かまちよ 今どこに

 
  
                                                                                    『プリーズ・ミスターポストマン』15歳に作
 
 
   5年前の8月10日 伊香保温泉での保養の帰り 私は高崎にいました 気温40度近く 関東でも ここは特別に 夏は暑く 冬はやけに寒いところで有名です 駅前を真っ直ぐ走り 高崎山の方面へ 和田橋を渡り その先を左に折れる辺り一帯は 普通の住宅街で そのただ中にクルマを止めました ドアを開けた瞬間の猛烈な暑さを 今でも忘れることは出来ないです そこは広瀬画廊と言う場所 つまり『山田かまち水彩デッサン美術館』がある場所でした 水彩画などの多くの肉筆画やノートブック エレキギターやラブレター 様々なかまちの遺品が ずらりと並べられています 私は 入って直ぐ 大変に驚きました 私はこれほど衝撃を受けた若者は かつていただろうかと 無垢で真っ直ぐなパワーに溢れていたからです 私は 一つ一つ感動で泣きながら かまちの展示を見て歩きました この子には もっともっと生きて欲しかったなぁと アタマをよぎりながら しみじみと思いながらでした ちょうどこの日 かまちの命日の日だったので それも驚き 不思議な気がしてなりませんでした
 
 実は 昨夕大好きなテレビ番組「美の巨人」を見たのですが 山田かまちと言う17歳で亡くなった その高崎の子供の話だったのです 画家でもなく詩人でもなく 何者でもない普通の若者 彼・山田かまちのことは 言うまでもなく皆さんの方が 既によくご存知だろうと思われます でも私のブログに敢えて書きたかったのです どうか御許し下さりますように
 
 テレビではこうです 山田かまちは1960年生まれで 幼少の頃から 大変に絵が得意な子でした 特に怪獣の絵が得意で 怪獣の絵本などはボロボロになるまで読んだとか 小学校3年生の時描いた動物の絵の紹介や 今日の一枚として『プリーズ・ミスターポストマン』の水彩画を繰り返し映していました 高校受験で 思わぬ不合格 そして大好きだった祖母の死 それらがターニングポイントとなって 再度高校受験 次第に絵は荒れて行き 激しい言葉の炸裂 美しく豊かな色彩だった子供の頃の絵はとうに消え 溢れるような感情の噴出 激情だけがむき出しのまま突っ走っただろうと 多くの詩篇が物語っております そんな生活の中で 最も大切にしていたのは 海外に住む同年代の人たちとの文通だったのでした 愛を激しく告白したラブレターも又 郵便配達員のお世話になり ポストマンには 彼にとっては特別な感情があったのではないかと そしてそれがいみじくもビートルズのナンバ-から つけられた絵の題名でもありました 今日の一枚は そうしたすべての事情と経緯から この絵に選定したものだと言うものでした ただこの絵は あの暗黒の激情の時期の たった一枚の美しい絵だったからでもありました
 
  高校教師たっだ父親と仕事を持つ普通の家庭の子供です それが何故ここまで 多くの人達に反響を得ることになったのか それは彼は 何よりも純粋無垢だったからでした 特に偏差値に対しての反抗は尋常なものではありませんでした 信じて疑いがなかった最初の受験の失敗があったからでしょう すべての行動基準は かまち独特の感性と純粋無垢なこころだったのです 自由自在に走る筆致 それは絵のみならず 文章にも言えています 激しい中にも きらりと光る原石があったのです
 
 私が見たかまちも 激しいものが多かったのですが 若いのに 美しい色香すら感じられたのは 本人の力量のせいだったのでしょうか 素晴らしいピュアな作品群ばかりです ラブレターも傑作でした 愛を告白された彼女本人が後から この画廊に あの時の述懐を寄せています あの時は 私は未熟だったと 思わず微笑んで読ませて頂きました 確かにかまちは早熟な子でした 晴れて 天下の名門高崎高校に入学した時 ビートルズやピンクフロイトなどの音楽に 圧倒的に目覚めて行きます 同じエレキ仲間に 現在でも大活躍されている あの氷室京介が同級生で 同じ仲間だったと言ったら かまちの力量の一端も お分かりになるでしょう 激情のシュトゥルムウントドランク(疾風怒涛の時期)には そのくらい素晴らしい仲間や鋭くえぐる環境の中にあったのです 晴れて入学した高校の夏休み 悲劇は突然訪れます 上半身を裸で エレキに夢中だった その時汗が身体中に吹き出るうち 突然電気が走ったのです 感電死でした 感電死したエレキも展示してありましたが 残酷な展示だったと記憶しています その時かまち17歳の1977年8月10日の日でした 
 
 私は この夭折した山田かまちを 間違いなく天才的な画家であり 詩人であると 断言していいと思うのです
 
 かまちが 亡くなってから ベッドの下に 密かに隠されていたものが 現在展示してある作品のすべてです 1000点もの作品があったのですから 驚きです 死んで後初めて かまちの実態が明らかになったのです そして一人の少年の死が 多くの人々を感動させているのです ただあの少年のこころに 誰かが もっと踏み込んで理解していたでしょうか 子供から 大人に向かう途中「難しいのよ」 でもそれだけで済ませられるものでしょうか 何も知ろうとしないだけではないのでしょうか あんなに爆発したピュアなこころを もっとたくさん受け止めて 深く傷ついたこころに 少しでもやさしい潤いや活力を与えてあげられたら あんな早死にをしなくて済んだのではないかと もっともっと向き合って頂きたいのです 貴女のお子様は天才かも知れないです そこまで行かなくても 素晴らしい感性を持ち合わせているのかも知れません どうしても真正面から向き合って頂きたいなぁと そんな感想を持った暑い夏の日でした 皆さんには かまちのピュアな思いを 機会があったら是非とも実物を通じて見て頂きたいのです 
 
 それから展示室中央に 会場に来た人達が書き込みをするノートが無造作に置かれています 私も 一筆書いてまいりましたが そのノートも 既に400冊を越えたと言います ほとんど引き篭もりの子供達が そこに タラタラと書いて行くのですが かまちが あなたの言い分も言ってくれてるんだよと ふと思えるのです 若者にだけ凄い反響があって それでは済ませられないと思われないでしょうか
 
 もう一つ話題があります 子供の理解と言うことでの 話題のつながりで 是非お奨めしたい小説があります 新潮社刊の文庫本で重松清作『きよしこ』と言う小説です 涙なくしては 読めないかも知れません ドモリの子が主人公です 幾らドモリであっても 言いたいこともあり 書きたいこともあるはずです 間違いなくイジメの対象になる子供の話です 私は 多分このきよしここそは 作者本人ではないかと密かに思っているのですが 素晴らしい感動の一冊です きっと生涯何冊も出逢えないくらいの 素晴らしい お奨めの本だと信じています 子供から 大人に進む子供達はみな孤独です 非行に走るのは 大人達の責任です 淋しいのは 大人達が悪いからです どんな責任を果たしているでしょうか 子供は宝物です ちょっと遊離してるかなぁ そんな思いがある時 必ずこの本は 素晴らしい示唆を与えてくれるものと信じて疑いません
 
 
       口絵 山田かまち 遺影 大好きな動物に囲まれ幸せそう!
           『チーター』 小学3年生
           『サイ』 小学3年生
           『ゾウ』 小学3年生
           『てんとう虫』 小学3年生
           『トラ』 小学3年生 
           これら動物の絵は一日で30枚描きました
           かまちの美術館に 全部揃って展示してあります
 
 
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