心の遊び

 

 ここ東京のど真ん中で 月が見えなくなってから 2週間 

夜星空が幾らか見えるものの 月は見えない 

見えないと 夜なか不機嫌になる

先月の末だったか 今月の初めだったか 更待月を最後に見えなくなった 

私が生まれる前 オルドリン飛行士が 月の表面を歩いてから 

月に関する様々な説話や信仰が ほとんど消えてしまったのだろうか 

満月の後 十六夜 立待月 居待月 寝待月 更待月と 次第に

夜遅く出るようになり 明るさもなくなる 

朔(新月)の時に見えないのは仕方がないが 

既に今夜あたりは上弦の月も終わって 宵月にあたる 

確かに古い信仰は死に絶え 既にないのかも知れないが 

それがとても淋しく思う 

源氏物語の時代から 月への信仰は 何かにつけ 大切にされて来た 

私は それをこれからも 大切にしていきたいと

願ってやまない おかしいだろうか

 月のネーミングがそれぞれに 含みがあって とてもいいのである

弓張月 夕月 有明 十三夜などの名も とても気に入っている

 

 嵯峨野の櫻守16代目佐野籐右衛門さん(屋号=植籐)が 

櫻が咲き 雪が降り そこに満月が出たのを見たことがあると言っていた 

これこそ雪月花と言うのだと 私も一度は見てみたいと念願しているのだが 

その栄誉に浴していない 

吉田兼好が 花は盛りに月はくまなきをのみ見るのもかは 

と 言うものの 満開の櫻に 雪が降り 月が煌々と照る様を 

一度は見てみたいと思う 

幾ら科学万能とは言え そんな遊び心の一環として 

月への信仰があってもいい 

それにしても月は美しいと思える瞬間は いいのである ただいいのである 

 今から雪月花を見れるとすれば 

やはり道東の静内で 満開の櫻を

見に行き 雪にめぐり逢えるかも 

北海道の櫻は ひっそりとしてていい 

誰もが 櫻は終わったと思った頃に 満開の花だからである

 

 

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