風 薫るれば

 

 たった今ようやく帰って来た 1週間の旅だったのだが 物凄く長い旅だったような気がするが

 仕事の量も半端ではなかった 朝食頂きながら会議 夜もスケジュールがいっぱい ベッドに横になると 

ぐ熟睡してしまった 仕事以外では たった一度だけ 強引にヴェズレーに行った

 

 リヨン到着初日 午前中は仕事に明け暮れ 午後の日程が漸く暇があるのを見て 思い切り 侭を言う 

どうしてもヴェズレーに行くと言い出したのである それも午後遅かった 

セキュリティーの人も同行すると言うのだが なるべく単独で行こうとした 無理だった 

結局3名ほどついて来た クルマでローヌ川を上りボーヌを目指す 更に奥へ 

葡萄畑が延々と続き 山を越え谷を越えて行く 距離的にパリとちょうど中間点かも知れない 

やっとヴェズレーの村が見えた時には さすがに辺りは暗くなり始めていた 

どのくらいの人が住んでいるのだろうか 多分千人くらいなものだろうか 案内のドライバーが 

ここは ロマン・ロランが住んでいた住居ですよと言われて プレートを横目で見ながら 

村の一番奥へ あった これがそうなのか ヴェズレーラ・マドレーヌ聖堂 

 

 静かにファサードに近づき 次第に暗くなり始めた聖堂の前に立つ 湧き上がる感動 涙が零れうになる 

やや小さ目で 素朴な聖堂 これがロマネスク芸術の極致なのか 作り過ぎていない分 

感動が余計深かった 運良く中に入れた ナルテックスから まじまじとタンバンを仰ぐ 

大きなクリストの像 まるで救世観音の裳裾を表現しているような衣装

その脇に人が幾人か小さく見え まるで我々を巨大な慈愛で抱擁をしているようかに思える 

身廊は圧倒する 奇跡の荘重さ 梁にある縦の線はいかにもイスラム式紋様の影響のようにもえる 

奥まった場所に内陣があって そこだけは多分ロマネスク調ではない ゴシック調の背丈の高い天井があった 

但し単純な十字架のみ 夕陽があたって荘厳な祈りを演出してくれるといった具合だ 

そう言えば似たような感動を どこかで味わったことがあったような気がする 

どこかのシトー派修道院に行った時の感動とそっくりだったかも知れない

欧州各地の至る処に シトー派修道院あるが 多分この近くだったような気がする 

そこも質素で それが美しくて 感動をしたものだった 

ここはいつも見慣れたゴシック調の 天を突くような壮大な聖堂ではない 

更に説明によると まさかこから あの十字軍が旅立ったとは 思いもしなかった 

小高い丘の上の この聖堂の前から 幾万と言う人々が集合し出陣したのか 

思えば今日のイスラムとの対峙は その時から始まったのかも知れない

 こんな狭く小さな場所の歴史からなのか 私はじっとして立ちすくむ

 

 私のあらゆる脳細胞が機能する 爆発しそうになった瞬間 足元を見ると 

そこに帆立貝のプレートが埋め込んである 聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラに行く 巡礼の出発点でもあるのだ

 帆立貝を撫でる 聖大ヤコブの帽子に帆立貝があって どうやら巡礼者のおまもりになっているようだ

ちょうど四国巡礼の際の 巡礼が持つ同行二人と書かれた杖に似ているかも 

そう言えば ピレネーの山のあちこちに帆立の記しがあった 

本当に意味で帆立貝にどんな意味があるのか知らないが 

それは今日的には道標でなのであろう

 

 リヨンに着くと真夜中になっていた みな無言だった

 無理な日程を敢えてさせたせいだろうか なかなか寝付けなかった 

その夜うっかり夢を見た ヤスさんの夢であった

 朝 身は花とともに落つ 心は香りとともに飛ぶと言う弘法大師のお言葉を思い起こした

 私は もう一つ付け加えたいと念願した

 思いは九重櫻の根っこのように いつまでも人の心に留まってやまないと 

 

 大感動のヴェズレー行きであった ヴェズレーの感動は 多分生涯消えることはない

 

 

広告
カテゴリー: 旅行 パーマリンク

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中