呼子こひしや 烏賊釣灯り

 
                                                                                               風の見える丘公園より眺望す
 
   
 
   或る日の目的のない独り旅など
 
 福岡空港を降りて 地下鉄に乗る 普段レンタカーで行くものを その日は何気なく地下鉄に乗って 東唐津行きに乗った さすがに早く1時間ちょっとで着く タクシーに乗り 大好きな旅館『洋々閣』に到着 ここに来ると自分の家に帰って来たような気がする いつもの『烏帽子の間』に通される 野の花が 廊下や要所要所に 行き届いている 玄海灘に面した部屋から 庭一面が見える 松ノ木が 如何にも海のそばを表している 未だ三時 早い 宿に言って 唐津城まで出掛ける お城の入り口にある酒屋さんは 健在だ ここはワインの量は半端じゃなく置いてあるが 値段のつけ方が分かっていない そこが又嬉しい酒屋さんなのだ シャトゥーラトゥール83を たった2万で売っていた どうしてって店主に聞くと 父親の跡継ぎで店主になったわいいけど 唐津の人達はワインを理解してくれないから 安く売るしかないと 愚痴をこぼしながらも 頑固に安売りを続けている これが旅の楽しみの一つだ
 
 急な坂道を駆け上がると 本丸の入り口に出る 途中高校生の何部だろうか トレーニングしている一団に逢った 若い こんな時分があったのかなぁ 天守閣の上から 360度の眺望 右に鎮西 左に福岡のタワーまで見える 真っ直ぐ前は名護屋城だ 秀吉が朝鮮出兵した時の夢の跡 何の目的があって出兵したのか 恥ずかしい限りである 信長であったら 戦争などせず開国し 自由貿易の拠点にしていたであろう 比叡山焼き討ちや本願寺を残酷なまで攻めた続けたのは それぞれは 一国の政治体制に従う体系に出来ていなかったからだろうか 独立国家の様相にする為で 信長にして見たら 憎っくき集団で 必ず打破しなければと 強い信念があったのだろう だがただ一人として 信長の意向を汲み取る者はいなかった 幽かな風が吹いている そこに遠く防人(さきもり)達の歌や元寇の匂いすら感じて来る 最澄や空海が渡ったのも 見えるような気がする 波頭を乗り越えて来た鑑真和上を初めとする多くの優秀な渡来人 この狭い海峡の波頭を越えて来た それぞれの多くの思いが そのまま残っているかのようだ 近くは「天気晴朗なれど 波高し」で有名な日露海戦があった海でもある つわものどもが夢の欠片であろうか 玄界灘は凪ぎ 今晩は宵待月となろうよ
 
 『烏帽子の間』の風呂は大きな高野槇で出来ている 中央に湯船があって 入るとざぁっと贅沢にこぼれ落ちる 広さは8畳以上はあるだろう ゆったりと浸かって 浴衣に着替え 居間に行くと 既に前菜が並べられてあった 仲居さんにお願いしていたビールを開ける 一品一品が運ばれて来る どれも玄界灘で獲れる魚介類である 中でも 最も美味しいのはアラ 刺身よし鍋によし揚げても更によしであろう サカナの中で 最も淡白にしてコクがある美味だ 柔らかい佐賀牛のシャトーブリアンも少々出される どの料理にも 陶器はすべて大好きな作家中里隆の器であって 器の風合いは 一層料理を引き立てて 大満足 途中女将が 挨拶に見えられた これも愉しみの一つだ 大変な勉強家で 教養をお持ちであるが 一つもひけらかすことはなく それでいて飽きることはない しばしの歓談が 独り旅には嬉しい
 
  http://www.yoyokaku.com/ 洋々閣のホームページ
 
 そして就寝 どこからか匂い袋があるのだろう いい香りの中睡魔に襲われていた
 
 潮騒の聞える中を 旅館のクルマを拝借し 虹の松原を疾駆する 長さ5キロ巾1キロも続く海沿いの松原 防潮林の役目を担っているのであろう その中に たった一軒 朝の4時から 開業している喫茶店がある テラスで 未だ覚めやらぬ明け方 熱いコーヒーをゆったりと飲む 鳴き始めた鳥の歌 潮騒のさざ波 明けの明星 松林の静けさ うっとりとして 朝露と戯れる
 
 
 洋々閣の朝食は 大広間で 他の部屋のお客様と 同じ部屋で摂る 完璧な朝食 何もかも美味しいし美しい メーンのお皿は やはり中里隆を使ってくれている 嬉しいことばかりだ 食後中里隆の個人ギャラリーが館内に開かれているので 最新作を観に行く 相変わらず使い勝手がよく 絵唐津の筆捌きなどは 鮮やかにワンタッチで決まっている その日珍しくご子息の太亀(たき)さんの作品もあった さすがにご子息 手馴れたものだ しかも斬新さは 親譲りか
 
