観る者を圧倒する迫真力は 筆舌に尽くし難いのです 母のお陰で 彼女を知り そして又家宝にすることも出来ています あの母の歓びようは 今なら充分に分かるような気がしています
 
 02年重要無形文化財截金(人間国宝)に 史上最年少で選ばれましたが 普段は厳しい夫康慧師に「辞退する」と言い張ったようですが 夫君は「佐代子が戴くと言うより 截金と言う技法に光を戴いたものと思いなさい」と優しく説得されたそうです 義父も仏師ですが 義父は義父なりに大喜びされたようです お陰を持って 翌年夫康慧とともに 二人で京都府文化功労賞に輝くのです
 
 佐代子師は ほとんど純金に近い金箔を使うのですが 「それを線状にしたりして 作品を創って行くと どんな木肌にも合う 木肌の美しささえ引き出させてくれる しかもどんな色にも金箔は馴染んでくれる その懐の深さは御仏さまと同じではないでしょうか 御仏さまの懐に抱かれて 大らかな気持ちで 仕事をさせて戴ける有り難さがあります」と告白されています 本人は凄く大らかな方です
 
 ところで最も最近の大きな仕事と言えば 新しく出来た京都の迎賓館の入り口に 立派に施されています 今後益々ご活躍なさる方です 皆さまとともに応援したいものですね
 
 
 佐代子師語録
 
 ① すべてが御仏さまの添うようにと それが基本です
 ② 風 水 光を感じると 自然の力 天空の力は こんなにも 強いものかと思います そいで行く                                   
   大切さでしょうか 多すぎても駄目 少なすぎても駄目 一本の線が 一番大切な線を見つけ
   出します 技術的なことより 何かが籠められているのでしょう
 ③ 伝統の仕事は形だけではなく その心を聞き伝えなければなりません 心が動かないと 手は
   動きません 技術だけが目的では 『今』を表現することは出来ません 先人達は 仕事前手に
   香水をつけてから 覚悟を決めて仕事をしていたと言います
 ④ 『温故知新』『百里を行く者は 九十里を半ばとす』が座右の銘
 ⑤ 京都は モノを創り出す人達が多くいて 交流も容易ですから 常に緊張した接点の自分を置
   くことが出来る
 
 江里佐代子師は幸せな芸術家です 幸せな結婚の上 仕事一筋で生きることが出来る環境だからです 然も御仏さまに帰依して 御仏さまの下で仕事をされていらっしゃる 飽くまで謙虚な方ですが こと仕事中の厳しい顔は凄いものがあります 金箔の線を貼る時 多分ほとんど息継ぎをしていないんです ピ~~ンと張り詰めた緊迫感の中に 身をおいて 今日も一日中 夫君とともに研鑽しているに違いないです 長男が仏師に 長女は截金師に 自らなると申し出られて 修行しているのも お二人の背中を見ていたからだろうと思われます 益々のご活躍とご健勝を祈りたいですね 佐代子師若干いまだ60歳ですからね 志村ふくみさんと言い 数少ない女性の人間国宝の方です 時々どこかで展示会がありますから 折がありましたら 是非御覧下されたく存じます
 
 http://www.heian-bussho.com/  康慧・佐代子の『平安仏所』 口絵はここから 拝借しました
 
   口絵 江里佐代子作『棗』 当家所有ではありません 当家のはすべて漆黒です
 
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