生きてあること

 

 
 
  何時ごろ目覚めたか さだかではない ぼんやりと見える風景は この世であろうか しばらくすると両手足が硬く縛られているのが分かる そう 私は生きてかえったのか ベッドは斜めになって センターに向いている ナースにううう・・・と言いながら 呼ぶ 呼吸チューブが入っていて ろくに利けない口で 両手だけ たった三分だけゆるめて欲しいと 目や口でしきりに懇願する ちょっとですよと言って ナースは両手をほどいてくれた ドクター10数人 ナースはその倍くらいいる そのセンターの方へ向って 両手をきつく合わせる ありがとうと ただ皆さんに感謝を表現したくて 数人が手をあげて笑顔で応えてくれた 涙があふれて仕方がなかった そして再び縛られた
 
 実は死ぬことを覚悟していた 重篤な状態であると知らされてからだ 直ぐに手術を受諾した 麻酔を掛けられ ふぅ~~っと意識が遠のく ああ死ぬってこう言うのかとアマタをよぎる 弟に最期の別れを告げるように 明るく振舞いながら手をかざしたまでは うるおぼえに憶えている 朝の8時頃だったろうか それから何時間経ったのだろう 真夜中に違いない 不思議に こうして生きていた 何に感謝するか ドクターやナースは勿論だろうけれど 脳裏には あらゆるものが浮かび 世界にあるものみなすべてのものに対して ただただ感謝したい気持ちでしかなかった それしか浮かばなかった 有難い ただその一念だけ
 
 術後初日の昼頃だっただろう CCUからICUの無菌室に移動される 直ぐに普通食を与えられたが 半分も食べられない 痛みがそこここに走る 長く一定のまま寝ていたせいか 変な箇所まで痛い ドレーンと言う心臓に直結している太いパイプを始め 点滴数本やオシッコや心電図や酸素チューブなど 数本が身体中で刺さったままだ ナース三人が来て 歩行訓練ですよと言う えっどうやってやるのと思っていたら すべての管をパイプの竿のようなものに一束にして ぶら下げ ベッドから無理矢理起こされた 車椅子で部屋を出ると 長い廊下が見える ICUの廊下は 片側25メートルしかないと言う そこを端から端へ2往復しろと命令される とてつもない距離に思う 始めの第一歩
 
 そう その一歩がなかなか出ない 心臓が爆発するような怖さ 痛み そしてこの一歩とは誰に向って進むと言うのか ふと必死な考えが鋭くえぐるように浮かぶ 待っていてくれる人の為に ただ進むしかない 私はそうきっぱりと思うことにした 一歩 そして二歩 やっとよたよたと歩き始めた わずか100メートルを歩くのに 多分小一時間はかかっただろう ナースは少しも妥協しない ようやく歩き終わって ベッドに横たわる 又涙があふれる まだ見ぬあなたへの第一歩を歩いたと
 
 手術では完全に意識はなく 夢すら見なかった だがようやくウツラウツラとしている最中に 夢らしいものを見た あなたであろう広隆寺の弥勒菩薩さまか 永観堂の見返り阿弥陀さまか 室生寺の十一面観音菩薩さまか ラファエロの大公の聖母マリアさまか それともヴェズレーのタンバンにあったキリストさまなのだろうか それがよく分からない いずれにせよ 傷ついた私はミケランジェロの『ピエタ』そのものではないだろうか それが私が言うあなただったのだろうか うすめを少し開けると 弟がそこにいた 私はありがとうとしか言えなかった 涙があふれる 言葉が足りないと思いながら 又泣けた 私は生かされた
 
 
 (理事長のご好意により PCを時間制限付で打たせてもらう歓び 何も換え難いし 深い感謝あるのみ 早く通常の生活にもどれるようにとのご配慮もあるようで そにしても有難いです 今日200㍍歩きます 櫻)
 
 (皆様からの多数のコメント有難う御座います 済みません現在更新だけでいっぱいいっぱいかなぁ 近いうちにコメント返しをさせて頂きますね どうかどうか ご容赦のほどを 有難う御座いました 手の甲も2本の針が刺されたままの櫻)
 
  
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