酔芙蓉こひしき風の盆

 
 
  もう直ぐ風の盆が始まる 越中八尾の風の盆のことである 9月1,2,3日毎年必ずこの日祭りは挙行される 私が母に連れられて 風の盆を観た最初は 30年前 小学校に入って直ぐの初秋だった 母は毎年この祭りを楽しみにしていて 若い頃から通っていた その時母にどうにか頼んで 八尾の風の盆ってなんだぁって 不思議な言葉の響きに初めから 酔っていたかも知れない 未だ蒸し暑い日々が続き 母は絽の着物に袖を通して さっさと運転手付きの自家用車に乗り込み 私を連れて来てくれたのだ
 
 八尾は小さな坂の町であった 風がさわさわと吹き渡る井田川を すぅっと渡り 狭い町の中に入ると どこからともなくお囃子が聞こえていた 忍び泣くような胡弓 魂に真っ直ぐ刺すような三味の音 ポコポコンと軽やかに響く太鼓の かわいらしい音色 すっ高い高音の歌声 既に母は夢中になって そのお囃子の鳴る方へと急ぐ 私は大勢の観客からはぐれないように 母の手をしっかりと握る 汗ばむ母の柔らかい手の感触 輪踊りで オンナもオトコも菅笠を目深に被り オンナは緩やかでしなやかな踊り 私は彼女達の指の動きにうっとりして見ていた 真後ろで拍子を取るようにオトコ踊りが勇壮な感じで 際立ってテキパキと入る 母の顔を覗く 既に悦に入っていた これほど美しかったのかと 母の顔をしげしげと見入る そして私達は幾つかある一団を追い掛けて 陶酔しながら付いて廻った
 
 午後10時を廻ると 富山に帰る電車の都合で 一旦人垣が崩れ 散会して終了した クルマは夕刻遅く着き 井田川の河原に停めてあったが そこで 私に簡単な夕食をとらせると 運転手に頼んで車内に寝かし付けるように命じ どこかへ去って行った 何も知らない私は 毛布を掛けて貰い ほとんど直ぐに寝込んだと思う
 
 翌朝白々と明けて来て 乳白色の霞が掛かった井田川のほとりで目覚めた 坂の上の方から ようやくお囃子の音が はたりと消えた グミの木が蔽い茂っている 川の音が気持ちよく響く 夕べのあの踊りは何だったのだろうと ただぼんやりと見渡していると 町の中心部の坂道から 母が下りて来るのが分かった こんな明け方まで 母はこの祭りに夢中だったのだろうか 私は少々訝りながら 車内の座席にどかっと腰を下ろした母に聞いた 何処へ行っていたのと 母はううんと言いながら 帰りのクルマの中でぐっすり寝入っていた 美しい母の顔があった
 
 その時を切っ掛けにして 私は祭り好きになった 私もそれから このおわら風の盆に何度も足を運んだが 中学校に入った頃だったろうか 高橋治が男女の不倫の話を書いた『風の盆恋歌』と言う小説を発表し 続けざまに石川さゆりが 同じ表題の歌謡曲(なかにし礼作詞)を歌ってから 八尾の町ががらりと変わってしまった 圧倒的な数の観光客 大きな会場で入場券を取って催される踊り 風の盆会館が出来る 素朴な印象は次第に失われていった それとは別に 観光客が帰ってから 夜半小さな集団で 町中を練り歩きながら 演奏や踊りがあるのは『町流し』であることを 随分後になってから知った 風の盆の本当の姿を見に あの時母は私を置いてぼりにして 一晩中見て歩いていたのか 時が変わり行き 母は八尾に余り出なくなった そんなある日 一年前に他界した父を追うようにして 母が死んだ 6月9日泰山木や枳殻や梔子の白い花ばかり目立つ朝であった
 
 町中を流れる清らかな小川の水の流れ 日本の道百選に選ばれた中心部の道 坂 お囃子 町流し 色香溢れる踊り手 八尾に吹く風 五穀豊穣を祈願して踊られるあの風の盆は 底辺は何も変わってなかろうと信じ 母が亡くなり ひと夏を越した初秋 どうしてもその事実を認めることが出来ない思いを抱きながら 久し振りに八尾に来た 観光客がいなくなり 幾らか静まりかえった町に 夜半再びお囃子が鳴る 私は 母と同じように夢中になって ある一団を追う 相変わらずの歌謡
 
 ♪春風吹こうが 秋風吹こうが おわら恋風 身についてならない
 
 ♪見たさ逢いたさ思いがつのる 恋の八尾は オワラ 雪の中
 
 ♪三千世界松ノ木ァ 枯れても あんたと添わなきゃ 
                        娑婆に出た甲斐がない
 
 ♪揺らぐ釣り橋 手に手を取りて 渡る井田川 オワラ 春の風
 
 ♪見送りしましょうか 峠の茶屋まで 人目がなければ 
                           あなたの部屋まで
 
 考えて見れば 小学生が見るような踊りではない 余りにも色香が溢れているからだ 切ない情念も溢れている ちょうどそんなことを茫然と考えながら見ていた時であった 母の面影に そっくりな女性がいるではないか 私は その人影をするりと追った 菅笠が深い 細い道でも両脇には清らかな水が 溢れるばかりに滔々と流れていた 酔芙蓉はすっかり夜の闇に眠りについている するとあっと言う間だった その彼女の姿を見逃してしまった 私は必死になって探した だが 見る影もなかった 夜が明けて来る 胡弓が最後に ひりりと泣いた はっと我に返った時 あの人は間違いなく母であると信じられて息苦しかった ボンボリが空しく 明けた空に 所在なげに立っていた
 
  そう言えば 母は 越中八尾の風の盆は 大都会で暮らす私達のような傷ついた人達に 怨念や憎悪や苦悩や 様々な呪縛を捨てられうる 人間再生の祭りであると言っていたように 記憶している 今日も又 母の仏壇にお祈りをしよう もうあの面影は追うまいと決めながら
 
 
  < お断り > この記事は 我が愛する母への追悼の思いを籠めさせて頂きました 母が亡くなって 既に10年余 そろそろカラリとした気持ちで 思い出してあげないと 成仏はしないのではないかと 思われたのです それを最も表現しやすかったのは 思い出深い この八尾の風の盆でした あの雰囲気をお伝えするのと ほとんど同期に母を瞭然と思いだせるのです 花咲か爺さんは 本当にいたんだよと 最期の最期まで教えた母でした 思い切り淋しさと哀しみを籠め 記事を書きあげました お陰様で さっぱりとした晴れやかな気分です そのような勝手な思い入れに お付き合いして下さった皆様に 深い敬意とご尊敬と感謝を申し上げたく存じます 有難う御座いました これで少し大人になれたかと歓んでおりまする 有難う御座いました
 
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