 宿の皆さんとしばしのお別れを約束し お見送りを受ける 今日はレンタカー 唐津の街の中は 唐津くんちの祭りの最中 大きな鯛の作り物の山車や恵比寿さまの山車や次々と ヨイショヨイショの掛け声のもと 威勢よく海岸へ走り去る 佐賀三大名物として 嬉野茶と伊万里トンテントンとこの唐津のくんちがあるが 今日はくんち見学ではない 
 
 http://ww21.tiki.ne.jp/~yamauti/kuntilink.htm 唐津くんちのリンク集
 
 先を急ごう 街中人が溢れる中を どうにかこうにか警察の誘導で 通り抜ける 海沿いの道を 呼子へ
  港に大漁旗が派手にたなびく呼子に着くと 未だ朝市が開かれていた そう1キロ以上あるのだろうか 日本三大朝市と言われている 輪島とここと 後は定かではない 高山説もあれば千葉の勝浦説もあるが 呼子だけは外れたことはない ズラリと並んでいる 新鮮な魚介類を中心に 何でも安い そこから直ぐ空輸してくれるのも 嬉しい シワくちゃだらけのご婦人方が多く店頭で 声を出す人出さぬ人 ほとんどの人は近在から来て 道の両面に店を構えるが 何故か手押しの古い乳母車にモノを乗せて運んで来る ゆらゆらと歩いている 大好きな光景の一つだ 美味しい匂いが立ち込める 烏賊の醤油焼きだ 呼子はムカシは 大々的な捕鯨港であったが 今はほとんどが烏賊釣船である 呼子の烏賊は特別に美味しいに決まっている 愛嬌のいいお婆ちゃんに捕まって 烏賊焼きをご馳走になる 隣の小母ちゃんが さっと透き通った烏賊刺しを ごそっと掬って ただでもいいんだから 食べてってと声を出す 年寄が多いが 活気は魚市場並みだ
 
 
 次に呼子大橋を渡って 加部島に渡る 目的の風の見える丘公園に行く 眼下に呼子の全景が見えるばかりでなく 近隣の島々 鎮西 有田 博多 名護屋城 ひいては朝鮮半島まで見えるような気になるから 不思議な場所である 唐津城での光景と同じであろうが 違う 風の意味が違うのだ 風車は現役で やや強く それでもうっとりとして 風に撃たれていると言った按排だ 何よりも心地いい 過酷な戦場となった海域 希望と夢を運んだ海域であるが そんな歴史の風土は 私に当たっている風で 何もかも帳消しになっているようだ 濃密な心地よさである しばらくぼぉっとしていた 
 
 http://www.yobuko.net/kankou/index.htm ライブカメラもある呼子案内
 
 加部島の最先端は牧場になっていて 牛が放し飼いになっている 草叢の中で しばし眠る 波戸岬に寄らずに帰ろう
 
 私は もう一軒寄ろう 中里隆の工房『隆太窯』である 代々唐津城の御用陶芸家の家柄に生まれながら 中里太朗右衛門を名乗りことは出来なかった 第十二代中里太朗右衛門の五男であったからだ ようやく祭りで喧騒も甚だしい唐津の街中を さっと離れた田舎の畑の中にポツンと建っている 息子と共同の窯と言う意味で 隆太窯と名付けられた 庭先に鯉幟のポールが立っている よく見ると 先端には 畳2畳ほどの金網が下がっていて どうやら鯵とかカマスなどの干物を作っている最中らしい 時々東京から ビオラの奏者を招いて バッハを弾いて貰ったり 最近は能をやっていると言う その居間も見える 観客は60人くらいは入るのだろう 当日隆本人が 料理を作り 客の接待にあたる そもそも隆は 自らの器創りの為に 京都の有名料亭で 一年間修行して来た身だ 器が どう利用され どのような傾向がいいか 自分でも肌身で体験して来ている ガラス張りの工房を覗く 蹴轆轤が数台並んでいる 今日はお祭りで 街へ繰り出しているのであろうか 誰もいる風ではない 登り窯は 開け放たれていて 窯入れの日は遠い 庭先を無断で歩いていると お弟子さんの一人がやって来た 先生はどうしてると聞くと お祭りで酒をよばれていると言う 名前を告げ よろしくと言い残し 私はお宅を失礼した
 
 ↑どなたかの隆太窯の見聞記 肝心の居宅部分が欠落している
 
 混雑する唐津駅前で どうにかレンタカーを返す 人ごみの中を 商店街を歩く 京町と言われる商店街である 中ほどに川島豆腐店がある 雰囲気のいい大好きなお店である もう午後になっているから ありつけないが 店頭に真裏で 中里隆の器に盛られた朝食メニューが素晴らしい 何かの干物 香の物 味噌汁 厚揚げの煮物 米粒が立っている銀シャリ そして食べ放題のザル豆腐 1500円くらいから 頂ける有難い美味しさだ 狭い客室だから 予約が必要だ 今では都内でも購入出来るようになっているが ムカシはわざわざここまで買いに来たものだ 今日もザル豆腐を戴いて帰ろう
 
 http://www.zarudoufu.co.jp/ 川島豆腐店のホームページ
 
 旅に何種類かの旅がある 仕事の旅 目的を持った祭りの採集をする旅 大好きな櫻に たっぷりうたれに行く旅 何か差し迫ったモノを調べに出る旅 人を招待し案内する旅 愛する人と出る何気ない旅 そうしてこんな風に 何の目的もない独り旅 私は風の向くまま気の向くままの独り旅をしないと どうしても収まらない気がしてならない 私が一番好きな旅は 目的がない独り旅である 今はこんな状態の身体 やっと来週から歩行訓練が始まる 今回も記事は いつか行った僅か一泊の独り旅を書きたくて書いてみた 早く旅に出られるような身体になりたいと 祈りを籠めて!
 
 
   口絵  絵唐津
       唐津南蛮櫛目方口鉢
       以上両方とも 中里隆先生作 本人写真
       洋々閣花守 ようこ作活花  色んな場所にさりげなく
       洋々閣玄関  及び洋々閣部屋
       (以上写真は洋々閣ホームページからの転載です)
 
  
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