酸漿(ほおずき)鳴らし

 
 今日あちこちで梅雨が明けた 一転して酷暑である 朝から何もしないでいた 濡れ縁に酸漿(ほおずき)が 見事に光っている 浅草寺の酸漿市で誰かお手伝いさんが買って来たのであろう 酸漿(ほおずき)は嫌われ物であった 畑に蔓延(はびこ)るだけである 採っても採っても採り尽くせないほど蔓延る いつの時代か それを目の敵にして来た農夫たちによって 逆に栽培されるようになって それが浅草の縁日で売られるようになったのである 
 
 この縁日とは観音信仰の証である4万6千日の功徳の日のことであろう この日参拝すると 四万六千日分の供養したことになると言うのだ その数字の由来はよく分かっていない 枡の一升分に入れた米粒が四万六千粒だったとか それを引っ掛け 生涯無病息災でいられる意味なのであろうか 或いは四万六千日を人間の生涯に直して見ると 年齢は126歳分になる 従って この有難い功徳がある日にお参りすると その年齢まで生きられると言う意味でもあるのかも知れない 然し諸説あって詳細は分かっていない その浅草の観音さまと言えば 秘仏の如意輪観音さまのことであろう 普段見せることがない秘仏を 観音さまのこのご縁日に限り お姿を拝顔出来るのである 息災でいられるよう 境内では薬の意味がある酸漿が売られる これはムカシ薬として売られていた 解熱剤としてであった 酸漿を 普段鬼灯(ほおずき)とも書くが 私はこっちの酸漿が好きだ 薬らしいからである
 
 フランスでも酸漿がある 葡萄畑のあの棚の下に遠慮なしに生えて来ると言う この国でも嫌われモノであったようだ だがある地方では この酸漿をワインの中に沈めておくと言う それを冬の寒い日に 取り出して ぶちゅっと噛むのであろう 冬のさくらんぼと呼ばれているらしいのだ こんな風情を誰
あろう ジャン・ギャバンやアラン・ドロンなどの口に含ませて見てはどうだろう 案外さまになるのではないだろうか 
 
 空想は続く ムカシ母がよく酸漿を鳴らしていた 我が家の夏の風物誌であった 丹波の酸漿を特に仕入れ 母は赤い頬っぺたを膨らませて口にした 母のそこはかとない色香が漂った記憶が蘇って来る 種を口の中でクルクル廻すらしいのだが 私には出来ない 少女のような可愛いらしい
母の横顔を 今しみじみ思い起こす 花咲か爺さんの話は 本当にあった話なんだよと いつも私に言って聞かせた 正直に生きろと 母はいつもそう教えた 今時珍しいのかも知れない 思わず涙が溢れて来た 私は酸漿 を一個取って 父と並ぶ仏壇にあげた 法句経と観音経と心経をあげた
 
 
   釈尊の十善戒
 
    不殺生(ふせっしょう)    むやみに生き物を傷つけない
    不偸盗(ふちゅうとう)    盗まない
    不邪婬(ふじゃいん)    男女の道を乱さない
    不妄語(ふもうご)     うそをつかない
    不綺語(ふきご)      無意味なおしゃべりをしない
    不悪口(ふあっく)      粗暴な言葉を使わない
    不両舌(ふりょうぜつ)   中傷しない
    不慳貪(ふけんどん)    ものに執着しない
    不瞋恚(ふしんに)     怒らない
    不邪見(ふじゃけん)    間違った考え方をしない
 
 経文を唱えながら 改めて釈尊の教えをアタマに叩き込んだ 暮(くらし)と言う字と墓の字は兄弟である 日の当たるところにあるのが暮らしであって土の中の埋もれているのが 墓である オノレの暮らし向きを 考えるのにお墓参りをする このお盆は格好の季節かも知れない 酸漿は真っ赤に光って 仏壇の上に鮮やかに こちらを向いていた
 
 
            口絵  浅草鬼灯市   いとしき酸漿(ほおずき)
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