静かなる帰宅

 
  午前中 会社のクルマで帰宅した 三人の年老いたお手伝いさんが出迎えてくれた あがりがまちに昇ると 83歳になる最年長のお手伝いさんが ワッと泣いた 続いて二人も泣いた よくぞご無事でと 逆縁になってしまうのではないかと はらはらしながら待っていたそうである 彼女達は ネットの仕方を知らないから 弟から若干聞く程度だったのだろう 相当重いと聞いていたに違いない 三人の肩をそっと抱いて 有難うと思いを籠めて伝えた 2階の私の部屋に入る 生活臭までまったくない 綺麗さっぱりとしていて いかに死を覚悟して片付けていたが分かり 手術の恐ろしさを 改めて思い起こす
 
 庭先に出る いつしかすっかり秋の気配 そこそこに花が咲いていた 早咲きの台湾山茶花が 妙に清々しい 秋海棠は満開で 花薄も背丈を思い切り伸ばしていた 私はそれらをすこしずつ採り 仏壇に向う 相変わらずカサブランカの花が活けてある その脇に 庭先の花々をそっと置く 大日如来さまの手前にある父と母の位牌を前に まんじりともせず 両親を思い出す どうして呼んでくれなかったのと敢えて言う まだまだやることがあるでしょと 予想した返答が帰って来る 香を焚き 鉦を鳴らし 般若心経を唱える 深々と頭を垂れ 生かされてある現在の私に感謝する まさしく この身今生に度せずんば更にいずれの生に向ってか この身を度せむであろう 頑張らなくっちゃな
 
 続いて 当家には大きな神棚がある 伊勢神宮の外宮と内宮 春日大社 出雲大社 熊野権現さま 出羽三山の神々 大宰府天満宮まである いかにも八百万の神々である 祖先がその時々に勧進したものであろう 私は 手水場で 改めて手を清め口を漱ぎ 棚の両端に盛り塩をして真水をあげ 拍手をポンポンと打って 最敬礼をする お陰さまでと 何だか まっさらに清らかな気分になる
 
 昼 私が好きな麺類を準備していてくれた しかも稲庭ウドン 嬉しい 無論手作りの麺つゆ 浅葱・茗荷タケ・穂紫蘇・摩り下ろしの生姜と山葵 それに白胡麻が添えてある 盆の盥に 氷が乗り冷水を張って 稲庭ウドンが豪勢にたっぷりと盛れている 小柱とキヌサヤと玉葱の掻き揚げ ぬかづけはきゅうりと茄子とミニスイカと真桑瓜 南部産の薄塩梅干もある 鞍馬産のジャコ山椒まで 私は ここの食卓で みんなで食べようと声を掛ける しずしずとみな席に着く ウドンも薬味も麺つゆも すべて四人分にしてから やっと食べ始める 昼頃夏のような日差しが 一層美味しくさせている この歓びをどう表現していいのだろう すると60歳過ぎの最も若いお手伝いさんが ワァッと泣き出した ボロボロ涙が止まらない 続いて二人も泣いた よかったぁと小さく呟くのが聞えた 私は立ち上がって 再び一人一人の肩を抱いて それぞれに思いを籠めて 心配掛けたことを詫びて廻った こんなに歓んでくれて 何故今まで こうして同じ食卓を囲むことがなかったのだろうと 自分に腹を立てた みな家族に違いなかった
 
 

 
                                                                                                                                               早咲きの台湾山茶花
 
 
」 三人とも祖父の代からのお手伝いさんである 父も それぞれを可愛がり愛した 手習いを教えたのは父である 三味線とか英会話とか小鼓や能や民謡とかバードウォッチングとか 色々ある それぞれ得意分野があるようである 近所に 父はそれぞれに 別々のマンションを買い与えた それぞれに事情があったらしいが 今や孫や曾孫までいて それぞれが幸せである 一年前頃 辞めるかどうかの話し合いがあった 私の事情をどう察知したのか分からない いずれにせよ 老体では 迷惑掛けると言うことであった 私は即座に 他にやることがなく 死ぬまで仕事をしていたい意欲があるのなら 是非にと言って思いとどめた 他の社員同様社会保険と厚生年金に入れてあったから 年金の授給も高いようで 生活にはまったく苦労はないだろうが 私なりに 彼女達に ちゃんと給料を支払っている みな当家での仕事が 大好きらしい 四季折々 はっきり区別された行事が 何よりも好きらしい 私は自分の部屋に入らせなかったし キッチンは私の領域と決めていた 坊ちゃんと言われても 小学校の時から 飯炊きでも何でもさせられたからである それ以外はほとんどして頂いた 客人の対応から 電話や手紙の受付から 掃除洗濯 何から何までだから 決して楽ではないが 彼女達はそれぞれに 自分の分担を決めているようだ 話し合いで休みもお互いで決めているようだ 自由出勤にさせている 一人もいないことはない 私は一切文句を言うことはない 命令もしない やりたいようにやっててくれればいいと 但し今回のことでは キッチンを明け渡し しばらく交替で 自宅にお泊り頂けるようだから うれしい 泣いたり笑ったり 彼女達と もっともっと近くなったような気がする 私は一人ではないと
 
  花市場に頼んでおいた吾亦紅の花が100本届いていた 備前の大壺に 長いままの状態で 投げ込みで活ける 玄関でその作業を終えると 多くの鶴首を動員して あちこちに配置する 廊下の角 トイレ キッチンまで ようやく何となく華やいだ雰囲気になる 静かで 優しい時間が流れた
 
 早速専属トレーナーがやって来た 下半身中心のストレッチ 胸部のベルトはつけたままだ 両腕もグルグル廻す やっとほぐれて来てから スニーカーに履き替えて 英国大使館周辺を三周 結構きつい それとクルマが大敵である 喧騒には我慢ならない 竹橋から来るクルマ 半蔵門から雪崩れ込んで来るクルマの音には辟易とする 僅かな距離なのに 随分時を刻む 初日だからと言って 放免してくれたのは ストレッチを始めて 2時間後 今日は幾らか暑い 汗が滴り落ちる 水に近いようなお風呂に入る 長々と足を伸ばす いい気持ち リハビリこそ 毎日の積み重ねなのだろう
 
  浴衣に着替えて 大広間にあるからと言われ 数多くの会社や個人からの御見舞いの品々が うず高く積んであるのを見る 私も入れ お手伝いさんも入れ 無論最低の迷惑を掛けた秘書課を初めとした社員も入れて 賑やかに抽選会にしよう 盆暮れの時も 必ずそうしている 頂いたモノはみんなで分ける 社員が多くなって 外れが出る場合 旅行券を差し上げることにしているが 結構歓んでくれる 我が家の伝統の一つだ だが私は私の字で 丁重に御礼状を 近々に書こう
 
 今日は あの麻酔から醒めて 紐を解いて頂いて 皆さまに御礼の合掌して泣いた あの情念を思い出しながら 早めに休もう ブログの皆さまの熱いメッセージも忘れないけれど あの時のことは決して忘れてはならないだろう
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カテゴリー: 健康 パーマリンク

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