熱きこころ ゴンドラの唄

 今年あちらの世界に逝った人で やっぱりヤスさんが一番痛手だった 最も信頼していたからだ 自分のことでは軽妙な方で 会社のことになると 大いに執拗になって大活躍してくれた それがなくなって 何かぽっかりと穴が開いたようなものだ 私の教育係りになって頂いたし 私も信頼した 昔の席亭の息子だったらしく 芸能界に巾広く顔が利いた 彼とほとんど同年輩に逸見正孝がいた ある日ヤスさんは「芸能界でもさまざまや、飛びっきり音痴もいるから そいつの歌でも聞きに行きましょうかぁ」と誘われるままに 六本木のとあるカラオケバーに行った 既に独立していた逸見正孝氏が実直そのものの姿で待っていた 一頻り仕事の話を済ませると カラオケをやろうとヤスさんが口火を切った 困り果てたような顔の逸見氏 ヤスさんは美空ひばりの『みだれ髪』を歌う 僕は井上陽水の『心もよう』を歌った すると逸見氏は未だにモゾモゾとして 歌う気配がない そこで再び僕はマイクを握り 井上陽水の『リバーサイドホテル』を歌った 仕方なく逸見氏は立ち上がる そして何と ヤスさんは打ち合わせをしてあったかのように なにやら曲をセットした 何と『ゴンドラの唄』だった 曲が進む 音痴で時々外れた 私は笑うのをグッと我慢して聞いていた 逸見氏を見る 「いぃのぉ~~ちぃ みじかぁ~~しぃ 恋せぇよぉ~おとぉめぇ~~」 見ると彼は涙を流しながら 必死に歌っていた フルコーラスが終わる頃 顔は涙でクチャクチャになり ヤスさんと私は ヤンヤの喝采を送った 聞くと 酒も駄目なら歌も駄目で この歌しか歌えないと言う 結婚する時この歌を 真剣に最後まで歌い切って ご夫人のハートを射止めたと 息も荒いうちに しみじみ考え深そうに話していたのが印象的だ 彼は間もなく マスコミの前で胃癌であることを宣言をして その3ヶ月後鮮やかに亡くなった あの時ヤスさんと どこかその辺の安酒を飲ませる店で したたか飲んだ記憶が蘇って来る あれから10年以上なんだろうか 今度はヤスさんがほぼ同じ病気で 今年忽然と亡くなった
 
 今から4年前 ふとした切っ掛けで 女流歌人と知り合った 当時静岡に住んでいた宮田美乃里さんと言う方だった 最初は立ち話程度で 和歌の話をしたことを覚えている その後何度かメールのやり取りをした 美しい方で 何故この方に恋人の一人や二人いないのだろうかと不思議だったが その後のメールで 幾らか明らかにして頂いた だがプッツリと音信は途絶えた
 
 ところが去年の初頭 荒木経惟(あらきのぶよし=通称アラーキー)が一冊の写真集を出版した 何と彼女の写真集『乳房、花なり』であった 私はその本をめくって 腰を抜かすほどの仰天をした 彼女は乳癌で 生きた証を写真集に収めたいのと言う 見事な本の出来映えもいざ知らず そんな彼女をもっと知りたくなった 対人恐怖症が酷かったのだろうか 若い時から自殺未遂を繰り返した 敏感過ぎる感性がそうさせたのか 劣等感の塊でもあったようだ どうにかこうにか大學を卒業した その後彼女は大好きなフラメンコの踊りを生かし プロのダンサーとして大活躍をした時期もあった 持ち前の美貌に加え 素晴らしい才能が開花した瞬間だった 或る男性との不倫など何人かのお付き合いもあったようだが 10年もの長い間付き合っていたのはたった一人 やがて乳癌の通知によって その彼から婚約が破棄されることになる 居た堪れない破局 そこでも何度か自殺未遂を繰り返す 「スミレにはスミレの美学もあるならば 誰も私を規定出来ない」と言う歌に託して 彼女は手術を受けないことを決心  「副作用で苦しむなら 私は延命したくない」と 花のまま死ぬことを決断するのだった だが膿んで来る 仕方なく片方を切除した 写真集を決断したのは その後であった そしてアラーキーのその写真集を見て もう一人宮田美乃里ももとへやって来る 作家森村誠一である 彼女のイノチを正視出来ず 何の作家かと言わしめて 数十回彼女のもとへ駆けつけ 『魂の切影』と言う小説を上梓している この二人の大物作家は 最期まで宮田女史を見届けているが 私には 大物二人の間に入って お邪魔する勇気はついぞ出なかった
 
 やがて霧雨のように 静かにその時が忍びよって来る 今年3月27日櫻の開花に合わせた日であった 図のような短冊の歌一首を書いて 翌朝7時宮田美乃里は この世から 消えた 享年34歳の若さであった その時 あの泣きじゃくりながら歌った逸見正孝を思い出した 「いぃのぉちぃ み
ぃじぃかぁ~~しぃ~~ 恋ぃせぇよぉ~~ おおぉとぉめぇ~~」 あのゴンドラの歌であった
 
 宮田美乃里 生前最期の櫻とともに
 
 
                                                        
                                       宮田美乃里の辞世の句
 
 
 
       南無大師遍照金剛菩薩さま 花と散った彼女の魂をお救い下さい
 
 
 
   もう一人忘れてはならない人がいる 奈良のひぃちゃんである 以前ひぃちゃんが 大好きなった美しい松江に住んでいた ある日突如奈良の実家に帰ってしまった ひょんなことで知り合った人だが まだ一度も逢っていない ひぃちゃんは きっと僕のブログを 毎回楽しみにしているに違いない
 
  ただひぃちゃんは 現役の乳癌患者さんだ 彼女には 恋人がいる 恋人の胸で 思い切り甘えるべきだ 私は そう思って 冷たいようだが 逢っていない しかも長年患っていたと言う 何故もっと早く言わなかったのか 非難したが 彼女を非難してどうなるものでもない
 
  いつか半夏生のことを書いた 貴女のためのブログだった 大和盆地の風習を取り上げたからだ 最期の最期まで しつこくこの世にいて欲しい 私はそう願って書いた 願ってもなかなか人間に生まれて来ることはなかろうと思う だからこそ しつこく全うして欲しいのである
 
  感謝は忘れないで欲しい 特に未だ健在なご両親さまには 感謝して欲しい 先に逝くことを 深々と謝罪して欲しい そして逝くことを 恐がらなくてもいい 病がない別な世界に逝けるのだから そしていずれ追っ付け 私も逝く 楽しみに待っていて欲しい
 
  
 
 
    南無大師遍照金剛菩薩さま どうかひぃちゃんを お救い下さい
 
 
 
 
  それにしても 子宮を切除してしまう女性も多い オンナでなくなることが そんなに嫌なのか 私には理解出来ない おっぱいがなくなることも 何故嫌なのか 理解出来ない オンナである前に 人間であろうとして欲しいと 切に願うばかりだ ただたった一人でいる女性は その判断が難しいかも知れないが 結婚していたり 恋人がいる人は 堂々と告白して 早めに処置すべきだとしか 思えない
 
  セックスの愛情はたいしたことはない 問題は 相手と向き合って きちんと生きられるかどうかだ 愛情の極致は 慈愛である 相手をいつくしむこころがあれば 何も恐くはない 私はオトコだから 勝手なことばっかり言っているのだろうか でももし それを理解せず 婚約を破棄したり 急に冷たくなるようなオトコは オトコではない もっと信じあうべきだと思えてならない ゴンドラの唄を歌おう!
 
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