小野田寛郎さんの言葉

 いよいよである 昨日茫然として テレビを見ていたら 小野田寛郎さんが久し振りに出ていた ルバング島で 戦友とともに生き そして最後になってから 52歳で日本へ帰国し ご両親とも逢っているが 30年の長きに亘る孤独な闘いは 決して漫画ではないのだと それを証明したく たった1年後に ブラジルの原野に渡った 厚生省からの援助で生きるのではない 仕事をして生きるのだと 全国から集められた寄付は 靖国に1円も残さず寄贈している そして荒れ果てた原野を耕し 金銭的な苦境も半端ではなかったようだ あれから既に30年 現在83歳 矍鑠としておられた 実に広大な土地に 1800頭の牛を飼う牧場主にまでなっていた 経済的に余力が出来てから 浜松であった母親撲殺事件に心を痛め 日本の土を将来 どこの誰かに踏みにじられるのは敵わんからと言って 時々帰国して 『財団法人小野田寛郎自然塾』を主宰し 既に20000人の子供達を世に送り出したと言う 彼にとってはいずこも闘いの場であったのだろう 
 
 
 偉い人は幾らでもいるものだとしみじみ思った 過去15年の平均睡眠時間約3時間の 僕の奮闘を いささかも後悔していない そればかりか 多くのスタッフに支えられ 私は常に幸運であった そして再び生還したら 以前よりまして 人の為に頑張ろうと思う 但し人には肉体的時間的な限界があるだろうから それに逆らってまで挑戦しようとは思わない 出来ることから コツコツとやろうと思う 多くの時空を超えた感謝の気持ちは 決して忘れずに生きられるような気がする 2度も与えられたイノチであるのだから どんなにか有難いことであろう もう一度小野田さんが 我々に語った言葉を復習したい
 
 愚痴や悲嘆は ちっとも前向きにはならない それをすれば 前へ進もうと言う気力や推進力が その分失われる (小野田寛郎 証言す)
 
 
  口絵は 大好きな尾瀬の風景です 又是非行きたいのです
 
 
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