月とすっぽん 十夜の鉦

 
                                                                                                        真如堂の散り紅葉(本堂裏)
 
 
  真葛ヶ原の若女将に電話をする 「京都に来てるけど 今何か美味しいものはないかなぁ そろそろ鴨の季節じゃないんですか」と差し向けると 「まぁ うっとこ 鴨は長浜ですねん 琵琶湖の鴨が一番と先代から 聞いてはりますけど この時期は長いこと 飛んで来るさかいに 痩せてて まだ駄目なんどすぅ あと一ヶ月待っておくれやっしゃあ 琵琶湖の小魚 よ~け食べて まるまる太るさかいに 12月に入ってからの方がえろぉ美味しいのどすえぇ どうせセンセは この時期はずっとこっちにおまっしゃろ」と言う 他に何か美味しいものはないか 再度聞いた あったあった 魚ヘンに昌と書いて マナガツオである 梅雨時に 産卵の為に 深海からあがって来て 海岸近くに漸く辿り着いたマナガツオを ちゃっかり人間が捕獲してしまう そんな理由で 一旦梅雨時に旬になるが 油の乗った今頃が本当の旬であろう まるで 醤油と味醂と柚子につける幽庵焼きか西京味噌漬け焼きか酒粕漬けの焼き物になる為に 生まれて来たような魚である 嬉しくなって 若女将に それを中心にして食べたい旨を伝えた 若女将は「マルも いいの取ってはるさかい どうぞお越しやっしゃぁ」と 煽りたてるような返事である 今日黒谷に お念仏で行くから ちょっと遅くなるかも知れないことを告げた 今日の精進落としは 村田さんのお料理でいける やや雨で翳んで見える街中を 黒谷へと急いだ
 
 雨の真如堂に着くと 既に念仏講が始まっていた 八つの鉦が 『笹づけ』『仏がけ』などと称して 強弱の節をつけて鳴っている 大きな音で こころの中までしっかりと染み渡る 聞き入っていると いつの間にか雑念が すぅっと取り払われ 難解なお曼荼羅さまがよう見えて来るから 不思議である 
 
 ここ真如堂は 天台密教の御寺である 目の前に国宝の錦糸曼荼羅が 威風堂々と飾ってあり この金剛界と胎蔵界のお曼荼羅には 大日如来さまから 阿弥陀如来さま 釈迦如来さま 薬師如来さま 観音菩薩さま 不動明王さま 愛染明王さま 地蔵菩薩さま 毘沙門天などの四天王さまなどの諸菩薩と 餓鬼畜生の世界まで 理路整然と余すところなく この世の成り立ちが描かれている 曖昧模糊とした世界などではない 私はどこに存在するであろうか お曼荼羅さまを拝む度に いつも神妙に考え込む そしてこの宇宙の中に生存していることの 有難さを体現する
 
 私は真言密教の徒であるが 天台密教も 或る意味で凄い 鎌倉仏教の始祖達がみな天台密教で育っているのが目に引く 道元も栄西も法然も親鸞も日蓮も すべて比叡のお山で 修行している 天台密教の始祖最澄の教えの大きな特徴は二つあり 佛教を広める為に 学僧を多く集め 教育に熱心であったこと 法華経を重視し 浄土信仰の土台を作ったこと その二点が挙げられるであろう みな彼らは ただの一度も消えたことがない不滅の灯がともる根本中堂で 必死に修行していた 
 
 今宵の十夜念仏は 足利時代 平貞国の出家話(実際は出家しなかった)から 三日間だけの修行で終わっていた 出家する直前に 偶然にも 運良く執権職に奉ずるのであるが 阿弥陀如来のお陰だと言って 残りの七日間を念仏し 十日十夜念仏をしたことが始まりであった その後に後土御門天皇の勅命により 鎌倉光明寺で このお十夜さんが無量寿経の元に行われ 全国の浄土宗寺院に広まりを見せることになる まさにこの天台宗の御寺からだから 面白かろうと思う 又この天台の寺での念仏衆は すべて京都の人であり 天台の徒として 熱心に真摯に取り組んでいる 表に保元平治の乱の武者絵 裏に蓮の花の絵を 描かれた散華が 堂内高々と舞い上がる 念仏が唱えられる 声明も響く 鉦が鳴り響く どのような狂喜乱舞の世界であっても この念仏講の前では 静かになって行くのであろうか 11月5日から始まり 11月15日で結願となる ちゃんとした寺の行事には違いないが どちらかと言えば民間信仰の要素があると言える 私も いつしか熱心に念仏を唱えていた
 
