サミエル・ウルマンの詩

  

  

 

   薔薇を抱えた102歳の少年

 

 今日 とってもとっても嬉しいことがあった 近くに住むお爺ちゃんが尋ねて来てくれた 

御年102歳 無論明治生まれである 曽祖父の後輩であり 仏間にお通しした 

線香を手向けたいと言うのだ 秋咲きのオールドローズを 数本手にしていた 

服装もなかなか洒落ていて アルマーニのソフトスーツに身を包んでおられる 

まだまだ矍鑠として 背を真っ直ぐにし 約1キロの道を自分で歩いて来られた 

付き添いは手持ち無沙汰のご様子 今は小さな薔薇園を 邸内で楽しみでやっておられるらしいが 

若い頃は外務省に勤務されていて 大変な困難な時代に 各国の大使を歴任されて来た 

曽祖父との親交が篤く 絶えず曽祖父にアドバイスを仰いでいたようだ 

今でも手紙のやり取りの束を大事に取ってある それを読むと 駆け足で焦って走って来た 

日本の近代国家の苦渋が手にとるように分かる この手紙もいずれ東京大學資料編纂所行きになるであろう 

帰り際「どうせ 独裁者と呼ばれる小泉なら 官僚支配の打破を遠慮なくやればいい 天下りなど 以ての外だ 

我々の感覚ではあり得ないことだらけだ 腐り切っている そうは思わないかい 櫻ちゃん」と言い残して帰った 

ご意見を伺った時 私も悪の一味かなと 思わず背筋を伸ばして伺った でもかわいらしいったらない 

真面目に甲殻泡を飛ばすように 言っていたからだ 現政府についても 相当な関心があるのだと 付き添いの小父さんが言う 

いつも薔薇を頂戴するのは 孫に当たるこの方からだが 今日の薔薇は 格別に美しいし 有難いと思えてならなかった 

病を抱える私にとって どれほどの勇気や元気を頂戴したか 途端に興福寺の無著像を重ね合わせ 

いつまでも健やかでいて欲しいと請い願った ペイントショップで無著像の絵を仕上げ 外を見上げると 

爽やかな秋晴れである 久し振りに見る 群青の透き通った東京の空を見て 

サミュエル・ウルマンの詩を 急に思い出した それを書いておこう

 

 

  青春  -Youth

 

  青春とは人生のある期間ではなく

  心の持ち方を言う

  薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな手足ではなく

  たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす

  青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

 

  青春とは臆病さを退ける勇気、

  安きにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。

  ときには、20歳の青年より60歳の人に青春がある。

  年を重ねただけで人は老いない。

  理想を失うとき初めて人は老いる。

  歳月は皮膚にしわを増すが、情熱は失えば心はしぼむ。

  苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い清新は芥にある。

 

  60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、

  驚異に魅かれる心、おさな児のような未知への探求心、

  人生への興味の歓喜がある。

  君にも吾にも見えざる駅逓がある。

  人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の霊感を受ける君は若い

 

  霊感が絶え、清新が皮肉の雪におおわれ、

  悲歎の氷に閉ざされるとき

  20歳であろうと人は老いる

  頭を高く上げ、希望の波をとらえる限り、

  80歳であろうと人は青春にして挑む

 

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