 土砂降りとなっていた真如堂を出て タクシーに乗り 四条に戻った時は 八時を過ぎていた ヒヤヒヤしながら 料亭の和三土に立つ 若女将が直ぐ現れて いつもの部屋に通される 床の間には日本画家の叔父の絵が掛かっている 大原の秋景色の牧歌的ないい絵だ 「今晩は 芸妓はんはええのんどすかぁ」とにこにこしながら大女将が入って来る 途端に赤面して 注がれたビールを慌てて飲む お茶屋さんでもないこのような料亭で 何度か芸妓や舞妓をあげているが ほとんど客がいる時だけで 簡単なお座敷遊びを演出する為だった 下唇に紅をさした舞妓(一年未満の子)に 一度失敬な振る舞いをした外人を連れて来て以来 この料亭ではお世話になることはあるまいと思っていた だが大女将の一言に いささか反省をせざるを得なかったが 愛情さえ感じられる マナガツオの幽庵が運ばれて来る 熱いもの 冷たいもの 一品一品が運ばれて来る 大女将が年を取らないなぁと話しているうちに 膳がいっぱいになり 座が盛りあがって さしつさされつなっていた 大女将はちっとも姿勢を崩さない しゃきっとしている 私はじんわりと 彼女の優しさに ほろりと涙を垂れる どうしはったのかと言うような声を聞いたように思う 言え こうしてお付き合い戴くとは思ってもいなかったので 有難くと 言葉にはならなかった 真如堂の鉦の荘厳が 耳に残っていたからだ 必ず死ぬなと思っていた手術だったのが 今こうして生きている しかも酒を飲めている
 
 <料亭『菊乃井』の大女将の著書>
 
 お座敷の時が過ぎて行き 大女将に 代金の他に ご祝儀をポチ袋にねじ込んで 「板前さんやお帳場さんに差し上げて下さい」と言いながら 何とか渡す ほんの気持ちだ ことの他美味しい料理であった御礼を申し上げ 大女将の健康を祈って 一通り済んだ後で 座を失礼した さすがに念仏修行の片隅で お経を読んだ後だけに すべてのお料理に手が出ない 特にマル(鼈=スッポン)だけは よう食べられなかった 若い板前さんの運転で ホテルに向かう ワイパーに光る夜道は 万華鏡のように ユラユラと揺れて見えていた
 
 やっと自分ののベッドに横たわる そう言えば 月とスッポンとは 似ても似つかないことを言うが マルと言う呼び名がそうなんだと 妙に納得する 月もマル スッポンの背中もマルで 偉い違いやわぁと思いながら 意識が 次第に遠のいて行くのを感じた
 
 そんな夢を見た今朝であった 目にうっすらと涙を浮かべていた そして起きて直ぐ 夢のあらましをメモした 又 夢の話である ブログに書こうか書くまいか だが少なくともお酒を飲めるまでに 何とか回復したいが 一向にリハビリが進展して捗らない 気ばかりが焦っている証拠だろうか 明日から又一歩一歩頑張ろうと思う
 
  文中の 11月5日~11月15日までの 真如堂十夜念仏は 
  京都の紅葉を迎える直前に実際にある これが終わると 京都
     の街の中は 一気に紅葉の季節を迎える 口絵を 十夜念仏
     の結願の日のお練リと 本堂脇ニ咲く十月櫻を 一般の人に配ら
  れるタレコ止め(小豆粥)と本堂真裏の散り紅葉を 載せてみた
 
     但し本堂真裏の散り紅葉こそ 12月に入らないとなりません
 
 
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